君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋5

5-10

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「!? ……さ、榊さん?」
「……」
「何してるんですかっ。離して下さい!」
 彼の腕を掴んで解こうと試みるも、更に力が加わってグッと眉間に皺を寄せた。
「痛っ……だ、から……離せって言ってン――……っっ!?」
 俺は息を詰めた。
 腰に巻き付いていた腕が、今度は俺の顎を取って強引に振り向かせ、抵抗する間も無く、榊さんが俺の口を塞いだからだ――。
「ッン……ゃ、……ん゛……!」
 押しつけられていただけの唇が、動きを加えて更に深く捕らえてくる。
 身動きしようにも、腰に回された片腕がそれを決して許さない。
(こ……のっ……!)
 榊さんの腕に爪を立てても、びくともしない。
「――んっ!」
 熱く、思った以上にしっかりとした榊さんの舌が、俺の唇をねっとりとなぞった。
 それだけで変な痺れが身体を駆け抜けた。
 一瞬抜けた力を、榊さんは見逃してはくれない。
 そのまま俺の口内に侵入し、執拗に舐め回した。
「……っ、……ン! ん、くっ……」
 頭を押さえつけられ、更に深くまさぐられる――……。
(も……苦し…っ……)
 ――ガクッ……。
 俺自身、膝がこんな風に折れるなんて思わなかった。
 咄嗟に榊さんが身体を支えてくれたが、俺は空気を摂り込むだけで精一杯だった。
 体が熱い。
 力が入らない。
(今頃、酒が回って来たのか……?)
 良く分からない。
 思考さえも、もう、止まってしまいそうだ。
 ――ふわり……。
 体が浮いたような気がした。
 一瞬意識が途切れ、気付いた時はベッドに身体が沈む瞬間だった。
「……榊、さん……?」
「――……優一」
 俺に覆いかぶさって、じっと見下ろして来る榊さんが、今度はゆっくりと唇を重ねた。
 ちゅ、と小さな音が耳に届く。
 それは徐々に下へと移動を始め、胸元に鈍い痛みが走った。
(っ……ダメだ……全然、力入んねぇ……。それに、凄く……――)
「ねむぃ……」
「優一、……――……」
 薄れていく意識の中、榊さんが俺に何か言っているようだったが、もうそれを聞き取る力は残っていなかった。


 ――……。

「……ん……、……」
(朝? ……って、何か頭重っ)
 上体を起こして頭を押さえる。
(……あれ。俺、ちゃんとベッドで寝てたのか。ここまで来た記憶があるような……ないような……)
 昨日はマンションまで榊さんと一緒だったのを覚えている。
 でも、その先の記憶が曖昧だ。
(珍しく酔ったのか? まぁ、確かに飲み過ぎたとは思うけど……。いや! ちょっとまて)
 働き始めた頭が徐々に記憶を取り戻していく。
「……はっ!」
(そ、そうだ! 俺、あの人と……~~~っ)
 ついに記憶が蘇って咄嗟に口を押さえる。
(落ち着け俺! あの後は……うん、何もなかったはずだ……)
 頭が重いのは、きっと飲み過ぎたせいだろう。
 行為に及んだ場合、重くなるのは別の個所のはず。
(うん。ないない大丈夫だ。っつかあってたまるか!)
 そう結論付けてベッドから抜け出そうとしたところで、自分の身なりに目を見開く。
 上のカッターシャツのボタンが外れていて、肌が大きく露出していたのだ。
(っ!!? ……酔うと脱ぐ癖があるとか! はは、そうだったのかー……知らんかったー……――ってンだこれは!!?)
 嘲笑しかけた矢先、胸元に残る小さな赤い痕に、俺は絶句して顔から血の気が引いて行くのを感じた。
 そこへ、
「朝から百面相とは、賑やかだな」
 と他者の声がしてビクリと肩が跳ねた。
「はあ!? 何であんたがいるんだよ!」
「なんで、って……一緒に帰ってきたからだ。あと、コーヒー貰ったぞ。お前も飲むだろ?」
 平然と言ってのける榊さんに、俺は軽く眩暈を覚えた。
(あれ……俺がおかしいのか? 違うよな??)
 それに、前にも同じことがあった気がする。
 場所と経緯は違うが、状況は似ている。
「……なんで帰らなかったんですか……」
「終電、逃したからな」
(――そうだった)
 打ち上げだったから、もちろん車も自宅だろう。
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