君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋5

5-6

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 苦笑を浮かべながらも小笠原の頭を撫でる日野。
 この構図はもう見慣れた。
「あ、そうだ」
「店長?」
 俺はあることを思い出して視線を巡らせた。
 そんな俺に日野が首を傾げた。
「あー、いたいた。前川!」
 フェア期間中、アルバイトに入ってくれていた前川に手招きした。
 俺に気付き、ジュースの入ったグラスを置いた前川がやって来た。
 グラスの中身が酒だったとしても違和感のない、高校生離れした風格だ。
「何ですか?」
「みんなに伝えておこうと思ってな」
「あ、はい。お願いします」
 何のことか本人には分かったようで、俺の一歩下がったところに前川は腰を下ろした。
「前川のことだけど、引き続きバイトに入ってもらうことになったから、みんな宜しく頼むな」
「おお。マジっスか! すっげー助かるじゃん♪」
 日野に慰めてもらっていた小笠原がテンション高らかに声を上げた。
 隣にいる片山さんも、少し驚いているようだ。
「急に決まったんですか?」
「本人も少し迷っていたようですが、折角いろいろ覚えてもらったので、迷っているなら是非にと、俺がお願いしました」
 俺の答えに片山さんも異議はないといったように前川と挨拶を交わした。
 日野も予想通りの反応を見せる。
「これから宜しくねー」
 ニコニコしながら告げる日野に、前川も表情を崩している。
(初めて見たかもな。前川がこんな優しい表情するの……。まあ、日野は誰にでも好かれるタイプだしな)
 二人を見ていたら微笑ましくなった。

「久し振りに飲み過ぎたか……」
 トイレに立って、少しだけ外の空気を吸おうと店を出る。
(ここって結構暗いんだな。周りに店があんまり無いせいか)
 店から少し離れれば、きっと星が綺麗に見えることだろう。
 この時間は入る客よりも出て行く客が多い。
 それだけ時間が過ぎていた。
(そろそろ高校生の前川は帰らせて、残ったやつは二次会か? あれ、二次会やんの?)
 小笠原辺りが騒ぎ出しそうで少しだけ口元が引き攣った。
(……ん?)
 少し離れた物陰で、何かが動いた気がした。
「猫……か?」
(いや、それにしては大きかったような……)
 見に行こうと一歩踏み出した時、店の戸が開く音がした。
「……」
「あ、榊さん。榊さんも空気吸いに来たんですか?」
 何も言わずに俺の隣に立った彼をちらりと一瞥する。
「まあな」
「そうですか……」
「……っていうのは口実で、真意は優一と二人きりになりたかったからだ」
 ギョッとして彼を見上げる。
(え、それ、サラッと言っちゃう!?)
「お前にはハッキリ言わないと、伝わらないからな」
(っ!?)
 ぷぃと顔を背けて、榊さんには聞こえないようにぼそりと呟く。
「…勝手に(心)読むなよなッ」
 酒で少し火照った体を冷ますどころか、変に熱くなってくる。
(落ち着け! 俺!)
 下を向いて石段を見つめながら時間をやり過ごす。
 しばしの沈黙の後、隣で身動きする気配に少しだけ顔を上げた。
「フェアはどうだったんだ?」
「え……?」
 銜えた煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら尋ねて来た榊さんに視線を戻す。
「仕事の延長じゃないが、一応店の様子を聞いておこうと思ってな」
「そうですか……。えーっと、まあ特に報告するほどの問題は起きませんでした、けど……」
「……けど?」
「誰かさんのお蔭で一時騒ぎになりましたね」
「どんな?」
 榊さんの聞き返しにくすりと笑う。
「去年と同じですよ。榊さんなら、分かりますよね?」
 女性客に群がられた経験のある者同士、全てを語らずとも想像はできるだろう。
 案の定、榊さんは静かに頷くだけだった。
 暗くてその表情はハッキリとは見えないが、きっと渋い顔をしていることだろう。
「その誰かさんは、小笠原だな」
「あはは。御名答です。キツク言っておいたんで、大丈夫だと思いますけど」
 榊さんの煙草のニオイが、風に乗って俺の鼻腔を掠めて行く。
(このニオイ……どこかで……)
 思い出せそうで思い出せないもどかしさに首を捻った。
(……ってか、前こっちに居た時は煙草なんて吸ってなかったよなぁ?)
 何となく気になって尋ねてみることにした。
「あの、榊さん」
「……ん?」
「煙草、吸ってましたっけ?」
 赤く燃える煙草の先端を見つめていると、少しの間の後返事が来た。
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