君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋4

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 そして、フェア七日目。
 午前中はカフェで動き回り、途中から雑貨フロアを担当して休憩に入った。
 今日の昼食はコンビニで買ってきた唐揚げとおにぎり二個だ。
 本当なら家で作ってきたかったのだが、連勤続きですんなり朝起きられなくなってきていて諦めた。
「今日もまるまる一時間休んでる暇はないだろうな……」
 バイトが入ったからといって、ギリギリの状態に変わりはない。
 この期間中は特に、だ。
(……ん? このエビマヨ……美味いな)
 そして、二個目のおにぎりを手に取って齧り付く。
 俺は事務室のパソコン画面を眺めながら、昼食をさっさと済ませ、三十分ほどで席を立った。
「おや、もう休憩終わったんですか?」
「ええ。まぁあまり休んでる暇もないので、半分ですが」
 階段を下りている途中で、上がってくる木村さんとかち合った。
「いくら忙しいからといって、ちゃんと休憩は取らないと、本当に倒れてしまいますよ?」
「はは。分かってはいるんですが、やっぱり気になるので……色々と」
「店長っていう役職は、本当に気が休まりませんねぇ」
「そうですね……。ま、あと三日なんで、踏ん張りますよ」
 木村さんに軽く片手をヒラつかせ、横を通り過ぎる。
 途中、ほどほどに、というセリフが聞こえたがそれには応えなかった。
(すげぇ心配かけてるよな。木村さん、心配性だし。……コレ終わったら連休とるかなー)
 少しばかり苦笑いを滲ませながら、中央にあるレジカウンターに入る。
「あれ、休憩早くないですか?」
 レジを打ち終えた日野にまで気にさせてしまった。
 俺は努めて笑顔を向ける。
「ちゃんと飯は食ったから、問題ないよ」
「問題大ありだと思いますけど……。店長、連勤でしたよね? しかも朝から夜までフルタイムって、労働基準法無視してません?」
「はは。まあその辺は……――」
「うまーく誤魔化しますよね。てんちょーなら」
 カウンターを挟んで会話に入って来た小笠原に、俺は目を眇めた。
「お前が洩らさなきゃ計画は完璧に遂行できるんだけどな」
「あはは。じゃあ共犯ってことでいーっスよ。オレ、てんちょーになら何処へでもついて行きますんで」
「言ってろ」
 冗談は置いといて、オーナーには連勤で出ている事は知られないようにしないと拙いだろう。
(あの人も変に心配性だからな。それも先回りして手を打ってくる辺り一番厄介だ)
 もしかしたら、勘を働かせて既に行動に移しているのかもしれない。
(だとしたら、最終日辺りに何か来るか……?)
 そんな予感を頭の片隅に思いながら僅かに目を細めた。
「あの、すみません」
「あ、はいっ。どうしました?」
 不意を突かれた俺は変な汗を掻きそうになりながら視線を上げた。
(今は暗い顔になってる場合じゃないだろ俺!)
 目の前には、ネクタイ未着用の半袖のワイシャツ、腕にはスーツの上着を引っ掛け、手には合皮製の手提げカバンを下げた男が一人立っていた。
 第二ボタンまで開けたほんのり水色がかったシャツは、クールビズを押し出しているのか涼しさと清潔感がある。
 いかにもサラリーマンといった風体だ。
「店長さん、ですか?」
「そうですが。何かお困りでしょうか」
「あ、ええ……少しお尋ねしたいことが……」
 ここでは言い難いのか、店員や他の客を気にしているような視線を辺りに散らしている。
「でしたら、こちらへどうぞ」
 俺はレジを小笠原と日野に任せて、男性客とその場を離れた。
「何かお探しですか?」
「まあ、そうですね……プレゼントを……」
「贈り物ですか。素敵ですね」
 サラリーマンが一人で来店してくるのは少し珍しい。
 これで男の客ももっと増えてくれたらと思うと笑顔が零れる。
「どなたにですか?」
「えっ?」
 少し焦った様子の男の顔。
 ちゃんと聞こえなかったのだろうか。
 俺は笑顔を崩さないまま再度質問してみる。
「贈り物は女性の方にですか?」
「あ、いえ……その、……男です。友人の誕生日で……」
「そうなんですねー。どんな物にするかお決めになったりは……?」
「い、いえ……まだ……。できれば、店長さんのオススメでお願いしたいのですが」
「そうですねぇ……」
 顎に指を添えて店内を見渡す。
 女性への贈り物なら多く案内してきたが、男性となるとこっちも少し考えさせられる。
「ここは見ての通りアンティークショップなので、デザインが古風な物に偏りがちですが、男性用でしたら眼鏡ケースやキーケース、カードケース、それからカバン類、時計などが人気ですね」
 説明しながら店内を案内する。
 男は立ち止まっては考え、しっくり来ないのか直ぐに他を見て歩く。
「ご友人は煙草はお吸いになりますか?」
「え、っと……いえ、多分吸わないと思います」
(多分……?)
「眼鏡は掛けますか?」
「……掛けていないですね」
 一瞬男と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
(びっくりした。俺のこと言ってるのかと思った)
 目が合ったタイミングと言葉の言い回しにドキリとさせられたことに、心中で照れ苦笑を零した。
(――人と話すの苦手なのか?)
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