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君恋1
1-7
しおりを挟む翌日――。
正午十分前。
「店長。おはようございます」
事務室に入って来たのは大柄な男。
名前は片山大星。
俺より八つ年上で無駄口を叩かず生真面目な人だ。
「おはようございます。相変わらず時間より早い出勤ですね」
俺はパソコンから視線を上げて笑みを浮かべながら挨拶を交わす。
主にP帯勤務である彼は、既に雑貨用のエプロンを身につけていた。
「それはお互い様です」
「ハハ。まあ俺も今日は遅出だけど、ちょっと仕事が残ってしまって」
「不良品ですか?」
こっちへ歩み寄って来た片山さんが、高い位置からパソコン画面を見下ろしてくる。
俺は椅子に座っているから余計感じるのかもしれないが、かなりの高低差だ。
ずっと見上げていたら首が痛くなるだろう、絶対。
「それはさっき終わりましたよ。今はシフトを作成してて……、あ、片山さんも休み希望あったら出して下さいね。今組んじゃうんで」
それを聞いた片山さんは、パソコンの横に置いていた卓上カレンダーを手に取った。
「……特に予定はないので、適当に入れてくれて構いません」
「そうですか。助かります」
他のスタッフの希望は既にチェック済みで、表の休み希望日に×が入っている。
あとは出られる日を均等に組んでいくだけだ。
「こんなもんかな……」
「できました?」
俺の呟きに、頭上から声が降ってきてチラリと見上げる。
「ええ。これで大丈夫だと思いますよ。後で印刷しておくんで持ち帰って下さい」
言いながら上書き保存をして、フォルダを閉じる。
「あっ」
「……?」
不意に声を零した片山さんをもう一度仰ぎ見て、俺はそのまま視線を追って行く。
すると……、
「――あ」
今度は俺がある事に気付いて声を零した。
今日のデスクトップ画は、猫ではなく風景画になっていた。
(昨日設定し直して帰ったんだった)
だから朝来て背景が変わっていないのも当然だったから、すっかり忘れていた。
(これに反応したってことは、やっぱり片山さんなのか?)
しかし、この生真面目で無口でデカくて男らしさしか伝わって来ないような人間が――。
(実は猫好き……?)
聞いていいものかと迷ったが、やっぱり気になる。
「……もしかして、猫好きだったりします?」
「っ?」
ピクリと片山さんが反応を示した。
といっても、彼の動揺はあまり顔に出ないから分かり難い。
「やっぱり。この背景画を猫に変えてたの片山さんだったんですね」
(意外ではあったけど、別に隠す必要ないと思うんだが……)
趣味や好みは人それぞれなわけだし。
彼の場合ギャップがあって女性客に好印象を与えるんじゃないだろうか。
そんなことを考えながらクスクスと笑っていたら、気まずそうに否定する片山さんに驚いた。
「猫が好きってわけじゃ、ないです」
「え? でも……」
「別に嫌いってわけでもないんですが……特に好きというわけでも……」
「片山さん? 大丈夫ですか? ……なんか顔赤い――」
片山さんの頬に手を伸ばす。
「っ……?」
触れる寸前、思い切り払われてしまった。
あまりの驚きに赤くなった手を押さえることさえ忘れて彼を凝視する。
(どういうことだ? 俺、何か怒らせるような事言ったか……?)
もしかしたら、片山さんにとっては隠しておきたかったことだったのかもしれない。
知ったとしても、話を切り上げるべきだったんじゃないだろうか……。
「片山さん……?」
「手、すみませんでした。仕事に行きます」
「え、ちょ、片山さん……⁉」
困惑した表情を浮かべている彼は踵を返して出て行ってしまった。
俺は椅子に座ったまま、呆然と閉まった扉を見つめる。
(……嫌われた? いや、でも……)
それとは違う気がした。
(あの人でも取り乱す事あるんだな……)
「いや、そりゃあるだろうけど! ――すげぇ吃驚した」
独り言ちながら、漸く払われた手を庇うように押さえた。
「からかったつもりはないんだけど……でも、あとで謝っとくか」
パソコンをシャットダウンして、俺はカフェ用のエプロンを腰に巻き付けて部屋の電気を消した。
厨房に入ってまずは木村さんに挨拶を済ませ、テラスで動き回っている小笠原に声を掛けた。
「お疲れさん」
「あ、てんちょー! 遅いっスよ、もー!」
メニューブックを持って駆け寄って来た小笠原。
相当忙しかったのか息が弾んでいる。
「遅いって……、俺はP帯だぞ」
「それは知ってるけど! 今日はめっちゃ忙しいんで手伝ってほしかったんスよ!」
言われてみれば、昨日よりも客の入りがいいようだ。
「なら、呼びに来てくれれば良かっただろ」
「そんな暇ないっスもん!」
「わかったわかった。――それより、学生が多いな……」
見渡すと、制服に身を包んだ学生が目立って多いように思う。
俺の発言に小笠原が軽く頷いた。
「昨日から懇談会があって、半日で終わる学校が多いみたいっスよ」
平然と言ってのける小笠原に俺は眉を顰めた。
「良く知ってるな」
「昨日の女の子も言ってたし、さっきも聞かされたんで」
「……だろうな。っつか、話聞く余裕があんなら働けッ。何が忙しいだ」
シッシッと手で追い払う。
「女の子たちの話を聞くのも仕事の内なんスよ!」
「それはお前だけだろうが」
まったく、と肩を竦めながら何気なく雑貨エリアへ視線を向けると、一瞬片山さんと目が合った気がした。
(あれ? 今、こっち見てた……よなぁ。気のせいか?)
大きな体でてきぱきと仕事をこなしていく様子に、やっぱり気のせいだったのかもしれないと俺はあまり気に止めなかった。
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