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君恋4
4-10
しおりを挟むそして、いよいよ最終日を迎えた。
「片山さん。こっちも品切れなので撤去お願いします」
「分かりました」
「前川は向こうの棚を二段減らしてくれ」
「はい」
「日野は先に休憩に入ってくれ」
「分かりました。――小笠原くん、レジ頼める?」
「りょーかいっス」
ランチタイムが過ぎて、カフェから人が居なくなったあと、俺達は総出で不要になった棚の縮小に取りかかった。
綺麗に商品をまとめてしまった方が、売れ残りが減るからで、最後の大仕事とも言えた。
――ツキンッ。
「っ……」
「てんちょー?」
俺は時折痛む頭に眉を寄せた。
レジに入ろうとした小笠原が、怪訝そうに俺に声を掛けてきたが、それには手を翻して制した。
(もう少しだ。今日が終わればゆっくり休める)
今も心配そうに視線を送ってくる小笠原から逃げるように、俺は二階の事務室へと足を向けた。
「……まいったな」
ギシッ。
椅子に腰かけてポツリと零す。
こうして一人になると、張っていた気が緩んで体に力が入らなくなる。
(それだけ疲れてるってことは分かってんだけど、周りに負担かけるわけにはいかねぇしな)
五分だけ、とそっと目を閉じかけた時、この部屋の扉が遠慮がちに開いた。
顔を覗かせたのは片山さんだった。
「店長、少しいいですか?」
「? もちろん、どうぞ」
瞬時に笑顔を向けると、ホッとした様子の片山さんが中に入って来た。
「二号店の榊店長からファックスが届いていたので」
「ファックス?」
「来月の仕入れ内容らしいですよ。あと、これも来月にある社員旅行についてのようです」
言いながら手渡してきた二枚分のファックスに目を通す。
(まだフェア期間中だってのに、次から次へと……)
俺は大きく息を吸い、一気に吐き出しながら少しばかり大袈裟に肩を竦めた。
「今は脳みそを休ませたいんですけどね」
俺の愚痴に、傍らに立つ片山さんが苦笑を零した。
「今丁度フル回転している時期ですからね。オーバーフローしないようにだけ、気を付けて下さい?」
「分かってますよ。でも、あと少しなんで、頑張ります」
「そうですか……」
少し開いた間に、目を数度瞬かせる。
「何か……?」
「いえ、店長のことですから、何を言っても聞いてはもらえないだろうな……と」
「何なんですか? それ」
俺が苦笑いを浮かべると、片山さんも小さく口元を綻ばせた。
「もう少し、ご自分のことを理解してあげて下さい。心配になりますから」
そう言い残して片山さんは事務室を出て行った。
「――はぁ……。理解っつってもなあ」
受け取ったファックス用紙を無造作に机に置く。
(まあ、心配かけてるのは分かっちゃいるけど。やらなきゃなんねーことが山のようにあるからな……)
こういう時、榊さんはどうしているのだろうかとふと頭を過ぎった。
「ははは。俺ってあの人に指導受けてたくせに、何も見てなかったりして……?」
自嘲を零してみたら、余計自分の非力さを痛感して悲しくなってきた。
「あー……痛ぇな……」
額を押さえ、薬を呑もうかと思ったが、止めた。
「今日も一日お疲れ様でした。みんなのお蔭で無事にフェアも終了しました。明日から通常に戻るので、ユニフォームを間違えないようにして下さい」
時刻は夜九時過ぎ。
A帯である日野と小笠原は既に帰宅していていない。
カフェを閉めてからも残ってくれた木村さんと、P帯である片山さんと前川に向けて話をしている。
「それから、俺は明日明後日と休みを貰います。何かあったらケータイの方に連絡下さい」
「二日で大丈夫なんですか? 店長」
と、苦笑混じりに木村さんが言った。
「そんなに休んではいられませんから。次の仕事が待ってるので、嫌でも」
「あはは。なら、この二日間はケータイの電源は切っておいて下さいよ」
「……分かりました。善処します」
素直に心配してくれていることは嬉しいと思う。
みんなが帰った後、俺は事務室の窓際で椅子に腰かけ、ぼんやりと外を眺めていた。
外したエプロンは雑にデスクの上に放ったまま。
いつもなら、皺にならないように直ぐに掛けておくのだが、今日はそれさえ気にならず、むしろ動くのが億劫になっていた。
フェアが終わった途端に気が抜けて、今に至るのだが……。
「情けねぇな……。この程度で体調崩すとか」
あの人がいたら、何て言うだろうか。
(店長としての自覚が足りない? 精神的にお前は弱い、もっと鍛えろ。とか?……はは。どっちもありそう……)
「いや、案外一言で済んだりしてな。……バカかお前は、って。――あーっ、それはそれで腹立つな」
口に出して発音すると余計に現実味を帯びてくるようで、開け放した窓にぐったりと頭ごと凭れかかった。
少しだけ柔らかくなった夏の夜の風が、俺の髪をさわさわとさらって行く。
どのくらいそうしていただろう……。
(――拙いな……)
眠くなってきた。
このまま寝たら、確実に悪化する。
俺はのろのろと重い体を起こした。
――ギィ……。
(っ⁉)
自分以外居ないはずなのに扉の開く音がして、必要以上に心臓が跳ねた。
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