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16歳
閑話22 かぜ?
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「ルイス。いいことを教えてやる」
「いいこと?」
ユリスの上から目線はいつものことである。
部屋でのんびり猫のブラッシングをしていた時であった。唐突に部屋へと押しかけてきたユリスが、何やら悪そうな顔で手招きした。
猫を解放して、代わりに綿毛ちゃんを拾っておく。いそいそとユリスに近寄れば、綿毛ちゃんも『いいことってなに? 美味しい物の話?』と興味津々に身を乗り出す。
綿毛ちゃんは食いしん坊だな。
綿毛ちゃんの問いかけを無視したユリスは、腕を組んで偉そうな態度だ。
「ブルースが風邪をひいたらしい」
「え!」
なにその情報。
口元を押さえる俺は、「大丈夫なの?」とジャンを振り返る。しかし、ジャンも初耳だったらしい。きょとんとした顔だ。ティアンは騎士団の訓練で不在のため、ユリスの話が真実かどうか確認できる人物が誰もいない。
「それ本当?」
なんとなく尋ねてみれば、ユリスが「なんで僕が嘘を吐かないといけない」とちょっぴり不機嫌そうにポケットに手を突っ込んだ。
まぁ、そうだな。
じゃあブルース兄様は本当に風邪をひいたのか。あの脳筋が。
ぼんやり考えていれば、ユリスがドアを示した。
「見に行くぞ」
「お見舞い?」
首を傾げれば、ユリスは「はぁ?」と怪訝な声を出す。
「なんで僕があいつの見舞いなんて。揶揄いに行くに決まっているだろう」
「やめてやれよ」
だが、ちょっと面白そう。
あと普通にブルース兄様のことが心配でもある。「行こう」と頷けば、ユリスがニヤッと笑った。
風邪ひいたブルース兄様は、自室にこもっているという。早速兄様の部屋をノックするユリス。俺は綿毛ちゃんを抱えてその様子を背後から見守る。ジャンは置いてきた。猫のブラッシングの続きを任せておいた。
どんどんと遠慮なくドアを叩いたユリスは、返事も待たずに開け放った。
「なんの用だ」
入るなり、執務机に座ったブルース兄様がこちらを睨み付けてくる。え? 普段に元気じゃん。
面食らう俺。しかしユリスは動じない。
偉そうに腕を組んだ彼は、ブルース兄様を見据えると「何をしている」と問いかけた。
「仕事だが」
簡潔な答えに、ユリスが俺を振り返った。
仕方がないので、「風邪ひいたって聞いたけど」と告げておく。
「たいしたことじゃない」
素っ気なく答えるブルース兄様は、否定はしない。
「寝てなくていいの?」
「だからたいしたことじゃない」
書類に目を落としたままのブルース兄様は、「用がないなら帰れ」と冷たく言い放つ。
「ブルース兄様の様子を見にきてあげたの」
「そうか。心配かけて悪かったな」
心配というか。ユリスは完全に面白がって見学に来ただけだ。俺もなんだけどさ。
でも正直に言うと怒られそうなので黙っておく。
意外にも元気なブルース兄様に、ユリスが舌打ちした。やめろ、馬鹿。
案の定、ブルース兄様が「あ?」と物騒な声を出した。しかし、直後ゴホゴホと咳き込む兄様は、「もう帰れ」と俺たちを追い出そうとしてくる。
「アロンは?」
「どこかへ消えた」
あのクソ野郎のことである。風邪をうつされるのが嫌で、早々に逃げたのだろう。アロンはそういうことをする。
「ほら部屋に戻ってろ」
俺たちの背中を押す兄様に、ユリスと顔を見合わせた。
「俺が看病してあげる」
ね? とユリスに同意を求めれば、「嫌だ」という予想外の答えが返ってくる。なんて奴だ。
いいもんね。俺ひとりでやるもんね。
気合いを入れて、綿毛ちゃんを兄様に渡す。は? と変な顔をしたブルース兄様は、突然の綿毛ちゃんに困惑している。『どうもぉ。ブルースくん元気?』とヘラヘラ笑う毛玉は俺たちの話を聞いていなかったのだろうか。兄様は風邪ひいてるんだぞ。元気なわけがあるか。
「綿毛ちゃん持ってれば元気になれるよ!」
『オレにそんな力はないよぉ?』
首を傾げる綿毛ちゃんは、『ねぇ?』とブルース兄様を見上げる。
「……」
『なんでおろすのぉ?』
無言で綿毛ちゃんを床に置いたブルース兄様は、「ほら。さっさと部屋に戻れ」と俺たちを追い出そうとしてくる。
看病してあげるって言ってるのに。なんでそんなこと言うんだ。
だが、ブルース兄様が寝込んでいないと知ったユリスは面白くなさそうな顔で肩をすくめる。
早々に帰ろうとしているユリスの腕を慌てて掴んだ。
「ブルース兄様が可哀想だろ!」
「どこが」
吐き捨てるユリスは「本格的に寝込んだら教えろ。見にくるから」と酷いセリフと共に去っていった。それを呆れた目で眺めていたブルース兄様は、俺に視線を向けてくる。
「おまえも部屋に戻れ。あとアロンを呼んできてくれないか」
「綿毛ちゃん! 行ってこい!」
毛玉に指示を出せば、『無理ぃ』という気弱な発言が返ってきた。
『オレ、アロンさんに嫌われてるもん。行っても無視されるよ』
「たしかに」
アロンはおとなげないので、よく犬と猫の事を無視している。綿毛ちゃんが声をかけても、知らないふりをするだろう。
仕方がないので、俺が呼びに行こう。
「兄様! ひとりで待てる?」
「はいはい。待てるからはやく部屋に戻れ」
俺の背中をぐいぐい押してくるブルース兄様は、雑な返事をしてくる。
兄様は割と元気にみえるので、大丈夫だろう。
はやいところアロンを呼んできてあげないと。仕事一筋の兄様が無理をしてもいけないからな。
「いいこと?」
ユリスの上から目線はいつものことである。
部屋でのんびり猫のブラッシングをしていた時であった。唐突に部屋へと押しかけてきたユリスが、何やら悪そうな顔で手招きした。
猫を解放して、代わりに綿毛ちゃんを拾っておく。いそいそとユリスに近寄れば、綿毛ちゃんも『いいことってなに? 美味しい物の話?』と興味津々に身を乗り出す。
綿毛ちゃんは食いしん坊だな。
綿毛ちゃんの問いかけを無視したユリスは、腕を組んで偉そうな態度だ。
「ブルースが風邪をひいたらしい」
「え!」
なにその情報。
口元を押さえる俺は、「大丈夫なの?」とジャンを振り返る。しかし、ジャンも初耳だったらしい。きょとんとした顔だ。ティアンは騎士団の訓練で不在のため、ユリスの話が真実かどうか確認できる人物が誰もいない。
「それ本当?」
なんとなく尋ねてみれば、ユリスが「なんで僕が嘘を吐かないといけない」とちょっぴり不機嫌そうにポケットに手を突っ込んだ。
まぁ、そうだな。
じゃあブルース兄様は本当に風邪をひいたのか。あの脳筋が。
ぼんやり考えていれば、ユリスがドアを示した。
「見に行くぞ」
「お見舞い?」
首を傾げれば、ユリスは「はぁ?」と怪訝な声を出す。
「なんで僕があいつの見舞いなんて。揶揄いに行くに決まっているだろう」
「やめてやれよ」
だが、ちょっと面白そう。
あと普通にブルース兄様のことが心配でもある。「行こう」と頷けば、ユリスがニヤッと笑った。
風邪ひいたブルース兄様は、自室にこもっているという。早速兄様の部屋をノックするユリス。俺は綿毛ちゃんを抱えてその様子を背後から見守る。ジャンは置いてきた。猫のブラッシングの続きを任せておいた。
どんどんと遠慮なくドアを叩いたユリスは、返事も待たずに開け放った。
「なんの用だ」
入るなり、執務机に座ったブルース兄様がこちらを睨み付けてくる。え? 普段に元気じゃん。
面食らう俺。しかしユリスは動じない。
偉そうに腕を組んだ彼は、ブルース兄様を見据えると「何をしている」と問いかけた。
「仕事だが」
簡潔な答えに、ユリスが俺を振り返った。
仕方がないので、「風邪ひいたって聞いたけど」と告げておく。
「たいしたことじゃない」
素っ気なく答えるブルース兄様は、否定はしない。
「寝てなくていいの?」
「だからたいしたことじゃない」
書類に目を落としたままのブルース兄様は、「用がないなら帰れ」と冷たく言い放つ。
「ブルース兄様の様子を見にきてあげたの」
「そうか。心配かけて悪かったな」
心配というか。ユリスは完全に面白がって見学に来ただけだ。俺もなんだけどさ。
でも正直に言うと怒られそうなので黙っておく。
意外にも元気なブルース兄様に、ユリスが舌打ちした。やめろ、馬鹿。
案の定、ブルース兄様が「あ?」と物騒な声を出した。しかし、直後ゴホゴホと咳き込む兄様は、「もう帰れ」と俺たちを追い出そうとしてくる。
「アロンは?」
「どこかへ消えた」
あのクソ野郎のことである。風邪をうつされるのが嫌で、早々に逃げたのだろう。アロンはそういうことをする。
「ほら部屋に戻ってろ」
俺たちの背中を押す兄様に、ユリスと顔を見合わせた。
「俺が看病してあげる」
ね? とユリスに同意を求めれば、「嫌だ」という予想外の答えが返ってくる。なんて奴だ。
いいもんね。俺ひとりでやるもんね。
気合いを入れて、綿毛ちゃんを兄様に渡す。は? と変な顔をしたブルース兄様は、突然の綿毛ちゃんに困惑している。『どうもぉ。ブルースくん元気?』とヘラヘラ笑う毛玉は俺たちの話を聞いていなかったのだろうか。兄様は風邪ひいてるんだぞ。元気なわけがあるか。
「綿毛ちゃん持ってれば元気になれるよ!」
『オレにそんな力はないよぉ?』
首を傾げる綿毛ちゃんは、『ねぇ?』とブルース兄様を見上げる。
「……」
『なんでおろすのぉ?』
無言で綿毛ちゃんを床に置いたブルース兄様は、「ほら。さっさと部屋に戻れ」と俺たちを追い出そうとしてくる。
看病してあげるって言ってるのに。なんでそんなこと言うんだ。
だが、ブルース兄様が寝込んでいないと知ったユリスは面白くなさそうな顔で肩をすくめる。
早々に帰ろうとしているユリスの腕を慌てて掴んだ。
「ブルース兄様が可哀想だろ!」
「どこが」
吐き捨てるユリスは「本格的に寝込んだら教えろ。見にくるから」と酷いセリフと共に去っていった。それを呆れた目で眺めていたブルース兄様は、俺に視線を向けてくる。
「おまえも部屋に戻れ。あとアロンを呼んできてくれないか」
「綿毛ちゃん! 行ってこい!」
毛玉に指示を出せば、『無理ぃ』という気弱な発言が返ってきた。
『オレ、アロンさんに嫌われてるもん。行っても無視されるよ』
「たしかに」
アロンはおとなげないので、よく犬と猫の事を無視している。綿毛ちゃんが声をかけても、知らないふりをするだろう。
仕方がないので、俺が呼びに行こう。
「兄様! ひとりで待てる?」
「はいはい。待てるからはやく部屋に戻れ」
俺の背中をぐいぐい押してくるブルース兄様は、雑な返事をしてくる。
兄様は割と元気にみえるので、大丈夫だろう。
はやいところアロンを呼んできてあげないと。仕事一筋の兄様が無理をしてもいけないからな。
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