15 / 41
15 いい子
しおりを挟む
「ウィルくんのことで、なにか誤解があるようでしたので」
「誤解もなにも。ウィルが君に、その」
もごもごと口ごもるダリス殿下は、俺に責めるような視線を送ってくる。それを受けてゆっくりと首を左右に振るカルロッタ嬢は「なにもありません」とちょっと怒ったような声を出す。
「そもそも! 殿下は私が別の殿方に手を出すようなはしたない女だと思っているのですか」
「そ、そんなわけ」
言葉では否定しつつも、殿下のこれまでの態度からすればカルロッタ嬢のことを疑っていたことは明白である。途端に勢いをなくす殿下が面白くてニヤニヤしていれば目敏く察した殿下に睨まれたので、すかさずカルロッタ嬢の胸に顔を埋めておく。
もはや空気に徹するフロイドは目が死んでいた。なにも言葉を発しないロッドは、おそらく呑気に佇んでいるに違いない。
「だが、どうして近衛兵を撒いて宿に」
食い下がる殿下に、カルロッタ嬢が「撒いてなどおりません」と断言した。
「街で声をかけられて。それが殿下が可愛がっているウィルくんだと気が付いたものですから」
「可愛がってはいない。目を離すとなにをしでかすかわからないから仕方なく面倒を見ているだけだ」
どうでもいい訂正を挟む殿下は「なぜ宿に」と食い下がる。
「そこにあったので」
「はぁ?」
迷いなく答えるカルロッタ嬢はすごい。俺も見習いたいくらいの堂々たる振る舞いであった。
「人目のないところで話をしたかっただけです。宿が人目を避けるのにちょうどよかっただけです」
「そんな言い訳」
ギロッと殿下を睨みつけたカルロッタ嬢は強い。俺は優しくて強い美人なお姉さんが大好きだ。ぶんぶん尻尾を振りながら殿下を振り返る。ニヤッと得意気に笑ってやれば、ダリス殿下が静かに拳を握ったのが見えて顔を背ける。
「言い訳と言いますけど。殿下は今回の件に関して私に話を聞きましたか?」
「い、いや。それは」
「護衛の言うことを真に受けて一方的にウィルくんを叱ったのでは?」
「……」
そっと視線を逸らす殿下は図星だったらしい。
目を閉じて深く息を吐くカルロッタ嬢は、やがて顔を上げて殿下を見据えた。
「私は単にウィルくんとお酒を飲んでいただけです! あ、もちろんウィルくんには飲ませていませんが」
「なんだって?」
目を瞬く殿下は、「君、酒とか飲むのか」と驚いている。気にするのはそこなんだ。俺の無実についてもうちょい興味持てや。
だがこの殿下の態度に腹を立てたのは俺だけではなかったらしい。
「それですよ! それ!」
「……は?」
ぎゅっと俺を抱きしめるカルロッタ嬢は「殿下のその思い込みのせいです」と声を荒げた。
「私がお酒を飲んでなにか悪いですか? 殿下が私のことを愛してくださっていることは知っています。でも私はあなたが思っているほどにお淑やかな女ではありません!」
「カ、カルロッタ?」
きっぱり言い切ったカルロッタ嬢は「あー、言っちゃった」と今更のように顔を俯ける。だが引くつもりはないようで、「少しは私の話も聞いてください」と締め括った。
一方的に言われた殿下は唖然としている。だが、カルロッタ嬢の言葉に思うところがあったのか。頬を掻いて気まずそうに視線を彷徨わせている。
「……その、カルロッタ」
「なんでしょうか」
澄まし顔で応じるカルロッタ嬢に、殿下がわざとらしい咳払いをした。しかし何かを決意した彼は、彼女を見据えておそるおそるといった様子で口を開いた。
「ウィルとは、なにもなかったのか?」
絞り出された問いに、カルロッタ嬢が頷いた。
「護衛を撒いたつもりもありません。ウィルくんを連れて宿に入ったら彼らが勝手に後をついてくるのをやめてしまったんです」
「そ、そうなのか」
引き攣った顔をする殿下は、天を仰いで額を押さえている。どうやら俺の無罪を信じてくれたらしい。へへっと笑っておく。
なんだか俺に対して微妙な視線を投げる殿下は、「悪かった」とカルロッタ嬢の肩を抱いた。
「君の話もきちんと聞くべきだった」
「わかっていただけて安心しました」
仲良く寄り添うふたりの間で半眼になる。
カルロッタ嬢に抱えられたまま腕を伸ばして殿下のことをぐいぐい押してやる。それに気が付いたカルロッタ嬢が小さく笑った。
「この子、殿下のことはあまり好きじゃないのかしら?」
「だろうな」
短く吐き捨てるダリス殿下は半眼であった。
「ところで、この子どうしたの?」
「え」
固まる殿下は、冷や汗をかいている。
カルロッタ嬢の口から俺の無罪を聞いた今、まさか怒った聖女によって犬にされた俺だとは言えなかったのだろう。そんなことがカルロッタ嬢に知られたら、彼女はきっと激怒するから。
「そ、それはウィルが拾ってきたんだ」
「まぁ」
目を丸くするカルロッタ嬢の腕の中で、俺も同じように目を見開く。この野郎。誤魔化しやがった。
カルロッタ嬢に怒られてしまえと鼻息荒く真実を教えてやろうとするが、その前に殿下が俺をカルロッタ嬢から奪い取る。さりげなく俺の口を塞いでくる殿下はクソだ。
「あとでウィルに返しておくよ」
「そうですか。可愛い子ですね」
くすりと笑うカルロッタ嬢は、やっぱり綺麗であった。
「誤解もなにも。ウィルが君に、その」
もごもごと口ごもるダリス殿下は、俺に責めるような視線を送ってくる。それを受けてゆっくりと首を左右に振るカルロッタ嬢は「なにもありません」とちょっと怒ったような声を出す。
「そもそも! 殿下は私が別の殿方に手を出すようなはしたない女だと思っているのですか」
「そ、そんなわけ」
言葉では否定しつつも、殿下のこれまでの態度からすればカルロッタ嬢のことを疑っていたことは明白である。途端に勢いをなくす殿下が面白くてニヤニヤしていれば目敏く察した殿下に睨まれたので、すかさずカルロッタ嬢の胸に顔を埋めておく。
もはや空気に徹するフロイドは目が死んでいた。なにも言葉を発しないロッドは、おそらく呑気に佇んでいるに違いない。
「だが、どうして近衛兵を撒いて宿に」
食い下がる殿下に、カルロッタ嬢が「撒いてなどおりません」と断言した。
「街で声をかけられて。それが殿下が可愛がっているウィルくんだと気が付いたものですから」
「可愛がってはいない。目を離すとなにをしでかすかわからないから仕方なく面倒を見ているだけだ」
どうでもいい訂正を挟む殿下は「なぜ宿に」と食い下がる。
「そこにあったので」
「はぁ?」
迷いなく答えるカルロッタ嬢はすごい。俺も見習いたいくらいの堂々たる振る舞いであった。
「人目のないところで話をしたかっただけです。宿が人目を避けるのにちょうどよかっただけです」
「そんな言い訳」
ギロッと殿下を睨みつけたカルロッタ嬢は強い。俺は優しくて強い美人なお姉さんが大好きだ。ぶんぶん尻尾を振りながら殿下を振り返る。ニヤッと得意気に笑ってやれば、ダリス殿下が静かに拳を握ったのが見えて顔を背ける。
「言い訳と言いますけど。殿下は今回の件に関して私に話を聞きましたか?」
「い、いや。それは」
「護衛の言うことを真に受けて一方的にウィルくんを叱ったのでは?」
「……」
そっと視線を逸らす殿下は図星だったらしい。
目を閉じて深く息を吐くカルロッタ嬢は、やがて顔を上げて殿下を見据えた。
「私は単にウィルくんとお酒を飲んでいただけです! あ、もちろんウィルくんには飲ませていませんが」
「なんだって?」
目を瞬く殿下は、「君、酒とか飲むのか」と驚いている。気にするのはそこなんだ。俺の無実についてもうちょい興味持てや。
だがこの殿下の態度に腹を立てたのは俺だけではなかったらしい。
「それですよ! それ!」
「……は?」
ぎゅっと俺を抱きしめるカルロッタ嬢は「殿下のその思い込みのせいです」と声を荒げた。
「私がお酒を飲んでなにか悪いですか? 殿下が私のことを愛してくださっていることは知っています。でも私はあなたが思っているほどにお淑やかな女ではありません!」
「カ、カルロッタ?」
きっぱり言い切ったカルロッタ嬢は「あー、言っちゃった」と今更のように顔を俯ける。だが引くつもりはないようで、「少しは私の話も聞いてください」と締め括った。
一方的に言われた殿下は唖然としている。だが、カルロッタ嬢の言葉に思うところがあったのか。頬を掻いて気まずそうに視線を彷徨わせている。
「……その、カルロッタ」
「なんでしょうか」
澄まし顔で応じるカルロッタ嬢に、殿下がわざとらしい咳払いをした。しかし何かを決意した彼は、彼女を見据えておそるおそるといった様子で口を開いた。
「ウィルとは、なにもなかったのか?」
絞り出された問いに、カルロッタ嬢が頷いた。
「護衛を撒いたつもりもありません。ウィルくんを連れて宿に入ったら彼らが勝手に後をついてくるのをやめてしまったんです」
「そ、そうなのか」
引き攣った顔をする殿下は、天を仰いで額を押さえている。どうやら俺の無罪を信じてくれたらしい。へへっと笑っておく。
なんだか俺に対して微妙な視線を投げる殿下は、「悪かった」とカルロッタ嬢の肩を抱いた。
「君の話もきちんと聞くべきだった」
「わかっていただけて安心しました」
仲良く寄り添うふたりの間で半眼になる。
カルロッタ嬢に抱えられたまま腕を伸ばして殿下のことをぐいぐい押してやる。それに気が付いたカルロッタ嬢が小さく笑った。
「この子、殿下のことはあまり好きじゃないのかしら?」
「だろうな」
短く吐き捨てるダリス殿下は半眼であった。
「ところで、この子どうしたの?」
「え」
固まる殿下は、冷や汗をかいている。
カルロッタ嬢の口から俺の無罪を聞いた今、まさか怒った聖女によって犬にされた俺だとは言えなかったのだろう。そんなことがカルロッタ嬢に知られたら、彼女はきっと激怒するから。
「そ、それはウィルが拾ってきたんだ」
「まぁ」
目を丸くするカルロッタ嬢の腕の中で、俺も同じように目を見開く。この野郎。誤魔化しやがった。
カルロッタ嬢に怒られてしまえと鼻息荒く真実を教えてやろうとするが、その前に殿下が俺をカルロッタ嬢から奪い取る。さりげなく俺の口を塞いでくる殿下はクソだ。
「あとでウィルに返しておくよ」
「そうですか。可愛い子ですね」
くすりと笑うカルロッタ嬢は、やっぱり綺麗であった。
272
あなたにおすすめの小説
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
この契約結婚は君を幸せにしないから、破棄して、逃げて、忘れます。
箱根ハコ
BL
誰もが羨む将来の騎士団長候補であるルーヴェルは、怪物を倒したところ、呪われてしまい世にも恐ろしい魔獣へと姿を変えられてしまった。
これまで彼に尊敬の目を向けてきたというのに、人々は恐れ、恋人も家族も彼を遠ざける中、彼に片思いをしていたエルンは言ってしまった。
「僕が彼を預かります!」
僕だけは、彼の味方でいるんだ。その決意とともに告げた言葉がきっかけで、彼らは思いがけず戸籍上の夫婦となり、郊外の寂れた家で新婚生活を始めることになってしまった。
五年後、ルーヴェルは元の姿に戻り、再び多くの人が彼の周りに集まるようになっていた。
もとに戻ったのだから、いつまでも自分が隣にいてはいけない。
この気持ちはきっと彼の幸せを邪魔してしまう。
そう考えたエルンは離婚届を置いて、そっと彼の元から去ったのだったが……。
呪いのせいで魔獣になり、周囲の人々に見捨てられてしまった騎士団長候補✕少し変わり者だけど一途な植物学者
ムーンライトノベルス、pixivにも投稿しています。
悪役令嬢の兄、閨の講義をする。
猫宮乾
BL
ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。
ゲーム世界の貴族A(=俺)
猫宮乾
BL
妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
婚約破棄と国外追放をされた僕、護衛騎士を思い出しました
カシナシ
BL
「お前はなんてことをしてくれたんだ!もう我慢ならない!アリス・シュヴァルツ公爵令息!お前との婚約を破棄する!」
「は……?」
婚約者だった王太子に追い立てられるように捨てられたアリス。
急いで逃げようとした時に現れたのは、逞しい美丈夫だった。
見覚えはないのだが、どこか知っているような気がしてーー。
単品ざまぁは番外編で。
護衛騎士筋肉攻め × 魔道具好き美人受け
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる