冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
595 / 637
16歳

閑話23 看病する

しおりを挟む
「ブルース兄様が風邪ひいて寝てるよ!」

 体調が少しよくないと言っていたブルース兄様が、本格的に風邪をひいた。早速ユリスに教えてやれば「それは本当か」と前のめりに食いついてきた。

「ほんと。部屋で寝てるよ」
「僕も見に行く」

 いそいそと立ち上がるユリスに、タイラーが眉を顰める。文句を言われると思ったのだろう。ユリスが俺の手を引いてさっさと部屋を出た。

「待って! 猫持ってくる」

 ユリスを廊下で待たせて、自室にかけ戻る。猫のエリスちゃんを抱っこすれば、綿毛ちゃんも『なになに。どこ行くのぉ』と後を追いかけてくる。

 ユリスと合流してから二階にあがる。短い足で階段を跳ねるようにして上がる綿毛ちゃんを見て笑えば、毛玉がむすっとした。

「ブルース兄様ぁ! 元気!?」

 勢いよくドアを開け放てば、「うるせぇ」という暴言が返ってきた。ひどい。

 ソファーで横になるブルース兄様は、なぜか書類を手にしていた。

「なにしてるの?」
「仕事」
「なんで?」

 具合が悪い時に仕事なんてするなよ。
 ベッドで寝れば? と提案するが、兄様は「これだけは急ぎなんだよ」と譲らない。

「アロンに任せようと思ったんだが、あの野郎。朝から俺の調子が悪いと知って逃げやがった」
「アロンめ」

 まぁクソ野郎に看病なんてできないだろうし。はじめから期待していない。

 ブルース兄様の手から書類をひったくれば、兄様が「おい」と苦い声を出した。

「兄様は寝てていいよ! 仕事は俺がやっておくから!」
「無理だろ」

 即座に否定するブルース兄様は、俺の手から書類を奪い返そうとしてくる。それを頑張って避けて、ユリスを振り返った。

「ユリスとやるから大丈夫!」
「僕はやらないぞ」
「裏切りユリス!」

 仕方がないのでひとりで書類に目を通すが、意味不明である。

「……俺には無理かも」

 へにゃっと眉尻を下げれば、ブルース兄様が「だろうな」と酷いことを言う。直後、咳き込む兄様に、なぜかユリスがニヤリと口角を上げた。綿毛ちゃんが『ブルースくん、大丈夫? いつ頃元気になる? 明日? 明後日?』とうざい絡みをしている。

「うるさいから全員出て行ってくれないか」

 ブルース兄様の言葉に、ユリスがすかさず「嫌だ。僕はここにいる」と妙な主張を始める。しまいには「僕が看病してやる」と偉そうに腕を組んだ。

「ユリスは看病なんてできないだろ」
「ふざけるな。ルイスよりはマシだろ」
「はぁ!?」

 俺に謝れ! と指を突きつければ、ブルース兄様が「うるせぇ」と額を押さえた。

 ハッとした俺は、「静かにして!」とみんなに注意をしておく。「ルイスが一番うるさいだろ」と責任転嫁してくるユリスは放っておいて、ブルース兄様を寝室へ連れて行く。

「寝てていいよ。仕事はえっと。アロンにやれって言っておくから」
「本当に任せて大丈夫か?」
「大丈夫!」

 アロンに書類を渡せばいいんだろ? それくらいなら綿毛ちゃんでもできる。

 急いで猫をブルース兄様のベッドに押し込めば、「おいおい。待てこら」とブルース兄様が反発してくる。なんだ。なにがダメなんだ。

「やめろ。猫を入れるな」
「なんで? 犬がいいの? でも綿毛ちゃんはうるさいよ」
『うるさくないもん』
「犬もいらない」

 なんだと。まさかひとりで寝るつもりか。
 困惑していれば、ニヤニヤ顔で寄ってきたユリスが、綿毛ちゃんをベッドの中に埋めはじめた。『やめてぇ』と毛玉が騒いでいる。

「ユリス!」

 大声で怒鳴ったブルース兄様であるが、直後に頭を押さえた。頭痛がするらしい。早く寝るべきだ。

「頼むからひとりにしてくれないか?」

 苦々しく発せられたお願いに、俺はユリスと顔を見合わせる。

「どうする?」
「僕は残る。おまえは仕事をどうにかしろ」
「でもブルース兄様はひとりがいいって」
「なぜブルースの意見を尊重しなければならない。そんなのは無視すればいい」
「なるほどね」

 うんうん頷く俺に、ブルース兄様が「納得してどうする」と頭を抱えた。

「じゃあ兄様が寝るまでは一緒にいてあげる!」
「勘弁してくれ」

 どういう意味だよ。
 ベッドに横たわった兄様は、布団を頭からかぶって「もう寝たからこれでいいだろ」と言い出す。なにもよくない。起きてるじゃん。

 ユリスと並んで、じっとブルース兄様を見つめる。ついでに綿毛ちゃんとエリスちゃんも枕元に座って兄様を見ている。

 目を閉じてじっとしていたブルース兄様であるが、やがて頬を引き攣らせて「あぁ! なんだもう!」と突然大声で体を起こした。直後に「痛っ」と頭を押さえる兄様に、ユリスが笑っている。

「なんだ。なんで全員で見つめてくる。やめろ本当に」
「兄様が寝るまで見てる」
「寝られるか!」

 はやくどっか行ってくれと悲痛な声を出すブルース兄様に、「え?」と首を傾げる。

「看病してあげてるのに」
「むしろ悪化する」
「ひどい」

 しゅんと肩を落とせば、ユリスが「弟を邪険にするなんてどういうつもりだ」とブルース兄様に詰め寄る。

「風邪が移ったらどうする」

 出て行けと言う兄様に、「うん」と渋々頷く。

「ブルース兄様のこと心配だけど。兄様が可愛い弟に風邪移したくないって思う気持ちもわかるよ」
『ルイス坊ちゃんってすごく前向きだよねぇ』

 渋るユリスの手を引いて、兄様の部屋を出る。

「ばいばい兄様! またあとで来るね!」
「もう来るなって言ってるだろ」

 なんか疲れているらしい兄様。寝たら元気になるだろう。とりあえず、この書類をアロンに渡さなければならない。

「行くぞ、ユリス!」
「僕は行かない」
「裏切りユリス!」

 仕方がないので、綿毛ちゃんと行こう。
 行くぞと毛玉を振り返って、「あ」と声をあげる。

「エリスちゃん置いてきちゃった」
「放っておけよ」

 でもエリスちゃんは気の強い猫だからな。
 ブルース兄様がゆっくり眠れないかもしれない。

「ちょっと迎えに行ってくるね!」

 引き返す俺に、ユリスが「だったら僕も行く」とついてくる。

「ブルース兄様! もう寝たぁ!?」

 寝室に突入すれば、愕然とした表情のブルース兄様が諦めたように目を閉じた。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...