君だけに恋を囁く

君恋４

４－９

　俺は彼の行動にぎこちなさを感じたが、気に留める程のことではないかもしれないと思い、話を進めた。
「香水なんか如何ですか？　日本の物はもちろん、ヨーロッパの物も多く取り揃えておりますから、面白味も兼ねてプレゼントされるお客さまも多くいらっしゃるんですよ」
　そう説明すると、男がガラス張りのショーケースの前で足を止めた。
（お。興味持ってくれたかな？）
　男の脇に立ち、香水の説明を挟む。
「――あの」
「はい、なんでしょう？」
「店長さんのオススメの香水で、お願いします。たくさんあり過ぎて、自分ではちょっと決められないので……」
　視線はショーケースに向けられたままだが、どことなく照れ臭そうな横顔ではある。
　思わず、クスリと嫌味のない笑いを零した。
「当店オススメは、この時季に合わせたこちらの商品ですね。デザインも男らしさが……――」
「店長さん個人的には、どれがいいですか？」
「え……私的には、ですか？」
「はい」
　俺は目を数回瞬かせた。
　質問の意図が分からずに聞き返したが、向けられた男の視線がどこか真剣みを帯びていてそれ以上の追及はできなかった。
（って、別に深い意味はないんだろうけど……。送る相手が俺に似てるとか？　まあ、選び方は人それぞれだしな）
「でしたら、やはり先ほど紹介したこちらですね。当店オススメは私の意見ももちろん入っておりますので、私からも一押ししている商品なんですよ」
まだ少し迷いがあるのか、ショーケースに目を凝らしている男。
「宜しければ、お試しになりますか？」
　俺はサンプルを差し出した。
「……いえ。これでお願いします」
「あ、はい。ありがとうございます」
　手にしたサンプル品を元の位置に戻し、とりあえず決まったことに安堵した。
「他に、店内はご覧になられますか？」
「……そうですね」
「畏まりました。こちら、ラッピングだけ先にさせて頂きますので、ごゆっくりご覧下さい」
「あ……」
　俺は男が何か言いかけたことに気付かず、近くにいた小笠原に声を掛けた。
「小笠原！」
「はいはーい。お呼びっスかぁ？」
　直ぐ歩み寄って来た小笠原が、俺の後ろにいる男をちらりと一瞥してから俺に笑いかけた。
「レジ交代。俺入るから、お前はフロア頼むな」
「りょーかいっス」
　軽く手でＯＫサインを作ってニッと笑う小笠原に頷いてから、俺はカウンターへ戻って香水のラッピングに取りかかった。
（男性用だし、リボンの色はブルー系だな）
「――よし」
　我ながら綺麗に包めたと思う。
「わぁ！　何度見ても店長のラッピングって完璧ですよねー。特にリボンの掛け方が職人技っぽい！」
　いつから見ていたのか、隣で日野が手元を覗き込んで言った。
「職人技は言い過ぎだろ。まあ、それでもこれだけは榊さんにも褒められたからなー」
「え、あの榊店長がですか⁉」
「そ。褒められた俺も驚いた。この人も褒めるのか！　ってな」
「あはは。本人いたら睨まれますよー？」
「日野はチクるような奴じゃないだろー」
「もちろん。お酒一本で手を打ちますよ」
　ニッコリと笑顔を携えているが、口から零れてくるモノは容赦ない。
　一本とか言いながら、全て奢らせる気だろう。
　日野の天使のような微笑みは油断できないなと、俺は可笑しく思って口端を僅かに上げた。
「なら、俺も手を打ってやってもいいぞ」
「え……？」
「〝あの榊店長が〟って、どういう意味だろうなぁ？」
「……はぁ。店長には敵いませんね」
　一瞬目を丸くするも、次いでつかれた溜息はどこか楽しそうに映った。
　きっと最初から冗談で言ったことなのだろう。
　榊さんに対して驚いた辺りは除いて。
　包んだ香水をギフト用の袋に入れたところで、あの男性客がレジカウンターにやってきた。
「お待たせいたしました。お会計宜しいですか？」
　他に買う物は無かったらしく、男の手にはカバン一つだけだった。
　香水のお代を払った男は、何も言わずにプレゼントの入った袋を受け取り、そのまま真っ直ぐに店を出て行った。
「有難うございました。またのお越しをお待ちしております」
　姿が見えなくなったのを確認すると、俺の体から力が抜けた。
（あんまり納得いってなかったみたいだけど……。まあ、相手が喜んでくれたらそれでいいよな）
「あれ、絶対優ちゃん目当てっスね」
「……は？　なんだそれ」
　レジカウンターに肘を突き、男が出て行った扉へ気のない視線を送りながら小笠原が呟くように言った。
　それに俺は目を眇めて彼を見る。
「だって、優ちゃんを見る目がやらしかったっスもん」
「……お前が言うのか」
「まーまー、茶化さないで聞いてよ。オレ、ずっとさっきの人見てたんスけど、てんちょーに結構頻繁に視線送ってたっスよ」
「え……そうだったか？　俺は全然目なんて合わなかったけどなぁ」
　俺が視線を送ると、必ず下を向いてるか商品を手に取って眺めていた。
（まあ……二回くらいは合ったけど、その時はちゃんと見ようとして見てくれてたし。それとも……）
「俺がレジにいる時か？」
　俺の問いかけに、小笠原の手が左右にひらひらと揺れた。
「いんや。てんちょーがあの人を案内してる時」
　それならやっぱりあり得なくないだろうか。
　今更同性に好意を持たれたとしても驚きはしない。
　現に俺だって男を好きになったわけだから。
（けど、今回のは小笠原の思い込みだろ。何も言わずに帰って行ったわけだし……）
「――っつか、お前はちゃんと仕事してたのか？　そんな余所見ばっかしてんなよ。ただでさえ忙しいってのに」
「てんちょー堅過ぎー！　ちょーっと愛しい人見てたくらいでさー」
「それ以上に余計なモンはねーだろ」
　コツンっ。
　と、唇を尖らせる小笠原の額を指先で突く。
　その個所を押さえながら、小笠原は目を細めて独り言のように呟いた。
「――ま、オレが釘刺しといたから大丈夫だろうけど……」
「ん？　何をだ？」
「何でもなーい」
　くるんと身を返して接客に戻る小笠原の背中を、俺は不思議そうに見つめた。
（アイツ、たまに掴み所なくなるよな……。急に真面目な顔になったり。――その真面目さを仕事に活かしてくれたら少しは褒めてやってもいいんだけどな）
　人を褒めることについて、誰かさんと似ていることには気付かない振りをした。