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君恋1
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漸く十三時を回り、最後の客を見送ってからカフェを閉めた。
「本当に今日はハードだったな。トイレに行く隙すら無いとは……」
俺が独り言ちながらテラスのテーブルを拭いていると、床掃除をしていた小笠原が濡れモップを持ったままこっちに歩いて来た。
「でしょー? 今日が休日や祝日だったらもっと大変なことになってたっスね」
小笠原の言葉には視線を上げず、ひたすら手を動かしながら頷き、溜息を零す。
「……やっぱ、人員増やした方がいいのかもなあ」
「確か夏ってフェアあったっスよね? それに向けてバイトを雇うとか!」
「バイトかー……。神条さんに連絡取ってみるか」
「オーナーに言わなくても“店長”なら好きに決めちゃっていんじゃないっスか?」
小笠原の無責任でいい加減な発言にピクリと手を止める。
「ンなわけねーだろ。もちろん面接は俺がするけど、勝手に募集をかけていい権限までは持ってねーの。分かったか?」
「わ、わかりました。そんな睨まなくても……。綺麗なお顔が台無し……、いや、逆に知的?」
コイツの思考回路は意味不明だ。
止めていた手を再度動かしながら密かに眉を寄せた。
俺だって出来れば無断でやりたい。
今はまだ、神条さんと話す事すら億劫だからだ。
彼に可愛い彼女ができたなら、俺は祝福すべきなのだろう。
(分かってる。けどさ……)
とにかく、恋愛は今の俺には必要のないものだ。
そう思っていないと仕事に集中できやしない。
いつの間にか布巾を握る手に力が入っていた事に気付いた俺は、何かを吐き出すように小さな溜息と一緒に布巾をひっくり返して綺麗な面を向けた。
そんな中、小笠原が床をモップがけしながら俺の後を追ってきた。
「てんちょー」
「今度は何だ?」
小笠原を視界に入れると、内緒話をするように口元に手を当てて俺に顔を寄せてきた。
「なんか変じゃないっスか?」
「? ……何が」
「片山さんっスよ。今日やたら視線感じるんスけど」
聞きながら、小笠原が見ている方に顔を向けた。
接客をしている片山さんが目に留まる。
「俺もさっき、目が合ったような気がしたんだ。お前もそうなら、気のせいじゃなかったんだな」
「んー……オレは目は合ってないっスよ。ただこっちを気にしているような感じだったんで……。――片山さんと何かあったんスか?」
「!? な、なんでだよッ」
マズイ。
少しばかり過剰に反応してしまった。
そんな俺に目を瞬かせる小笠原。
嫌な汗が出そうだ。
何もなかったと言ったところでそれは嘘だし、片山さんの反応からしていつかは周りにバレるだろう。
(確かに、怒らせたのは俺だけど、これからちゃんと謝ろうと思ってたんだッ)
そんな俺の心情なんか知らない小笠原だったが、とんでもないことを口にしやがったせいで、俺は頭の中が真っ白になった。
「や、だって……あの人、店長のこと好きっスよね? だから何かあったのかなーって」
「――は?」
(誰が誰を好きだって? 片山さん? が、俺を?)
ただ呆然と立ち尽くす。
(……いやいやないないないってマジで。どうしたらそうなる? 本人に聞いたのか? けどあの人別に俺に対してそんな素振り見せた事なんか一度も無かったじゃねえか)
(さっきだって俺の手、払い除けたし……)
(そもそも俺は男で――いや、俺も男を好きになったわけだけど!)
いやいや、それはもういいんだ! と首を横に振る。
(好きな相手が、俺?)
「――それはねぇだろ」
出た答えがコレだった。
だって、信じ難すぎる。
「何で?」
「何で、って……俺は男だぞ?」
モップの棒の先端に手を添えて体重を掛け、そこへ顎を乗せた小笠原が呆れたような溜息を零した。
「そんなの、関係ないんじゃないっスか? 人を好きになる気持ちって、自分でも止められないモンなんだし」
否定はできない。
でも、何で俺なのかと不思議でたまらない。
「片山さんなら、選びたい放題だろうに……なんで俺なんだ?」
「そんなの本人に直接聞けばいいんじゃないっスか。まあオレはもう確信してんスけどね」
この発言に訝しげに小笠原を見る。
「何で確信できるんだ……?」
「それはだって、片山さんの態度がオレらと違うから」
「態度?」
「あー、いや、態度っていうか……てんちょーを見る目が熱いっていうか……ね?」
「問われても分かんねーよ」
「とにかく! なんか優ちゃんといると空気が優しくなるんスよ。片山さんの。俺の勘に間違いはないと思うっスよ。――なんなら本人に聞いてみます?」
「え。や、ちょっと待っ――」
「片山さーん!」
「おいっ⁉」
「本当に今日はハードだったな。トイレに行く隙すら無いとは……」
俺が独り言ちながらテラスのテーブルを拭いていると、床掃除をしていた小笠原が濡れモップを持ったままこっちに歩いて来た。
「でしょー? 今日が休日や祝日だったらもっと大変なことになってたっスね」
小笠原の言葉には視線を上げず、ひたすら手を動かしながら頷き、溜息を零す。
「……やっぱ、人員増やした方がいいのかもなあ」
「確か夏ってフェアあったっスよね? それに向けてバイトを雇うとか!」
「バイトかー……。神条さんに連絡取ってみるか」
「オーナーに言わなくても“店長”なら好きに決めちゃっていんじゃないっスか?」
小笠原の無責任でいい加減な発言にピクリと手を止める。
「ンなわけねーだろ。もちろん面接は俺がするけど、勝手に募集をかけていい権限までは持ってねーの。分かったか?」
「わ、わかりました。そんな睨まなくても……。綺麗なお顔が台無し……、いや、逆に知的?」
コイツの思考回路は意味不明だ。
止めていた手を再度動かしながら密かに眉を寄せた。
俺だって出来れば無断でやりたい。
今はまだ、神条さんと話す事すら億劫だからだ。
彼に可愛い彼女ができたなら、俺は祝福すべきなのだろう。
(分かってる。けどさ……)
とにかく、恋愛は今の俺には必要のないものだ。
そう思っていないと仕事に集中できやしない。
いつの間にか布巾を握る手に力が入っていた事に気付いた俺は、何かを吐き出すように小さな溜息と一緒に布巾をひっくり返して綺麗な面を向けた。
そんな中、小笠原が床をモップがけしながら俺の後を追ってきた。
「てんちょー」
「今度は何だ?」
小笠原を視界に入れると、内緒話をするように口元に手を当てて俺に顔を寄せてきた。
「なんか変じゃないっスか?」
「? ……何が」
「片山さんっスよ。今日やたら視線感じるんスけど」
聞きながら、小笠原が見ている方に顔を向けた。
接客をしている片山さんが目に留まる。
「俺もさっき、目が合ったような気がしたんだ。お前もそうなら、気のせいじゃなかったんだな」
「んー……オレは目は合ってないっスよ。ただこっちを気にしているような感じだったんで……。――片山さんと何かあったんスか?」
「!? な、なんでだよッ」
マズイ。
少しばかり過剰に反応してしまった。
そんな俺に目を瞬かせる小笠原。
嫌な汗が出そうだ。
何もなかったと言ったところでそれは嘘だし、片山さんの反応からしていつかは周りにバレるだろう。
(確かに、怒らせたのは俺だけど、これからちゃんと謝ろうと思ってたんだッ)
そんな俺の心情なんか知らない小笠原だったが、とんでもないことを口にしやがったせいで、俺は頭の中が真っ白になった。
「や、だって……あの人、店長のこと好きっスよね? だから何かあったのかなーって」
「――は?」
(誰が誰を好きだって? 片山さん? が、俺を?)
ただ呆然と立ち尽くす。
(……いやいやないないないってマジで。どうしたらそうなる? 本人に聞いたのか? けどあの人別に俺に対してそんな素振り見せた事なんか一度も無かったじゃねえか)
(さっきだって俺の手、払い除けたし……)
(そもそも俺は男で――いや、俺も男を好きになったわけだけど!)
いやいや、それはもういいんだ! と首を横に振る。
(好きな相手が、俺?)
「――それはねぇだろ」
出た答えがコレだった。
だって、信じ難すぎる。
「何で?」
「何で、って……俺は男だぞ?」
モップの棒の先端に手を添えて体重を掛け、そこへ顎を乗せた小笠原が呆れたような溜息を零した。
「そんなの、関係ないんじゃないっスか? 人を好きになる気持ちって、自分でも止められないモンなんだし」
否定はできない。
でも、何で俺なのかと不思議でたまらない。
「片山さんなら、選びたい放題だろうに……なんで俺なんだ?」
「そんなの本人に直接聞けばいいんじゃないっスか。まあオレはもう確信してんスけどね」
この発言に訝しげに小笠原を見る。
「何で確信できるんだ……?」
「それはだって、片山さんの態度がオレらと違うから」
「態度?」
「あー、いや、態度っていうか……てんちょーを見る目が熱いっていうか……ね?」
「問われても分かんねーよ」
「とにかく! なんか優ちゃんといると空気が優しくなるんスよ。片山さんの。俺の勘に間違いはないと思うっスよ。――なんなら本人に聞いてみます?」
「え。や、ちょっと待っ――」
「片山さーん!」
「おいっ⁉」
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