冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

557 どさくさ

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「起きろ! 兄様! もう帰る時間だぞ!」
『だぞ!』

 綿毛ちゃんと一緒に、ブルース兄様を叩き起こす。俺に兄様を起こしてくれないかと頼んできたアロンは、ひとりで笑いを堪えている。

「うるさ」

 ガバリと起き上がったブルース兄様は「朝からうるさい」と文句を言ってくる。起こしてあげたのになんだその態度は。

 ブルース兄様の布団を剥ぎ取って、ベッドに上がる。そのまま兄様をベッドから追い出そうと力を込めて押すが、兄様はしぶとい。

「やめろ、こら」
「起きろ!」
「起きてるだろ」

 額を押さえる兄様は、深く息を吐いてからゆったりとベッドを出る。それと入れ替わりでベッドに上がってくる綿毛ちゃんを抱えて、寝転んだ。

「おまえが寝てどうする」
「ブルース兄様。お酒飲むとなんかダメになるよね」
「うるせぇ」

 放っておけ、と背中を向けるブルース兄様は、身支度を整えるために寝室を出ていった。

 パタンとドアが閉まるのを見届けてから、体を起こしてベッドに腰掛ける。

「朝から機嫌悪いですね」

 そう言って肩をすくめるアロンを見上げた。
 ブルース兄様に続いて寝室を出ようとしている彼に「あっ」と声を上げた。

「なんですか?」

 くるりと振り返ってくれるアロンに、肩を揺らす。いや、俺が呼んだんだけどさ。

「……アロンはさぁ」
「はい」
「うちから出て行くの?」

 え? とちょっぴり困惑した声を発するアロンは、己の首に手をやった。

 そのまま言葉を探すように視線を彷徨わせたアロンは、すごく気まずい顔で俺を窺う。

「もしかして、俺クビですか? ブルース様が言ってました?」
「え。違うけど」

 びっくりして否定すれば、アロンがホッと胸を撫で下ろす。

「びっくりした。ついにブルース様の我慢の限界がきたのかと」
「ブルース兄様に我慢させてる自覚はあるんだ」

 少しだけ、と悪戯っぽく笑うアロン。

「突然どうしたんですか。俺が出て行くわけないでしょ?」
「……うん」

 そうだな。
 そうだよな。

 アロンは我儘な性格だ。それはもうものすごく。ブルース兄様も手を焼いている。伯爵の件もあるけど、そう簡単にアロンがヴィアン家を出て行くとは思えない。伯爵も、アロンと付き合うのか振るのかはっきりしてほしいと言っただけで、アロンに騎士団を辞めさせたいとは言っていなかった。

 ちょっぴり安心した俺は、「よし!」と立ち上がる。綿毛ちゃんもベッドから飛び降りて元気いっぱいだ。

「行こう、アロン」

 アロンの手を取って、寝室を出る。帰宅の準備をしなければいけない。

 自分の部屋に戻れば、ティアンが「どこに行ってたんですか」と半眼で出迎えてくる。俺が部屋にいないから心配させてしまったらしい。ジャンも俺の姿を確認するなり目に見えて安堵していた。ちょっと悪いことをしてしまった。

「ごめん。アロンと散歩してたの」
「そうそう。俺はルイス様と仲がいいんでね」

 ニヤリと笑うアロンに、ティアンが「へー、そうですか」と適当な相槌を打っている。相変わらず先輩に対する態度が雑だな。

 そのままティアンとアロンがバチバチしてしまう。綿毛ちゃんが『喧嘩しないでぇ』と首を突っ込みに行っている。やめろよ。

 毛玉を拾って、ふたりから引き離す。

 ジャンが帰り支度を進めていたので、床に置かれていたバッグのひとつに毛玉をむぎゅっと押し込んだ。

『やめてぇ。助けて、ティアンさん』
「うるさいぞ!」
『横暴だぁ』

 バタバタする綿毛ちゃんと格闘していれば、横からティアンが毛玉を奪い取ってしまう。

「なんでバッグに入れるんですか」
「綿毛ちゃんが入りたいって言った」
『言ってないもん。オレはそんなこと言わないもん』

 そっぽを向く綿毛ちゃんは、ティアンに泣きついている。

「ルイス様」
「どうした、アロン」

 そんな中、俺の肩を叩くアロンは悪い笑みを浮かべていた。

「ブランシェと一悶着あったらしいですね」
「なんで知ってるの?」

 俺の疑問を流したアロンは、「俺も見たかったです」と悔しそうな顔をした。

「俺のことも誘ってくれたらよかったのに」
「ブランシェとはたまたま会ったんだよ」

 そんなアロンを誘うような暇はなかった。
 というか、別に見せるようなものでもなかったぞ。

 アロンとしては、ブランシェが俺の正体を知ったことが楽しくて堪らないらしい。大慌てするブランシェを見たかったと性格悪いことを言う。

 だがそれ以上に、ブランシェが俺を諦めたことを喜んでいるようだった。ブランシェは俺のことが好きだったらしいからな。

「流石にルイス様がヴィアン家のルイス様だって知れば、ブランシェも手を出してこないでしょ」

 ニヤニヤ笑うアロンは「よかったよかった」と満足そうだ。

「ルイス様には俺がいますからね」
「あ、うん」

 爽やかな笑みを向けられて、反射的に頷く。
 すぐにティアンが「ちょっと! どさくさに紛れてなに言ってるんですか!」と割り込んできた。アロンが得意な顔をする。

『これは修羅場だぁ。大変だぁ』

 ひとりテンションを上げる綿毛ちゃんが、忙しそうに床を駆けまわっていた。
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