冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

556 気にしなくていい

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 目が覚めたら、横に灰色もふもふがいた。

「綿毛ちゃんだ。いつ戻ってきたの?」
『んー』

 眠そうにむにゃむにゃしている綿毛ちゃんを引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。

 結局、寝る時間になっても戻ってこなかった綿毛ちゃん。仕方がないので猫と先に寝ていたんだけど。いつの間にか戻ってきていたらしい。

「綿毛ちゃん。いつ戻ってきたの! ねぇ!」
『もう朝ぁ?』

 オレ眠いと目を閉じたまま主張する毛玉を揺さぶっておく。『やめてぇ』とようやく起きた毛玉は、大きな欠伸をする。

「ラッセルはどうなったの?」

 ピクッと耳を動かした綿毛ちゃんは『オーガスくんが頑張って説明してたよぉ』と疲れた顔をする。

 だが、ラッセルはいまいち納得しなかったらしい。多分、オーガス兄様の説明が下手くそだったんだと思う。

『それでぇ。どうしようもないからオレがこの姿になってみせたの』
「ふーん。ラッセルはなんて?」
『意味がわからないって言ってたよぉ』

 へー。
 オーガス兄様も大変だな。

 突然の出来事に、ラッセルはついていけなかったらしい。そのままオーガス兄様と議論を始めたので、こっそり抜け出してきたのだという。

「綿毛ちゃんも大変だな」
『大変だよぉ。ラッセルさんがオレを捨てるべきとか言うからさ』
「捨てられるのか? ばいばい」
『酷いよぉ』

 冗談だ。
 綿毛ちゃんは俺の犬なので、誰にもあげない。

「綿毛ちゃんのことは俺が守ってあげるからな」
『う、うん。ありがと』

 なぜか困ったようにお礼を言う綿毛ちゃんと一緒にベッドを出る。猫も起こして、カーテンを開けた。

「今日はもう帰るって。帰る前にマーティーのこと見に行かないと」
『なんでぇ』
「黙って帰ったらマーティーが悲しむだろ」
『へぇ』

 雑に相槌を打ってくる綿毛ちゃんを床に置いて、さっさと着替えてしまう。普段であればジャンが起こしに来るのだが、まだ来ない。寝坊したんだろうか。

「行くぞ、綿毛ちゃん!」
『どこに?』

 猫はまだ眠そうなので置いて行く。

 勢いよく廊下に出るが、なんか静かだ。
 お構いなしにどんどん進めば、後ろをついてくる綿毛ちゃんが『本当に朝? まだはやいんじゃない?』と首を捻っている。

「そうなの?」

 そういえば、ジャンも起こしに来なかったな。窓の外もちょっと薄暗かった気がする。

 ぴたりと足を止める俺。
 綿毛ちゃんを見下ろして少し考える。

『部屋に戻ろう』
「うーん」

 廊下の真ん中でぼんやり立ち止まって悩んでいると「ルイス様」と聞こえてきた。

「アロン? なにしてるの」

 早足にこちらへ寄ってくるアロンは、首にタオルをかけてラフな格好だった。

「俺はちょっと走ってきたんですけど」

 汗を拭うような仕草をしたアロンは、「起きるのはやいですね」と小首を傾げた。

『アロンさん、意外と真面目だねぇ』

 綿毛ちゃんの感想をまるっと無視して、アロンが「ルイス様はどこに行くつもりなんですか」と不思議そうに問いかけてきた。

「マーティーの部屋」
「まだ寝てると思いますよ」

 そうなの?
 ほらねぇ、と得意そうにくるくるまわる綿毛ちゃんを見下ろして、「うるさいぞ!」と注意しておく。

『ひぇ、こっわ』

 途端に被害者面する毛玉は、ふるふると大袈裟に震えている。

「じゃあアロンの部屋行く」
「え」

 なぜか瞠目するアロンは、無言で綿毛ちゃんを見た。いつも毛玉のことは無視するくせに。

「行くぞ! 綿毛ちゃん!」
『え』

 毛玉を抱えて、アロンの背中を押す。
 躊躇するアロンは珍しい。アロンの部屋といっても、王宮内の客室である。彼の自室というわけではない。

「あ。猫も持ってくる」
「それはいらないです」
「猫が可哀想だろ!」

 小さく笑うアロンは、「外行きません?」と窓の外を指差した。

「散歩でもしましょう」
「いいよ」

 客室見ても面白くないしな。
 アロンの提案にのって外に出れば、綿毛ちゃんが忙しそうに駆けまわる。俺も後を追って走れば、アロンもついてくる。

「ルイス様」
「なに!」

 毛玉を捕まえるのに忙しかった俺は、アロンを振り返ることなく返事をする。

 じっとアロンの視線を感じた気がする。

「俺の親に何か言われました?」

 ぴたりと動きを止めた。綿毛ちゃんが不思議そうに『どしたのぉ』と足元に擦り寄ってくる。

「あ、えっと」

 言葉を探して曖昧に口ごもれば、アロンが肩をすくめた。

「気にしなくていいですよ」

 なんでもないように告げられたひと言。でも、逆に俺の心にずっしり響いた。

 伯爵のにこやかな笑顔が、アロンのそれと重なる。

 立ち尽くす俺を横目に、アロンが空に向かって伸びをした。

「そろそろブルース様を起こしに行かないと。酔いがさめてればいいんですけどね」

 ね? と悪戯っぽい笑顔を向けられて、小さく頷くのが精一杯だった。
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