47 / 74
君恋5
5-6
しおりを挟む
苦笑を浮かべながらも小笠原の頭を撫でる日野。
この構図はもう見慣れた。
「あ、そうだ」
「店長?」
俺はあることを思い出して視線を巡らせた。
そんな俺に日野が首を傾げた。
「あー、いたいた。前川!」
フェア期間中、アルバイトに入ってくれていた前川に手招きした。
俺に気付き、ジュースの入ったグラスを置いた前川がやって来た。
グラスの中身が酒だったとしても違和感のない、高校生離れした風格だ。
「何ですか?」
「みんなに伝えておこうと思ってな」
「あ、はい。お願いします」
何のことか本人には分かったようで、俺の一歩下がったところに前川は腰を下ろした。
「前川のことだけど、引き続きバイトに入ってもらうことになったから、みんな宜しく頼むな」
「おお。マジっスか! すっげー助かるじゃん♪」
日野に慰めてもらっていた小笠原がテンション高らかに声を上げた。
隣にいる片山さんも、少し驚いているようだ。
「急に決まったんですか?」
「本人も少し迷っていたようですが、折角いろいろ覚えてもらったので、迷っているなら是非にと、俺がお願いしました」
俺の答えに片山さんも異議はないといったように前川と挨拶を交わした。
日野も予想通りの反応を見せる。
「これから宜しくねー」
ニコニコしながら告げる日野に、前川も表情を崩している。
(初めて見たかもな。前川がこんな優しい表情するの……。まあ、日野は誰にでも好かれるタイプだしな)
二人を見ていたら微笑ましくなった。
「久し振りに飲み過ぎたか……」
トイレに立って、少しだけ外の空気を吸おうと店を出る。
(ここって結構暗いんだな。周りに店があんまり無いせいか)
店から少し離れれば、きっと星が綺麗に見えることだろう。
この時間は入る客よりも出て行く客が多い。
それだけ時間が過ぎていた。
(そろそろ高校生の前川は帰らせて、残ったやつは二次会か? あれ、二次会やんの?)
小笠原辺りが騒ぎ出しそうで少しだけ口元が引き攣った。
(……ん?)
少し離れた物陰で、何かが動いた気がした。
「猫……か?」
(いや、それにしては大きかったような……)
見に行こうと一歩踏み出した時、店の戸が開く音がした。
「……」
「あ、榊さん。榊さんも空気吸いに来たんですか?」
何も言わずに俺の隣に立った彼をちらりと一瞥する。
「まあな」
「そうですか……」
「……っていうのは口実で、真意は優一と二人きりになりたかったからだ」
ギョッとして彼を見上げる。
(え、それ、サラッと言っちゃう!?)
「お前にはハッキリ言わないと、伝わらないからな」
(っ!?)
ぷぃと顔を背けて、榊さんには聞こえないようにぼそりと呟く。
「…勝手に(心)読むなよなッ」
酒で少し火照った体を冷ますどころか、変に熱くなってくる。
(落ち着け! 俺!)
下を向いて石段を見つめながら時間をやり過ごす。
しばしの沈黙の後、隣で身動きする気配に少しだけ顔を上げた。
「フェアはどうだったんだ?」
「え……?」
銜えた煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら尋ねて来た榊さんに視線を戻す。
「仕事の延長じゃないが、一応店の様子を聞いておこうと思ってな」
「そうですか……。えーっと、まあ特に報告するほどの問題は起きませんでした、けど……」
「……けど?」
「誰かさんのお蔭で一時騒ぎになりましたね」
「どんな?」
榊さんの聞き返しにくすりと笑う。
「去年と同じですよ。榊さんなら、分かりますよね?」
女性客に群がられた経験のある者同士、全てを語らずとも想像はできるだろう。
案の定、榊さんは静かに頷くだけだった。
暗くてその表情はハッキリとは見えないが、きっと渋い顔をしていることだろう。
「その誰かさんは、小笠原だな」
「あはは。御名答です。キツク言っておいたんで、大丈夫だと思いますけど」
榊さんの煙草のニオイが、風に乗って俺の鼻腔を掠めて行く。
(このニオイ……どこかで……)
思い出せそうで思い出せないもどかしさに首を捻った。
(……ってか、前こっちに居た時は煙草なんて吸ってなかったよなぁ?)
何となく気になって尋ねてみることにした。
「あの、榊さん」
「……ん?」
「煙草、吸ってましたっけ?」
赤く燃える煙草の先端を見つめていると、少しの間の後返事が来た。
この構図はもう見慣れた。
「あ、そうだ」
「店長?」
俺はあることを思い出して視線を巡らせた。
そんな俺に日野が首を傾げた。
「あー、いたいた。前川!」
フェア期間中、アルバイトに入ってくれていた前川に手招きした。
俺に気付き、ジュースの入ったグラスを置いた前川がやって来た。
グラスの中身が酒だったとしても違和感のない、高校生離れした風格だ。
「何ですか?」
「みんなに伝えておこうと思ってな」
「あ、はい。お願いします」
何のことか本人には分かったようで、俺の一歩下がったところに前川は腰を下ろした。
「前川のことだけど、引き続きバイトに入ってもらうことになったから、みんな宜しく頼むな」
「おお。マジっスか! すっげー助かるじゃん♪」
日野に慰めてもらっていた小笠原がテンション高らかに声を上げた。
隣にいる片山さんも、少し驚いているようだ。
「急に決まったんですか?」
「本人も少し迷っていたようですが、折角いろいろ覚えてもらったので、迷っているなら是非にと、俺がお願いしました」
俺の答えに片山さんも異議はないといったように前川と挨拶を交わした。
日野も予想通りの反応を見せる。
「これから宜しくねー」
ニコニコしながら告げる日野に、前川も表情を崩している。
(初めて見たかもな。前川がこんな優しい表情するの……。まあ、日野は誰にでも好かれるタイプだしな)
二人を見ていたら微笑ましくなった。
「久し振りに飲み過ぎたか……」
トイレに立って、少しだけ外の空気を吸おうと店を出る。
(ここって結構暗いんだな。周りに店があんまり無いせいか)
店から少し離れれば、きっと星が綺麗に見えることだろう。
この時間は入る客よりも出て行く客が多い。
それだけ時間が過ぎていた。
(そろそろ高校生の前川は帰らせて、残ったやつは二次会か? あれ、二次会やんの?)
小笠原辺りが騒ぎ出しそうで少しだけ口元が引き攣った。
(……ん?)
少し離れた物陰で、何かが動いた気がした。
「猫……か?」
(いや、それにしては大きかったような……)
見に行こうと一歩踏み出した時、店の戸が開く音がした。
「……」
「あ、榊さん。榊さんも空気吸いに来たんですか?」
何も言わずに俺の隣に立った彼をちらりと一瞥する。
「まあな」
「そうですか……」
「……っていうのは口実で、真意は優一と二人きりになりたかったからだ」
ギョッとして彼を見上げる。
(え、それ、サラッと言っちゃう!?)
「お前にはハッキリ言わないと、伝わらないからな」
(っ!?)
ぷぃと顔を背けて、榊さんには聞こえないようにぼそりと呟く。
「…勝手に(心)読むなよなッ」
酒で少し火照った体を冷ますどころか、変に熱くなってくる。
(落ち着け! 俺!)
下を向いて石段を見つめながら時間をやり過ごす。
しばしの沈黙の後、隣で身動きする気配に少しだけ顔を上げた。
「フェアはどうだったんだ?」
「え……?」
銜えた煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら尋ねて来た榊さんに視線を戻す。
「仕事の延長じゃないが、一応店の様子を聞いておこうと思ってな」
「そうですか……。えーっと、まあ特に報告するほどの問題は起きませんでした、けど……」
「……けど?」
「誰かさんのお蔭で一時騒ぎになりましたね」
「どんな?」
榊さんの聞き返しにくすりと笑う。
「去年と同じですよ。榊さんなら、分かりますよね?」
女性客に群がられた経験のある者同士、全てを語らずとも想像はできるだろう。
案の定、榊さんは静かに頷くだけだった。
暗くてその表情はハッキリとは見えないが、きっと渋い顔をしていることだろう。
「その誰かさんは、小笠原だな」
「あはは。御名答です。キツク言っておいたんで、大丈夫だと思いますけど」
榊さんの煙草のニオイが、風に乗って俺の鼻腔を掠めて行く。
(このニオイ……どこかで……)
思い出せそうで思い出せないもどかしさに首を捻った。
(……ってか、前こっちに居た時は煙草なんて吸ってなかったよなぁ?)
何となく気になって尋ねてみることにした。
「あの、榊さん」
「……ん?」
「煙草、吸ってましたっけ?」
赤く燃える煙草の先端を見つめていると、少しの間の後返事が来た。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

告白ゲーム
茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった
他サイトにも公開しています

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
今日も、俺の彼氏がかっこいい。
春音優月
BL
中野良典《なかのよしのり》は、可もなく不可もない、どこにでもいる普通の男子高校生。特技もないし、部活もやってないし、夢中になれるものも特にない。
そんな自分と退屈な日常を変えたくて、良典はカースト上位で学年で一番の美人に告白することを決意する。
しかし、良典は告白する相手を間違えてしまい、これまたカースト上位でクラスの人気者のさわやかイケメンに告白してしまう。
あっさりフラれるかと思いきや、告白をOKされてしまって……。良典も今さら間違えて告白したとは言い出しづらくなり、そのまま付き合うことに。
どうやって別れようか悩んでいた良典だけど、彼氏(?)の圧倒的顔の良さとさわやかさと性格の良さにきゅんとする毎日。男同士だけど、楽しいし幸せだしあいつのこと大好きだし、まあいっか……なちょろくてゆるい感じで付き合っているうちに、どんどん相手のことが大好きになっていく。
間違いから始まった二人のほのぼの平和な胸キュンお付き合いライフ。
2021.07.15〜2021.07.16

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる