冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

550 余計なこと

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「オーガス兄様はいつもこんな感じだよ。ブルース兄様がよくキレてる。でもブルース兄様はオーガス兄様のことを敬うのが好きだから、直接文句は言わないけどね」
「はぁ」

 俺の説明を聞き流したマーティーは、背後でティアンに支えられているオーガス兄様をちらっと見た。兄様は多分起きてると思う。酔ってはいるけど。

「でね。ブルース兄様がよく俺に、オーガス兄様をどうにかしてくれって愚痴ってくるんだけど。俺は優しいからね。オーガス兄様にブルース兄様が困ってるよって教えてあげるんだ」
「へー」

 とりあえずオーガス兄様を部屋に運ばなければならない。ガブリエルも手伝ってくれている。エリックはもう寝ると言ってついてきてくれなかった。

 いそいそとついてくるマーティーは謎である。
 お子様は早く寝ろよ。ついてこなくていいよと言ったのだが、ガブリエルに意味深な視線を送ったマーティーは「客人の世話も僕の仕事だからな」と偉そうに腰に手を当てていた。マーティーはなにもしてないだろうが。

「でもそうするとユリスがやってきて、オーガス兄様のこといじめるんだ」
「あいつはそんなことしてるのか」
「うん」

 ユリスは、オーガス兄様が誰かに怒られているとどこからか姿を現す。タイラーが「やめなさい」と何度も注意しているのだが、ユリスはやめない。人が怒られているのは好きだけど、自分が怒られると途端に不機嫌になるのだ。

 オーガス兄様に割り当てられた客室へと向かう途中。なんとなく兄弟の話をしていたのだが、やっぱり俺の頭には先程の伯爵との会話がチラついていた。

 アロンがこの場にいなくてよかったと思ってしまう。アロンとどういう顔で会えばいいのか、ちょっと困ってしまう。別に普通の顔でいいと思うけどさ。アロンは伯爵の苦労を知っているのだろうか。まぁ、アロンだしな。知っていたとしても他人事のように考えていそうではある。

「……マーティーは、好きな人とかいる?」

 お子様マーティーではあるが、一応俺と同じ十六歳である。気になって尋ねれば、マーティーがわかりやすく咳き込んだ。

「突然なんだ! 妙なことを訊くな!」
「別に妙でもないだろ」

 なにをそんなに慌てているのか。
 じとっと半眼で見つめれば、マーティーがさっと視線を外す。なんだその妙な反応は。

 だが、マーティーの視線がガブリエルに注がれていることを察した俺は、ひとつの可能性に思い至った。

 ティアンとガブリエルは、オーガス兄様を支えるのに忙しくてはやく歩けない。マーティーの手を取って、前方に駆け出す。「あ、ちょっと」とティアンが文句を言うが気にしない。そうしてティアンたちから距離をとった俺は、マーティーにこそっと耳打ちした。

「もしかして、ガブリエルのことが好きなのか?」
「おまえはなにを言い出すんだ」

 そんなわけないだろと真顔で否定するマーティーに、すんと俺のテンションが冷める。なんだ違うのか。つまんな。

 我ながら名推理だと思ったのに。
 だってマーティーはガブリエルの前だと途端に格好つけるのだ。好きな子の前で格好つけたいタイプなのかと思った。

「じゃあガブリエルの前だと格好つけるのは何?」

 なんだなんだとマーティーの横腹を肘で小突けば、「やめろよ」と逃げられてしまった。

「従者の前でみっともない姿を見せるわけにはいかないだろ。主人としての威厳というものがあるからな」
「そうなの?」

 俺は割とジャンにみっともない姿を見せている気がする。でも別に気にしないし、ジャンも気にしてないと思う。

 でもマーティーは気にするらしい。変なの。

「マーティーに威厳はないけどね」
「あるだろう! おまえは何を見ている」

 ビシッと指差してくるマーティーは、相変わらずお子様である。なんだろう。雰囲気かな。十六歳になって身長も伸びたマーティーであるが、いまいち威厳はない。

 エリックは堂々とした態度が様になっているのに。マーティーは、すごく無理して偉そうに振る舞っている感じがする。

 微笑ましくていいと思う。

 ふふっと笑えば、目敏いマーティーが「笑うな!」と無茶を言う。

「俺の部屋にも来る? 綿毛ちゃん触っていいよ」

 朝も触らせてあげたけど、マーティーは「あぁ、行く」と即答してくる。

 綿毛ちゃんはおとなしくしているだろうか。騒がしい毛玉なので、余計なことをしていないか心配である。こっそり部屋を抜け出して、お菓子をつまみ食いしていたらどうしよう。あの食いしん坊ならやりかねない。

 さっさとオーガス兄様を部屋に運んで、綿毛ちゃんを見に行かないと。足早に兄様の部屋へと向かった俺は、ティアンたちが追いつくのを待ってからドアを開け放った。

 その時である。

「あぁもう! それでいいよ! どうせオレは首輪つけて庭を散歩するようなド変態ですよ!」

 やけになったような綿毛ちゃんの怒鳴り声が聞こえてきて、ぴたりと動きを止めた。いつの間にか人間姿になっている綿毛ちゃんは、なぜかニックとラッセルに囲まれていた。よく見れば、ソファーで横になるブルース兄様もいる。「うるせぇ」と低い声を出すブルース兄様は、頭を押さえて目を閉じている。

 しんと静まり返る空間にて。

 突然のド変態宣言にマーティーがビビっている。素早く俺の背中に隠れるマーティーは、おずおずと綿毛ちゃんを確認している。

 とりあえず人間姿の綿毛ちゃんを睨みつけておく。小さく肩をすくめる毛玉は、なぜかラッセルのことを恨めしそうな目で見ている。なんでラッセルはここにいるんだ。

 わる毛玉め。ちょっと目を離すとすぐ余計なことをする。
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