君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋4

4-3

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「と、言う訳で、今日からバイトで入る高校生の前川だ」
「前川龍介です。宜しくお願いします」
 翌日。みんなが揃い、夕方から出て来てくれた前川を交えてのミーティングで彼を紹介した。
「え……。高校生⁉」
(やっぱり驚くよな……)
 声を上げた小笠原に苦笑いを浮かべつつ、俺は騒ぐなと静かに首を横に振って話を続けた。
「フェアが終わるまでって期限付きだけど、みんなでフォローしてやって欲しい。基本は俺が教えるけど、俺が不在だったり接客中の時は片山さんに指導の方頼みたいので、宜しくお願いします」
「分かりました」
 片山さんが了解するのを見て頷き、横に立つ前川に視線を戻す。
「片山さんは俺より頼りになると思うから、何でも訊いて」
「はい。――宜しくお願いします」
 俺から片山さんに視線を滑らせた前川が、僅かに表情を硬くして軽く頭を下げた。
 自分より大きい男を目の前にして、少し緊張をしているのかもしれない。
(まあ無理もないよな。俺だって急に目の前に立たれると未だに驚いちまうし)
 微笑ましく思いながら二人のやりとりを見守る。
「こちらこそ。まあ店長よりってのは言い過ぎだが、大体のことは教えられると思うから何でも訊いてくれ」
「はい」
 いやいや、決して言い過ぎなんかじゃありませんよという突っ込みは、話が進まなくなるから呑み込んでおく。
 フェアまであと数日。
 準備段階から人手が増えたことに感謝だ。


 フェア前日――。
 八月に入ってから殺人的猛暑日が続き……。
(さすがにヘバる。まだ風があると違うんだが……)
 カフェテラスから遠く広がる空を仰ぐ。
 残念ながら今日は無風に近い。
 夏休みに入っているお蔭でそれなりに客は増えてくれてはいるが、その分忙しく、体調を崩すスタッフが出てきやしないかと危惧する。
(まあみんな大人なんだし、それなりに体調管理はしてくれてるよな)
 高校生である前川も、身体は丈夫そうに見えるから大丈夫だろう。多分。
「店長。荷出し終わりました」
「お。じゃあ次は……――」
 私服に雑貨用のエプロンをつけた前川に声をかけられて、雑貨フロアのレジカウンターへ向かう。
「これ、昨日着荷した物だから、値段つけて同じ部門の棚に荷出しを頼むな。終わったらまた声掛けて。チェックするから」
「分かりました」
 笑顔は少ないが、物覚えが早く仕事も丁寧にこなしてくれていて、つい次から次に仕事をお願いしてしまう。
(もう少しゆっくりやっていいんだけどな。接客には入らなくていいとは言ったが、その分肉体労働ばっかりだもんなぁ)
 指先で顎を擦りながら彼の仕事ぶりを眺める。
 そこへ、
「店長さん♪」
 高めの声と共にポン、と背中を軽く叩かれて振り返る。
「あぁ。いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
 週に一回は来店してくれている女性客が、ニコニコ顔で俺を見上げていた。
「新人さんが入ったの? また男らしい人ねぇ」
「ええ。明日から始まるフェア限定のバイトさんですよ。この時期は人手不足になりがちなので助かってます」
「あら、バイトだなんて。もしかして学生さん?」
「そうなんですよ。まだ不慣れなので何かご迷惑をお掛けしましたらすみません。温かい目で見守ってやって下さい」
「任せて頂戴! 私、こう見えて面倒見イイのよ」
 客に面倒を見させるわけにはいかないが、内にも外にも味方が居てくれるのは嬉しいことだ。
 真面目に働く前川に、表情を綻ばせる。
 そこへ、
「うーん……」
 小さな唸りと共に視線を感じて顔を戻す。
「……何か?」
「何となくだけど、店長さん顔色悪くなぁい?」
「え? ……全然元気ですよ?」
 俺は目を瞬いて首を捻る。
「ならいいけれど、あまり無理しちゃ駄目よ?」
「ええ。気をつけます」
 心配を拭いされないのかぎこちない笑顔を浮かべる女性客に、俺はいつも通りの笑顔を向けた。
(暑さのせいで疲れてるように見えるとか……? 顔でも洗ってくるか)
 客に心配させるなどもっての外だ。
 作業を進める前川を一瞬視界に入れてから、俺は二階のトイレへ向かった。
「うーん……。顔色悪い、か?」
 洗面台に取り付けられている鏡を覗き込む。
 確かに疲れた顔をしていると言われればそう見えなくもないが。
(自分じゃ分からねえもんだな)
 眉間に皺を寄せた俺が俺を睨む。
 確かに、数週間の間にいろんな事があった。
 精神的にきても可笑しくないことが……。
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