冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

563 心配

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「ほら。片付けの邪魔だからあっちに行ってろ」

 アロンから必死に視線を逸らしていれば、空気を読まないブルース兄様が割り込んでくる。正直助かった。

 ほっと息を吐いて、綿毛ちゃんに「帰るよ」と声をかける。無邪気な毛玉は『ブルースくんの反抗期、オレも見たい』と無茶なことを言っている。それをきれいに無視したブルース兄様は「俺の荷物はどこだ」とアロンに問いかけている。

「玄関に置いてあるんじゃないですか?」
「持ってこいよ」
「なんで俺が」

 嫌そうな顔をするアロンは「あ。俺急ぎの仕事が」と、わかりやすく逃げた。相変わらずのクソ野郎である。ブルース兄様が舌打ちしていた。

「荷物なら俺が取ってきてあげる」
「自分で取りに行くからいい」
「遠慮せずに。どうせ暇だから」

 俺の分の荷物は、今頃ジャンとティアンが片付けてくれているだろう。アロンに見捨てられたブルース兄様が可哀想なので、お手伝いしてあげようと思う。

「お礼は美味しいお菓子でいいよ」
「自分でやるからいい」

 まぁまぁとブルース兄様を宥めて、玄関に向かう。綿毛ちゃんも『お手伝いする!』と言いながらついてきた。

 玄関には、ブルース兄様のカバンが無造作に置かれていた。きっとアロンが置いたんだと思う。なんで最後まで片付けないのだろうか。

 ちょっと大きめのカバンをよいしょと持ち上げて、足元をうろうろする毛玉を見下ろした。この毛玉は、お手伝いすると張り切っていた。そのやる気を無下にするのは可哀想な気がする。

「……綿毛ちゃん」
『なにぃ?』

 間延びした返事をする綿毛ちゃんの背中に、そっとカバンを乗せてみた。なんか心配だったので、持ち手は俺が掴んだままだけど。

『重い。潰れる』
「頑張れ!」
『やめてぇ? 手離さないでね?』

 助けてぇ! と情けない声を発する綿毛ちゃん。お手伝いするって言ったのはそっちだろ。

 仕方がないので、俺ひとりで持つことにする。

「役に立たない毛玉だな」
『ごめんね。役に立たなくて』

 たいして悪いと思っていない綿毛ちゃんは、『坊ちゃん、頑張れ!』と雑に応援してくる。

 そうして階段に向かって歩いていたところ。怠そうにポケットに手を突っ込んだユリスが寄ってきた。

「なにをしている」
「これ運ぶの。手伝って」

 あまり期待せずに言うだけ言ってみれば、ユリスが横から引ったくるようにしてカバンを奪ってきた。

 え、持ってくれんの? マジで?

 ユリスは面倒くさがりだし意地悪でもある。てっきり嫌だと突っぱねられると思っていたのに。綿毛ちゃんも『ユリス坊ちゃん、優しいねぇ』とニマニマしている。

「ありがと」
「……」

 お礼を言うが、ユリスはそっぽを向いてしまう。そのまま俺の部屋へと足を向けたユリスを慌てて引き止める。

「あ、二階に運ぶんだよ」
「なぜ」
「それブルース兄様の荷物」

 その瞬間、ユリスがバッグから手を離した。どさっと床に落ちる音が響いた。

「落とすなよ」
「なぜ僕がブルースの荷物を運ばなければならない。自分で運ばせればいいだろ」
「そんなにキレなくても」

 肩をすくめて、バッグを拾う。
 廊下に放置するのはブルース兄様が可哀想だ。再び二階に向かう俺をユリスが追いかけてくる。

「……仕方ないから持ってやる」
「いいよ。俺がブルース兄様に頼まれたんだし」

 また途中で放置されても面倒だ。
 やんわり断るが、ユリスは再びバッグを奪ってくる。

「中身はなんだ」
「さぁ? 旅行の荷物だから着替えとかじゃない?」
「開けてみるか」
「え」

 言うなり階段の途中に腰を下ろしたユリスは、いそいそとバッグを漁り始める。せめて二階に上がってからにしろよ。でも綿毛ちゃんも興味津々に『美味しいものある?』とユリスの手元を覗いているので、まぁいいやと俺も腰を下ろした。

 バッグの中は、特に面白いものは入っていなかった。

 使わなかったらしい着替えやよくわからない書類など。実に普通。俺はお出かけの時にはジャンに荷物を用意してもらうけど、ブルース兄様は自分で用意しているらしい。人に任せると必要な時にどこにあるのかわからないから嫌だと言っていた。几帳面な性格だからな。

 散々中身を漁った後に「つまらない」と吐き捨てるユリスは、じっと俺の横顔を見つめてくる。「なに?」と首を傾げれば、ユリスはすぐに顔を背けてしまったけど。

「なに。気になるじゃん。なにか言いたいことでもあるの?」

 えいっとユリスを小突けば、顔を顰められてしまう。

「……ブランシェと絶対になにかあっただろう」

 絞り出すような声に、笑顔を引っ込めた。
 またその話? なにもないって言ってるのに。

 黙り込んだ俺に、ユリスが「僕には言えないことか?」と拗ねてしまう。言えないっていうか。言いたくないっていうか。

『ユリス坊ちゃんは、ルイス坊ちゃんのことが心配なんだよね』

 わかったような顔で口を挟んでくる綿毛ちゃん。「そうなの?」とユリスを見る。ユリスは揉め事が大好きなだけだと思うけど。だが、俺の予想に反して、ユリスは「心配くらいするだろう」と前を向いたまま呟いた。

「いつもうるさいのに。急に静かになったら心配くらいする」
「……そうなの?」

 俺っていつもそんなにうるさいか?
 いや、そんなことより。本当に心配してくれてんの?

 ユリスが俺のフリしてブランシェを振ったから。その後の様子について知りたいだけかと。そう言えば、ユリスが俺の代わりにブランシェを振ったのだって、流されやすい俺を心配してのことだった。

「……ありがとね」

 隣に座るユリスに笑顔を向ければ、「感謝されるようなことはしていない」と照れたような早口が返ってきた。
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