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16歳
551 仕方がないなぁ(side綿毛)
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『あー、オレもパーティー行きたいなぁ。美味しいもの食べたいなぁ』
「俺は屋敷で留守番していたかった。なんで団長と別行動なんだよ!」
『……』
突然大声を出すニックさんに、オレは思わず口を閉じる。一緒の部屋にいたジャンさんもびっくりしたように、ニックさんから距離を取っている。
ここは王宮内にある客室。オーガスくんに割り当てられた部屋である。今頃パーティーで美味しいもの食べているであろう坊ちゃんとは違って、オレたちは部屋で留守番しているのだ。
暇すぎてオーガスくんの部屋に集まったけど、特に面白いことはない。とことこ室内を散歩するオレの背後から、猫のエリスちゃんが一定の距離を空けてついてくる。
ひぇ。なんで追いかけてくるんだろうか。
なんか怖い。獲物を狙うような目付きの鋭さである。オレ、獲物だと思われてる?
急いでジャンさんの背後に隠れてみる。それでも追いかけてくる猫ちゃんは、確実にオレのことを狙っていた。今にも飛びかかってきそうな雰囲気である。
『助けてぇ! 猫ちゃんに襲われる』
え? と首を捻るジャンさんは、オレを抱っこしてくれる。これでひと安心。床を見下ろせば、猫ちゃんがじっとオレを凝視している。こっわぁ。
ひとりでぶつぶつ喋っているニックさんも怖い。
どうしてセドリックさんと別行動なのかと今更文句を言っている。オレたちに言われてもねぇ。せめて出発前に言ってくれないと。
ティアンさんとアロンさんはパーティーに行ってしまった。ふたりとも貴族なので招待されたらしい。ティアンさんはきっとルイス坊ちゃんの側にいるんだろうな。アロンさんはよくわかんないけど、ふらふらしてそう。
用意された食事を済ませて、ニックさんは苛立ったように部屋をうろうろし始める。「俺がいない間に、団長になにかあったらどうするんだよ」と、よくわからない心配をしている。なにもないと思うけど?
というかここ、オーガスくんのために用意された部屋だよね? なんか我が物顔で占領しているけど大丈夫なの?
まぁ、相手はオーガスくんだからいいや。怒ったりしないだろう。
そうして無意味に部屋でうだうだしていたところ、突然アロンさんが乗り込んできた。
パーティーもそろそろお開きという頃合だろう。
なんか綺麗な格好をしたアロンさんは、そのきちっとした服装とは裏腹にポケットに手を突っ込んで怠そうな顔をしていた。
「ブルース様が酔い潰れてる」
「またかよ」
嫌そうな顔をするニックさんに、オレも同意する。ブルースくんはねぇ。普段は真面目なんだけど酒癖がちょっとねぇ。
「飲ませるなよ。誰だよ、飲ませたの」
「取り巻き連中」
あっさり答えたアロンさんに、ニックさんが「あのひと、取り巻きとかいるの?」と意外そうな顔をした。
「いるよ。なんか王立騎士団の連中が」
あぁ、と短く呻いたニックさんは「で?」とアロンさんを見据える。
「ブルース様が酔い潰れてるから、それで?」
いつものことだろと吐き捨てるニックさんに、アロンさんが大袈裟に肩をすくめた。
「回収してきて」
「アロンが行けばいいだろ」
「は? それが嫌だからこうやって頼みにきたんだろ」
はやく行けとニックさんの背中を押すアロンさんは、他人事みたいな顔をしている。
ブルースくん、可哀想に。
途端に始まったブルースくんの押し付け合いに、オレは慌てて『喧嘩しないでぇ』と割り込んでおく。喧嘩は良くない。みんな仲良くしないと。ジャンさんがオレを抱えたままオロオロしている。
「うるせぇよ。どうせ暇だろ。俺は君と違って忙しいんだよ」
「あ、おい!」
そのうちアロンさんがニックさんを押しのけて逃走した。残されたニックさんは、呆然としている。
「……その猫、部屋に戻してきて」
「え。はい」
アロンさんに負けた腹いせだろうか。部屋を元気に駆けまわる猫ちゃんを指差してジャンさんに指示する彼は、ちょっぴり不機嫌だった。
でもニックさんの意見には賛成。だって猫ちゃん、オレを獲物だと思ってる。鋭い目で見据えられてこっちはビクビクしているのだ。
ルイス坊ちゃんの部屋へ猫ちゃんを連れて行くジャンさん。それを見送って、ニックさんが苛立たし気に頭を掻いた。
「アロンのやつ。なんだよ、クソが」
億劫な足取りでふらふら出て行ったニックさんであったが、すぐに戻ってきた。
『あれ? ブルースくんは?』
まだジャンさんも戻ってきていない。
もしやブルースくんの居場所がわからなかったのだろうか。心配になって駆け寄れば、ニックさんが真剣な面持ちでオレを見下ろした。
「俺ひとりじゃ運べない」
『……え?』
あ、ブルースくんを? へぇ。
そりゃ大変だと同情すれば、ニックさんが周囲を窺って「どうしよう」と小さく呟いた。どうやらジャンさんを探しているらしい。君が追い出したんでしょ。
『誰かに手伝ってもらいなよ』
ブルースくん、どうやら本格的に酔って動けないらしい。普段は慎重なのに。酔うと性格が激変するのはブルースくんの悪いところだ。
でもここは王宮。人手なんて少し探せば見つかりそうなもの。だが、ニックさんは動かない。情けない顔で「知らない奴に話かけるのはちょっと」と、意味不明なことを言い始める。
『もしかして人見知りするタイプぅ?』
冗談でへらへらと尋ねれば、ニックさんが真顔で頷いた。え、そうなの?
思い返せば、ニックさんはいつも同じ人とばかり一緒にいる。昼間はセドリックさんを追いかけているし、夜や休日はアロンさんとレナルドさんが一緒だ。
確かに。ニックさんが知らない人と気さくに会話する場面というのはあまり見ない。
へー、人見知りなんだ。
でもなんで今それを発揮するの?
ちょっと困って固まれば、ニックさんが「手伝ってよ」と予想外のことを言い出した。
『え。オレが?』
しっかり頷いたニックさんは「人間になれるだろ」と詰め寄ってくる。
なれるけど。あんまりなりたくはない。
えーと渋るがニックさんも諦めない。ジャンさんも戻ってこない。
しまいにはオレを持ち上げて「頼むよ」と眉尻を下げる。そんな情けない顔をされると、なんかこっちが悪いことをしている気分になる。ニックさんはオレよりずっと年下。オレ、長生きだからね。
『仕方がないなぁ。今回だけだよ』
「ありがと!」
ぱっと表情を明るくするニックさんに、オレはこっそりため息を吐いた。
「俺は屋敷で留守番していたかった。なんで団長と別行動なんだよ!」
『……』
突然大声を出すニックさんに、オレは思わず口を閉じる。一緒の部屋にいたジャンさんもびっくりしたように、ニックさんから距離を取っている。
ここは王宮内にある客室。オーガスくんに割り当てられた部屋である。今頃パーティーで美味しいもの食べているであろう坊ちゃんとは違って、オレたちは部屋で留守番しているのだ。
暇すぎてオーガスくんの部屋に集まったけど、特に面白いことはない。とことこ室内を散歩するオレの背後から、猫のエリスちゃんが一定の距離を空けてついてくる。
ひぇ。なんで追いかけてくるんだろうか。
なんか怖い。獲物を狙うような目付きの鋭さである。オレ、獲物だと思われてる?
急いでジャンさんの背後に隠れてみる。それでも追いかけてくる猫ちゃんは、確実にオレのことを狙っていた。今にも飛びかかってきそうな雰囲気である。
『助けてぇ! 猫ちゃんに襲われる』
え? と首を捻るジャンさんは、オレを抱っこしてくれる。これでひと安心。床を見下ろせば、猫ちゃんがじっとオレを凝視している。こっわぁ。
ひとりでぶつぶつ喋っているニックさんも怖い。
どうしてセドリックさんと別行動なのかと今更文句を言っている。オレたちに言われてもねぇ。せめて出発前に言ってくれないと。
ティアンさんとアロンさんはパーティーに行ってしまった。ふたりとも貴族なので招待されたらしい。ティアンさんはきっとルイス坊ちゃんの側にいるんだろうな。アロンさんはよくわかんないけど、ふらふらしてそう。
用意された食事を済ませて、ニックさんは苛立ったように部屋をうろうろし始める。「俺がいない間に、団長になにかあったらどうするんだよ」と、よくわからない心配をしている。なにもないと思うけど?
というかここ、オーガスくんのために用意された部屋だよね? なんか我が物顔で占領しているけど大丈夫なの?
まぁ、相手はオーガスくんだからいいや。怒ったりしないだろう。
そうして無意味に部屋でうだうだしていたところ、突然アロンさんが乗り込んできた。
パーティーもそろそろお開きという頃合だろう。
なんか綺麗な格好をしたアロンさんは、そのきちっとした服装とは裏腹にポケットに手を突っ込んで怠そうな顔をしていた。
「ブルース様が酔い潰れてる」
「またかよ」
嫌そうな顔をするニックさんに、オレも同意する。ブルースくんはねぇ。普段は真面目なんだけど酒癖がちょっとねぇ。
「飲ませるなよ。誰だよ、飲ませたの」
「取り巻き連中」
あっさり答えたアロンさんに、ニックさんが「あのひと、取り巻きとかいるの?」と意外そうな顔をした。
「いるよ。なんか王立騎士団の連中が」
あぁ、と短く呻いたニックさんは「で?」とアロンさんを見据える。
「ブルース様が酔い潰れてるから、それで?」
いつものことだろと吐き捨てるニックさんに、アロンさんが大袈裟に肩をすくめた。
「回収してきて」
「アロンが行けばいいだろ」
「は? それが嫌だからこうやって頼みにきたんだろ」
はやく行けとニックさんの背中を押すアロンさんは、他人事みたいな顔をしている。
ブルースくん、可哀想に。
途端に始まったブルースくんの押し付け合いに、オレは慌てて『喧嘩しないでぇ』と割り込んでおく。喧嘩は良くない。みんな仲良くしないと。ジャンさんがオレを抱えたままオロオロしている。
「うるせぇよ。どうせ暇だろ。俺は君と違って忙しいんだよ」
「あ、おい!」
そのうちアロンさんがニックさんを押しのけて逃走した。残されたニックさんは、呆然としている。
「……その猫、部屋に戻してきて」
「え。はい」
アロンさんに負けた腹いせだろうか。部屋を元気に駆けまわる猫ちゃんを指差してジャンさんに指示する彼は、ちょっぴり不機嫌だった。
でもニックさんの意見には賛成。だって猫ちゃん、オレを獲物だと思ってる。鋭い目で見据えられてこっちはビクビクしているのだ。
ルイス坊ちゃんの部屋へ猫ちゃんを連れて行くジャンさん。それを見送って、ニックさんが苛立たし気に頭を掻いた。
「アロンのやつ。なんだよ、クソが」
億劫な足取りでふらふら出て行ったニックさんであったが、すぐに戻ってきた。
『あれ? ブルースくんは?』
まだジャンさんも戻ってきていない。
もしやブルースくんの居場所がわからなかったのだろうか。心配になって駆け寄れば、ニックさんが真剣な面持ちでオレを見下ろした。
「俺ひとりじゃ運べない」
『……え?』
あ、ブルースくんを? へぇ。
そりゃ大変だと同情すれば、ニックさんが周囲を窺って「どうしよう」と小さく呟いた。どうやらジャンさんを探しているらしい。君が追い出したんでしょ。
『誰かに手伝ってもらいなよ』
ブルースくん、どうやら本格的に酔って動けないらしい。普段は慎重なのに。酔うと性格が激変するのはブルースくんの悪いところだ。
でもここは王宮。人手なんて少し探せば見つかりそうなもの。だが、ニックさんは動かない。情けない顔で「知らない奴に話かけるのはちょっと」と、意味不明なことを言い始める。
『もしかして人見知りするタイプぅ?』
冗談でへらへらと尋ねれば、ニックさんが真顔で頷いた。え、そうなの?
思い返せば、ニックさんはいつも同じ人とばかり一緒にいる。昼間はセドリックさんを追いかけているし、夜や休日はアロンさんとレナルドさんが一緒だ。
確かに。ニックさんが知らない人と気さくに会話する場面というのはあまり見ない。
へー、人見知りなんだ。
でもなんで今それを発揮するの?
ちょっと困って固まれば、ニックさんが「手伝ってよ」と予想外のことを言い出した。
『え。オレが?』
しっかり頷いたニックさんは「人間になれるだろ」と詰め寄ってくる。
なれるけど。あんまりなりたくはない。
えーと渋るがニックさんも諦めない。ジャンさんも戻ってこない。
しまいにはオレを持ち上げて「頼むよ」と眉尻を下げる。そんな情けない顔をされると、なんかこっちが悪いことをしている気分になる。ニックさんはオレよりずっと年下。オレ、長生きだからね。
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