嫌われ令息に成り代わった俺、なぜか過保護に愛でられています

岩永みやび

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16歳

597 それでもやっぱり

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「……それ言うために俺を呼び出したんですか?」

 重苦しい沈黙を破ったのはアロンだった。
 どことなく不機嫌な問いかけに、小さく頷いておく。

 俺はあの日からずっと考えていた。
 考えたんだけど、やっぱりアロンと付き合うのはちょっと現実味がない。ようやく絞り出したといった感じの結論だけど、これでいいと思う。だがアロンはこれで納得するような性格ではない。

「嫌ですよ。俺はルイス様のこと好きなので」

 にこりと笑うアロンは、いつものようにこの流れを冗談で終わらせようとしている。それはだめ。それじゃあ意味がない。「違うの」とちょっと弱々しい声が出てしまう。

「冗談じゃなくて。真面目に言ってる。ちゃんと考えたの」

 だから笑って流さないでと頼めば、アロンが荒々しい動作で椅子を引いた。無言で俺にも座るよう促すアロンに従っておく。テーブルを挟んで向かい合う俺たちの間には、変な緊張がただよっている。

「なんで今なんですか」
「え」
「今まで俺を振るチャンスなんていくらでもあったでしょ。それがなんで今なんですか」
「それはだって。いつまでも先延ばしにするわけにもいかないし」
「これまで散々先延ばしにしてきたのに?」

 揶揄うような言い方に、アロンを見つめる。
 少し苛立ちを含んだような視線が俺を捉えていた。

 たしかに、これまでずっと曖昧にしてきた部分ではある。答えられずに俯けば、アロンが「例の取引とやらですか?」と意外なことを言った。

「え。知ってるの?」
「そりゃもちろん」

 あっさり頷いたアロンは、俺が彼の父親との間で交わした取引について知っていたらしい。さすがアロン。本当に色々と聞きつけるのがはやい。

「それが理由で振るのはダメですよ」

 腕を組んで偉そうに俺を見るアロンは、少し冷えた声でそう言った。

「人に言われて俺を振るんですか? それはちょっと納得できないんですけど」
「それは、でも」

 たしかに俺がアロンに付き合えないと告げたのは、アロンのお父さんとの取引が理由だけど。でもいつかは言わなきゃいけないことだと思っていた。ずっと心のどこかで思っていたことなのだ。

「別にアロンのお父さんに言われたからってだけじゃ」
「じゃあなんですか。俺が納得できる理由を教えてくださいよ」
「……」

 なんでこんなに喧嘩腰なのだろうか。
 明らかに苛々しているアロンを前にして、ちょっと俯く。アロンが俺の言葉を冗談で終わらせなかったのはいいけど、こんなに威圧的な態度でこられるとどうしていいかわからない。

 張り詰める空気の中、アロンがじっと俺を見つめていることがわかる。ちょっと息苦しい。思わず身じろぎして膝の上で拳を握った。やっぱり猫を持っておけばよかった。途端に心細くなって寝室のドアをちらりと確認する。綿毛ちゃんもユリスに預けなければよかった。

「その、アロンと付き合うのはちょっと考えられないし。それに歳も離れてるでしょ」

 だからごめんねとひたすら謝れば、アロンが眉間に皺を寄せた。

「なんですかそれ」
「……ごめんなさい」

 重苦しい空気に耐えきれず再度謝る。しかしアロンの険しい表情は戻らない。

「歳の差って。そんなの何年待っても変わらないじゃないですか」
「そ、そうだね」
「なんで今なんですかって訊いてるんですよ。取引以外に考えられないでしょ。それが理由で俺を振るのはやめてくださいって」
「う、うん」

 強い口調で言われて、唇を噛みしめる。アロンの言いたいこともわかる。わかるけど。

「でも、やっぱりアロンとは付き合えないよ」
「ティアンですか?」
「え?」

 突然出てきた名前に顔をあげる。途端に泣きそうな顔したアロンと視線があって、はっと息を呑んだ。

「ティアンと付き合うから俺とは付き合えないって? そういう話ですか」

 短く鼻で笑うアロンは、雑な動作で頭を掻いた。その苛立ちを隠しもしない乱暴な振る舞いにぎゅっと眉間に力を込める。

「ティアンは関係ないよ」
「じゃあなんですか!? 俺がダメって話ですか!」

 急に大声出したアロンに、ビクッと肩を揺らす。

「ティアンと付き合うから俺とは付き合えないって話ならまだ納得しますよ。でもティアンとも付き合わないのに俺だけ振るんですか? それって俺がダメってことですか?」
「そんなこと言ってないよ。アロンがダメってわけじゃないよ」
「じゃあなんなんですか!」

 声を荒げるアロンに、目頭が熱くなってくる。
 一旦落ち着こうよと声を掛ければ、アロンが「落ち着いてますよ」と吐き捨てる。その口調はどう聞いても苛々していた。

「アロンがダメってわけじゃないよ。そこはわかってよ」
「ルイス様は俺のこと嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあなんで付き合えないんですか」
「なんでって」

 まっすぐな視線に、俺のほうが狼狽えてしまう。
 だがアロンは「俺のことは好きなんでしょ? じゃあ付き合ってください」と言い募る。

「好きだけど」
「じゃあ」
「でも付き合えない。ほんとにごめん」

 ごめんと繰り返す俺に、アロンが静かになる。
 そろそろと顔をあげれば、眉間に力を入れて泣くのを堪えているような面持ちのアロンがいた。

 アロンでも泣きたくなることってあるんだ。

 たぶんどうでもいいことを考える俺をよそに、アロンが静かに立ち上がった。テーブルに片手を置いて、窺うような目を向けてくる。

「俺とは付き合えないんですか」
「……うん」
「可能性はゼロ?」
「うん。ごめん」

 素早く答える俺の横に、アロンが屈んだ。椅子に腰掛ける俺を見上げるようにして片膝をつくアロンは「ルイス様」と小さな声で俺の名前を呼ぶ。

「大声出してすみません。ちょっと余裕がなくて」
「うん。こっちこそごめん。アロンの言う通り今までチャンスなんていっぱいあったのに。ここまで先延ばしにしちゃってごめんなさい。俺がアロンの時間を奪っちゃったよね」

 思えばアロンは俺のことをずっと好きだと言っていた。俺に好きという言葉を一番たくさんくれたのはアロンだ。

 それを冗談として終わらせてきたのは俺のほうだ。突っ込んだ話をするのが嫌で曖昧に流してきたのは俺のほうだ。

 あふれる涙を袖口で拭おうとすれば、アロンにやんわり止められた。代わりにハンカチを握らせてきたアロンは、小さく微笑む。

「ルイス様に迷惑かけてるのは自分でもわかってましたよ。俺が勝手にルイス様に執着してただけなんで。ルイス様は気にしないでください」
「アロンだけのせいじゃないよ」

 もっとはやくこうやって話をしていればよかった。ちゃんと話せばアロンだってわかってくれるのだ。

 アロンに渡されたハンカチで涙を拭う。
 俺を見上げるアロンがこちらに手を伸ばしてきた。

「ルイス様は優しいから。俺がなにやっても許してくれるから。だから甘えちゃいました」

 俺の頬にそっと左手を添えたアロンがそんなことを言う。

「甘えてたのは俺もだよ。だってアロンは俺と一緒にいてくれるから」

 アロンと言い争いになるのはそう珍しいことではなかった。ギクシャクするけど、それでも最終的には仲直りできた。アロンはなんだかんだ俺の側にいてくれるから。

「これからも仲良くしてね。明日一緒に湖でも見に行く?」

 涙を拭って笑えば、アロンが小さく頷いた。
 恋人にはなれないけど、アロンは俺の友達だ。アロンの左手をとって、ぎゅっと両手で握っておく。

「約束だからね」
「はいはい。じゃあ明日の俺の仕事はブルース様になんとか押し付けないといけませんね」
「ブルース兄様が可哀想だよ」

 悪戯っぽく笑うアロンに、こっちの頬も緩んでしまう。大丈夫。明日からはいつも通りだ。

 ぶんぶんと握った手を上下に振れば、アロンが立ち上がって俺の頭を雑に撫でてくる。思わず握っていた手を離せば、アロンが笑った。

「ルイス様はもう寝る時間ですよ」
「まだだもん」

 おやすみなさいと告げるアロンに、「明日は早起きしてね」と念押しする。

「え? 朝から行くんですか?」
「うん!」

 ピクニックだ。せっかくなら朝から楽しまないと。苦笑するアロンは「仕方ないですね。ルイス様のために早起きしますか」と恩着せがましい言い方をする。

 そうして部屋を去りかけたアロンであったが、ふと思い出したようにこちらへ戻ってきた。

「アロン?」

 目を瞬けば、アロンがおもむろに俺の頭を撫でてくる。

「それでもやっぱり」

 困ったように笑うアロンは、小さく息を吐いた。

「俺はルイス様のことが好きですよ。どうしようもなくね」

 泣き笑いのようなアロンの表情は、俺の記憶にしっかり残った。俺の頭を撫でるどこかぎこちなくて優しい手つきも。

 この言葉を最後に、アロンは俺の前から姿を消した。直前に交わした約束は、結局果たされることはなかった。
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