冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
593 / 637
16歳

551 仕方がないなぁ(side綿毛)

しおりを挟む
『あー、オレもパーティー行きたいなぁ。美味しいもの食べたいなぁ』
「俺は屋敷で留守番していたかった。なんで団長と別行動なんだよ!」
『……』

 突然大声を出すニックさんに、オレは思わず口を閉じる。一緒の部屋にいたジャンさんもびっくりしたように、ニックさんから距離を取っている。

 ここは王宮内にある客室。オーガスくんに割り当てられた部屋である。今頃パーティーで美味しいもの食べているであろう坊ちゃんとは違って、オレたちは部屋で留守番しているのだ。

 暇すぎてオーガスくんの部屋に集まったけど、特に面白いことはない。とことこ室内を散歩するオレの背後から、猫のエリスちゃんが一定の距離を空けてついてくる。

 ひぇ。なんで追いかけてくるんだろうか。
 なんか怖い。獲物を狙うような目付きの鋭さである。オレ、獲物だと思われてる?

 急いでジャンさんの背後に隠れてみる。それでも追いかけてくる猫ちゃんは、確実にオレのことを狙っていた。今にも飛びかかってきそうな雰囲気である。

『助けてぇ! 猫ちゃんに襲われる』

 え? と首を捻るジャンさんは、オレを抱っこしてくれる。これでひと安心。床を見下ろせば、猫ちゃんがじっとオレを凝視している。こっわぁ。

 ひとりでぶつぶつ喋っているニックさんも怖い。
 どうしてセドリックさんと別行動なのかと今更文句を言っている。オレたちに言われてもねぇ。せめて出発前に言ってくれないと。

 ティアンさんとアロンさんはパーティーに行ってしまった。ふたりとも貴族なので招待されたらしい。ティアンさんはきっとルイス坊ちゃんの側にいるんだろうな。アロンさんはよくわかんないけど、ふらふらしてそう。

 用意された食事を済ませて、ニックさんは苛立ったように部屋をうろうろし始める。「俺がいない間に、団長になにかあったらどうするんだよ」と、よくわからない心配をしている。なにもないと思うけど?

 というかここ、オーガスくんのために用意された部屋だよね? なんか我が物顔で占領しているけど大丈夫なの?

 まぁ、相手はオーガスくんだからいいや。怒ったりしないだろう。

 そうして無意味に部屋でうだうだしていたところ、突然アロンさんが乗り込んできた。

 パーティーもそろそろお開きという頃合だろう。

 なんか綺麗な格好をしたアロンさんは、そのきちっとした服装とは裏腹にポケットに手を突っ込んで怠そうな顔をしていた。

「ブルース様が酔い潰れてる」
「またかよ」

 嫌そうな顔をするニックさんに、オレも同意する。ブルースくんはねぇ。普段は真面目なんだけど酒癖がちょっとねぇ。

「飲ませるなよ。誰だよ、飲ませたの」
「取り巻き連中」

 あっさり答えたアロンさんに、ニックさんが「あのひと、取り巻きとかいるの?」と意外そうな顔をした。

「いるよ。なんか王立騎士団の連中が」

 あぁ、と短く呻いたニックさんは「で?」とアロンさんを見据える。

「ブルース様が酔い潰れてるから、それで?」

 いつものことだろと吐き捨てるニックさんに、アロンさんが大袈裟に肩をすくめた。

「回収してきて」
「アロンが行けばいいだろ」
「は? それが嫌だからこうやって頼みにきたんだろ」

 はやく行けとニックさんの背中を押すアロンさんは、他人事みたいな顔をしている。

 ブルースくん、可哀想に。
 途端に始まったブルースくんの押し付け合いに、オレは慌てて『喧嘩しないでぇ』と割り込んでおく。喧嘩は良くない。みんな仲良くしないと。ジャンさんがオレを抱えたままオロオロしている。

「うるせぇよ。どうせ暇だろ。俺は君と違って忙しいんだよ」
「あ、おい!」

 そのうちアロンさんがニックさんを押しのけて逃走した。残されたニックさんは、呆然としている。

「……その猫、部屋に戻してきて」
「え。はい」

 アロンさんに負けた腹いせだろうか。部屋を元気に駆けまわる猫ちゃんを指差してジャンさんに指示する彼は、ちょっぴり不機嫌だった。

 でもニックさんの意見には賛成。だって猫ちゃん、オレを獲物だと思ってる。鋭い目で見据えられてこっちはビクビクしているのだ。

 ルイス坊ちゃんの部屋へ猫ちゃんを連れて行くジャンさん。それを見送って、ニックさんが苛立たし気に頭を掻いた。

「アロンのやつ。なんだよ、クソが」

 億劫な足取りでふらふら出て行ったニックさんであったが、すぐに戻ってきた。

『あれ? ブルースくんは?』

 まだジャンさんも戻ってきていない。
 もしやブルースくんの居場所がわからなかったのだろうか。心配になって駆け寄れば、ニックさんが真剣な面持ちでオレを見下ろした。

「俺ひとりじゃ運べない」
『……え?』

 あ、ブルースくんを? へぇ。
 そりゃ大変だと同情すれば、ニックさんが周囲を窺って「どうしよう」と小さく呟いた。どうやらジャンさんを探しているらしい。君が追い出したんでしょ。

『誰かに手伝ってもらいなよ』

 ブルースくん、どうやら本格的に酔って動けないらしい。普段は慎重なのに。酔うと性格が激変するのはブルースくんの悪いところだ。

 でもここは王宮。人手なんて少し探せば見つかりそうなもの。だが、ニックさんは動かない。情けない顔で「知らない奴に話かけるのはちょっと」と、意味不明なことを言い始める。

『もしかして人見知りするタイプぅ?』

 冗談でへらへらと尋ねれば、ニックさんが真顔で頷いた。え、そうなの?

 思い返せば、ニックさんはいつも同じ人とばかり一緒にいる。昼間はセドリックさんを追いかけているし、夜や休日はアロンさんとレナルドさんが一緒だ。

 確かに。ニックさんが知らない人と気さくに会話する場面というのはあまり見ない。

 へー、人見知りなんだ。
 でもなんで今それを発揮するの?

 ちょっと困って固まれば、ニックさんが「手伝ってよ」と予想外のことを言い出した。

『え。オレが?』

 しっかり頷いたニックさんは「人間になれるだろ」と詰め寄ってくる。

 なれるけど。あんまりなりたくはない。
 えーと渋るがニックさんも諦めない。ジャンさんも戻ってこない。

 しまいにはオレを持ち上げて「頼むよ」と眉尻を下げる。そんな情けない顔をされると、なんかこっちが悪いことをしている気分になる。ニックさんはオレよりずっと年下。オレ、長生きだからね。

『仕方がないなぁ。今回だけだよ』
「ありがと!」

 ぱっと表情を明るくするニックさんに、オレはこっそりため息を吐いた。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...