君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋5

5-8

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(あれ? なんで喋らないの? この人)
 チラリと榊さんに視線を向けると、小さな溜息が聞こえて来た。
「――分かった。気を付けて帰るんだぞ」
「あ、はい」
 どこか諦めを含んだような声音。
 表情は、暗くて良く分からなかった。
 榊さんと別れて、駅までの残りの道を一人で歩く。
「ふぅ……。結構飲んだと思ったけど、思ったほど酔わなかったなー。っつか酔うの? 俺」
 呟く声は暗い夜空へ消えて行く。
 ――ジャリッ。
(!? ……へ?)
 俺は咄嗟に後ろを振り返った。
(……何もない、よな。気のせいか?)
 確かに今砂利を踏む音が聞こえたと思ったのだが……。
 止めた足をまた進める。
 ――コツッ。
(っ!?)
 まただ。
 それも今度は靴音。
 バッと振り返っても何も見えない。
 暗くて視界が悪く、誰か居るのか居ないのか判断さえつかない。
「そういえば……」
 ふとある記憶が蘇った。
(一回店出た時、物陰に何か居たような気がしたんだよな。まさか、ずっとつけられてたとか?)
 考えたくもないが、無いとは言い切れない。
(だとしたらいつからだ? 焼肉店より前だったとしたら、ウチの店からか……。それなら客の誰かか、それとも無差別か……)
 色々と考えられる想定を頭に浮かべて行く。
 少し足を速めると、後ろから地面を擦る靴音も速度を上げた気がした。
(やっぱり追われてる、よなっ!? 男をストーカーするって、目的は何だよ!金か!?)
 追い剥ぎとかマジ勘弁してもらいたい。
 とにかく、駅までもう少しだ。
 外灯の下を通り過ぎ、歩きながら後ろを振り返る。
 一瞬、その外灯に人影が照らされて、俺は自分の目を疑った。
「……まさか――」
(いや、でも……一瞬だったし、どうだろうな)
 自分の記憶が正しいかどうか、正直自信がない。
 駅まで数メートル。
 俺は明かりを目指して走った。
 すると、後ろの靴音も追ってくる。
 しかも、さっきより明確に速度を上げてきた。
 そして、背後まで迫って来た――。
「っ、何なんだ一体!!」
 俺は咄嗟に腕を振り上げ、手刀を食らわす勢いで身を翻した。
「待て!」
 暗がりにも拘らず、俺の振り下ろした手刀は呆気なく相手の腕によって防がれてしまった。
「は!? 誰が待つ――!?」
 それよりも、聞き覚えのある声に俺は言葉を飲み込んだ。
「俺だ。優一」
「さ、榊さん!? え、ストーカーってあんただったのか!?」
「誰がストーカーだ」
「あ、すみません。でも帰ったんじゃなかったんですか?」
 俺の質問に答える前に、榊さんは駅の方へ歩き出した。
「誰かが、お前の跡をつけていたような気がしてな」
「え……。見たんですか?」
 彼に続いて歩きながら眉を寄せる。
「影をな。顔までは見えなかった。俺の存在に勘付いて脇道に入って行った。だから本当につけていたのか断言できないが……。心当たりはあるか?」
(心当たり……)
 あるといえばあるが、こっちも断言はできない。
「何も言わないところをみると、何かあるってことでいいのか?」
「あ……えっと……」
「なんでもいい。気がかりなことは全部俺に話せ」
 駅に着いて改札を通り、ホームで電車を待つ。
「あのー……話すのはいいんですけど、どうして一緒に電車待ってるんです……?」
「ん? 何でって、家まで送って行くからに決まってるだろ」
(はぁあ!!? 何言ってんのこの人!)
 呆気に取られて開いた口元が引き攣った。
(え、決まっちゃってることなの? もう決定事項なの??)
「お前――」
「は、はいっ?」
 榊さんの目が鋭く細められた。
 その目で睨まれたらもう逃れられない。
「さっきまでストーカーされてたこと、もう忘れたんじゃないだろうなあ?」
「……や、……わ、忘れてはいません……けど……」
 もう蛇に睨まれた蛙のようだ。
 俺は男だから大丈夫です! なんて言葉が頭に浮かんだが、目の前の眼力が凄まじくて口から出す勇気をすっかり奪われてしまった。
「優一のことだからな、俺は男だから大丈夫だとか思っていたんだろ」
「うっ」
「けどな、あんなひ弱な手刀もどきなんかで太刀打ち出来るとでも思ってるのか? 現に俺に止められただろうに」
(ひ、ひ弱……もどき……)
 男として非常にショックだ。
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