君だけに恋を囁く

煙々茸

文字の大きさ
上 下
9 / 74
君恋1

1-8

しおりを挟む
 漸く十三時を回り、最後の客を見送ってからカフェを閉めた。
「本当に今日はハードだったな。トイレに行く隙すら無いとは……」
 俺が独り言ちながらテラスのテーブルを拭いていると、床掃除をしていた小笠原が濡れモップを持ったままこっちに歩いて来た。
「でしょー? 今日が休日や祝日だったらもっと大変なことになってたっスね」
 小笠原の言葉には視線を上げず、ひたすら手を動かしながら頷き、溜息を零す。
「……やっぱ、人員増やした方がいいのかもなあ」
「確か夏ってフェアあったっスよね? それに向けてバイトを雇うとか!」
「バイトかー……。神条さんに連絡取ってみるか」
「オーナーに言わなくても“店長”なら好きに決めちゃっていんじゃないっスか?」
 小笠原の無責任でいい加減な発言にピクリと手を止める。
「ンなわけねーだろ。もちろん面接は俺がするけど、勝手に募集をかけていい権限までは持ってねーの。分かったか?」
「わ、わかりました。そんな睨まなくても……。綺麗なお顔が台無し……、いや、逆に知的?」
 コイツの思考回路は意味不明だ。
 止めていた手を再度動かしながら密かに眉を寄せた。
 俺だって出来れば無断でやりたい。
 今はまだ、神条さんと話す事すら億劫だからだ。
 彼に可愛い彼女ができたなら、俺は祝福すべきなのだろう。
(分かってる。けどさ……)
 とにかく、恋愛は今の俺には必要のないものだ。
 そう思っていないと仕事に集中できやしない。
 いつの間にか布巾を握る手に力が入っていた事に気付いた俺は、何かを吐き出すように小さな溜息と一緒に布巾をひっくり返して綺麗な面を向けた。
 そんな中、小笠原が床をモップがけしながら俺の後を追ってきた。
「てんちょー」
「今度は何だ?」
 小笠原を視界に入れると、内緒話をするように口元に手を当てて俺に顔を寄せてきた。
「なんか変じゃないっスか?」
「? ……何が」
「片山さんっスよ。今日やたら視線感じるんスけど」
 聞きながら、小笠原が見ている方に顔を向けた。
 接客をしている片山さんが目に留まる。
「俺もさっき、目が合ったような気がしたんだ。お前もそうなら、気のせいじゃなかったんだな」
「んー……オレは目は合ってないっスよ。ただこっちを気にしているような感じだったんで……。――片山さんと何かあったんスか?」
「!? な、なんでだよッ」
 マズイ。
 少しばかり過剰に反応してしまった。
 そんな俺に目を瞬かせる小笠原。
 嫌な汗が出そうだ。
 何もなかったと言ったところでそれは嘘だし、片山さんの反応からしていつかは周りにバレるだろう。
(確かに、怒らせたのは俺だけど、これからちゃんと謝ろうと思ってたんだッ)
 そんな俺の心情なんか知らない小笠原だったが、とんでもないことを口にしやがったせいで、俺は頭の中が真っ白になった。
「や、だって……あの人、店長のこと好きっスよね? だから何かあったのかなーって」
「――は?」
(誰が誰を好きだって? 片山さん? が、俺を?)
 ただ呆然と立ち尽くす。
(……いやいやないないないってマジで。どうしたらそうなる? 本人に聞いたのか? けどあの人別に俺に対してそんな素振り見せた事なんか一度も無かったじゃねえか)
(さっきだって俺の手、払い除けたし……)
(そもそも俺は男で――いや、俺も男を好きになったわけだけど!)
 いやいや、それはもういいんだ! と首を横に振る。
(好きな相手が、俺?)
「――それはねぇだろ」
 出た答えがコレだった。
 だって、信じ難すぎる。
「何で?」
「何で、って……俺は男だぞ?」
 モップの棒の先端に手を添えて体重を掛け、そこへ顎を乗せた小笠原が呆れたような溜息を零した。
「そんなの、関係ないんじゃないっスか? 人を好きになる気持ちって、自分でも止められないモンなんだし」
 否定はできない。
 でも、何で俺なのかと不思議でたまらない。
「片山さんなら、選びたい放題だろうに……なんで俺なんだ?」
「そんなの本人に直接聞けばいいんじゃないっスか。まあオレはもう確信してんスけどね」
 この発言に訝しげに小笠原を見る。
「何で確信できるんだ……?」
「それはだって、片山さんの態度がオレらと違うから」
「態度?」
「あー、いや、態度っていうか……てんちょーを見る目が熱いっていうか……ね?」
「問われても分かんねーよ」
「とにかく! なんか優ちゃんといると空気が優しくなるんスよ。片山さんの。俺の勘に間違いはないと思うっスよ。――なんなら本人に聞いてみます?」
「え。や、ちょっと待っ――」
「片山さーん!」
「おいっ⁉」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

告白ゲーム

茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった 他サイトにも公開しています

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...