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君恋3
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「さっきの話、本当ですか?」
「……さっきって?」
「店長の、失敗談ですよ」
「⁉ ゴホッ。……掘り返さないで下さいよ!」
俺はむせ返りながらも極力声を顰めて訴えた。
そんな俺に、片山さんは珍しく楽しそうに笑った。
(へえ? ……この人も、こんな風に笑うんだな。笑うこと自体ないわけじゃないけど、いつも取り繕ってるっつーか、心から楽しそうって感じじゃないもんな)
なんて思うのは失礼か。
仲間の貴重な一面を見れたことには、自分の恥ずかしい話も無駄ではなかったのかもしれないと思う。
そして、飲み始めて四時間は経っただろうか。
あれほど飲み過ぎるなと言ったにも関わらず、しこたま飲んだ小笠原が膝枕をせがんできて、その辺で寝てろと押し返したらそのまま隣で潰れてしまった。
日野は酔いを冷ますためか途中からレモンスカッシュを飲んでいた。
外はすっかり夜の世界。
酔い潰れた小笠原を支えている日野に、俺は声を掛けた。
「大丈夫か? 確か小笠原のマンション、近かったよな。俺も付き添った方がよさそうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。全然慣れてるので、このままタクシー捕まえて帰ります。じゃあ、おやすみなさい」
そう言うとペコリと頭を下げて、二人は帰って行った。
「さて、じゃあ俺は電車で帰るので、片山さん、また明日も宜しくお願いします」
片山さんに軽くお辞儀をして駅へと足を向けた時、いきなり腕を掴まれた。
「片山さん……?」
振り返って、俺は片山さんを見遣る。
「店長。今日は遅いので送っていきます」
「……はい? や、でも……」
確か、彼の家は俺とは逆方向だったはず。
俺の言わんとしている事を察したのか、片山さんが僅かに笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。自分は飲んでいないんで、車で送ります」
「え……もしかして、この為に飲まなかった、とか?」
「……その辺は、追究しないで下さい」
(や、普通するだろ。もしかして、変にプライド高い……とか?)
頷くまで腕を離してくれなさそうな雰囲気に、俺は僅かに肩を竦めた。
「……じゃあ、宜しくお願いします」
「はい。じゃあ、車回してくるので待っていて下さい」
この辺は駐車するスペースが非常に少ない。
だから店に置いておいた方が都合がいいから、みんなそうしている。
店の方へ消えて行った片山さんを見送ってから、俺は星の見えない夜空を見上げた。
(変に気を遣う必要ないんだけどな。正直、二人きりになったら、どうしていいか分かんねぇし……)
片山さんは平気なのだろうか。
(何も言わないし、特にもう好きじゃなくなったとか? ……や、別に好きでいて欲しいとかじゃねーんだけど! そもそも、ちゃんと告白されたわけじゃねえし……)
中途半端すぎて余計に考えてしまう。
マンションまでは車で二十分ほどの距離。
小笠原ほどじゃないが、俺も今日は飲んだ方だったからか、気まずくなると思っていた車内は仕事や仲間の話で不思議と盛り上がった。
(片山さんとこんなに話したの、初めてかもしれないな)
少しだけ浮足立って車から降りる。
「今日はありがとうございました」
「いえ、自分がしたくてしたことなんで、気にしないで下さい。じゃあ失礼します」
助手席の窓から挨拶を交わし、ゆっくりと走り出す車を見送ってからマンションへ入った。
部屋は五階。
エレベーターを下りて直ぐの部屋だ。
俺はカバンを漁って鍵を手に取りながら五階に降り立った。
(――……えっ)
誰もいないはずの扉の前に、腕組みをして寄り掛かっている人影が目に留まって息を飲んだ。
「随分遅かったな。今日は試食会だと聞いていたが」
「……榊……さん? どうしてココに……」
頭が混乱する。
彼は俺のマンションを知らないはずだ。
呆然と立ち尽くしている俺に、榊さんが答えた。
「雪乃から聞いた。それに、フェアに向けて店長同士話し合えと。……ま、俺にとってはそれはついでだが」
最後の方は小声であまり聞き取れなかったが、そんなことより、あっさりとこの人に家を教えてしまうオーナーに眩暈を覚えた。
(えっとー? 俺はどうしたらいいわけ? 家に入れなきゃならないわけか…? ハハ。冗談)
けれど、こんな遅くに玄関前に待ち構えていられたら、入れないわけにもいかず……。
(このまま追い返したら、あとが怖いし……)
「えっと……どうぞ?」
俺は変な汗をかきながら、笑顔を無理矢理作って鍵穴に鍵を押し込んだ。
入って直ぐに電気をつけ、少し散らかっている衣類をクローゼットに追いやってエアコンを起動させた。
「涼しくなるまでもう少し待って下さい。あ、適当に座ってていいですから」
外と比べて閉め切っていた室内は少し蒸し暑い。
俺は羽織っていた上着を脱いでソファーの背凭れに引っ掻けた。
口を開かず、ただ部屋を見渡している榊さんに、少し緊張する。
「……さっきって?」
「店長の、失敗談ですよ」
「⁉ ゴホッ。……掘り返さないで下さいよ!」
俺はむせ返りながらも極力声を顰めて訴えた。
そんな俺に、片山さんは珍しく楽しそうに笑った。
(へえ? ……この人も、こんな風に笑うんだな。笑うこと自体ないわけじゃないけど、いつも取り繕ってるっつーか、心から楽しそうって感じじゃないもんな)
なんて思うのは失礼か。
仲間の貴重な一面を見れたことには、自分の恥ずかしい話も無駄ではなかったのかもしれないと思う。
そして、飲み始めて四時間は経っただろうか。
あれほど飲み過ぎるなと言ったにも関わらず、しこたま飲んだ小笠原が膝枕をせがんできて、その辺で寝てろと押し返したらそのまま隣で潰れてしまった。
日野は酔いを冷ますためか途中からレモンスカッシュを飲んでいた。
外はすっかり夜の世界。
酔い潰れた小笠原を支えている日野に、俺は声を掛けた。
「大丈夫か? 確か小笠原のマンション、近かったよな。俺も付き添った方がよさそうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。全然慣れてるので、このままタクシー捕まえて帰ります。じゃあ、おやすみなさい」
そう言うとペコリと頭を下げて、二人は帰って行った。
「さて、じゃあ俺は電車で帰るので、片山さん、また明日も宜しくお願いします」
片山さんに軽くお辞儀をして駅へと足を向けた時、いきなり腕を掴まれた。
「片山さん……?」
振り返って、俺は片山さんを見遣る。
「店長。今日は遅いので送っていきます」
「……はい? や、でも……」
確か、彼の家は俺とは逆方向だったはず。
俺の言わんとしている事を察したのか、片山さんが僅かに笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。自分は飲んでいないんで、車で送ります」
「え……もしかして、この為に飲まなかった、とか?」
「……その辺は、追究しないで下さい」
(や、普通するだろ。もしかして、変にプライド高い……とか?)
頷くまで腕を離してくれなさそうな雰囲気に、俺は僅かに肩を竦めた。
「……じゃあ、宜しくお願いします」
「はい。じゃあ、車回してくるので待っていて下さい」
この辺は駐車するスペースが非常に少ない。
だから店に置いておいた方が都合がいいから、みんなそうしている。
店の方へ消えて行った片山さんを見送ってから、俺は星の見えない夜空を見上げた。
(変に気を遣う必要ないんだけどな。正直、二人きりになったら、どうしていいか分かんねぇし……)
片山さんは平気なのだろうか。
(何も言わないし、特にもう好きじゃなくなったとか? ……や、別に好きでいて欲しいとかじゃねーんだけど! そもそも、ちゃんと告白されたわけじゃねえし……)
中途半端すぎて余計に考えてしまう。
マンションまでは車で二十分ほどの距離。
小笠原ほどじゃないが、俺も今日は飲んだ方だったからか、気まずくなると思っていた車内は仕事や仲間の話で不思議と盛り上がった。
(片山さんとこんなに話したの、初めてかもしれないな)
少しだけ浮足立って車から降りる。
「今日はありがとうございました」
「いえ、自分がしたくてしたことなんで、気にしないで下さい。じゃあ失礼します」
助手席の窓から挨拶を交わし、ゆっくりと走り出す車を見送ってからマンションへ入った。
部屋は五階。
エレベーターを下りて直ぐの部屋だ。
俺はカバンを漁って鍵を手に取りながら五階に降り立った。
(――……えっ)
誰もいないはずの扉の前に、腕組みをして寄り掛かっている人影が目に留まって息を飲んだ。
「随分遅かったな。今日は試食会だと聞いていたが」
「……榊……さん? どうしてココに……」
頭が混乱する。
彼は俺のマンションを知らないはずだ。
呆然と立ち尽くしている俺に、榊さんが答えた。
「雪乃から聞いた。それに、フェアに向けて店長同士話し合えと。……ま、俺にとってはそれはついでだが」
最後の方は小声であまり聞き取れなかったが、そんなことより、あっさりとこの人に家を教えてしまうオーナーに眩暈を覚えた。
(えっとー? 俺はどうしたらいいわけ? 家に入れなきゃならないわけか…? ハハ。冗談)
けれど、こんな遅くに玄関前に待ち構えていられたら、入れないわけにもいかず……。
(このまま追い返したら、あとが怖いし……)
「えっと……どうぞ?」
俺は変な汗をかきながら、笑顔を無理矢理作って鍵穴に鍵を押し込んだ。
入って直ぐに電気をつけ、少し散らかっている衣類をクローゼットに追いやってエアコンを起動させた。
「涼しくなるまでもう少し待って下さい。あ、適当に座ってていいですから」
外と比べて閉め切っていた室内は少し蒸し暑い。
俺は羽織っていた上着を脱いでソファーの背凭れに引っ掻けた。
口を開かず、ただ部屋を見渡している榊さんに、少し緊張する。
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