冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

545 返してほしい

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 返せと言われても。アロンは別に俺のものではない。

 もしかしてヴィアン家の騎士団を辞めさせたいって話だろうか。それはちょっと。いや、かなり嫌かもしれない。

 だってアロンは俺の友達である。親友である。一番遠慮なく接することができる相手である。

 いつも当たり前みたいに隣にいるアロンが、突然俺の隣からいなくなるのは想像できない。アロンのいない生活ってなんか寂しい気がする。

 みんなの視線が俺に集まっている。俺の目をじっと見つめてくる伯爵に、何か答えを返さないといけないのに。

「……それは、俺じゃなくてアロンに訊かないと」

 結局そんな逃げるような言葉を吐いてしまう。でも間違ったことは言っていないはずだ。アロン抜きで決めることではないだろう。どちらにせよ、一番尊重しなければならないのはアロンの意思だ。

 けれども伯爵は「ルイス様がどうにかしてくれませんと」と淡々とした声で紡ぐ。

「困っているんですよ、私も」

 言葉通りに眉尻を下げた伯爵は、一度俯いてから再び俺を見据えてきた。

「ご存知の通り、あれはうちの長男です。私の跡を継いでもらわないと困るんですよ」
「それは、わかるけど」

 アロンに弟はいない。妹はいるけど。でもそのアリアはブルース兄様と結婚してしまった。

「でも、別に今すぐじゃなくても」

 伯爵の年齢は不明だが、まだまだ現役に見える。ちらっと伯爵の顔を見上げれば、彼は「いいえ」と首を左右に振った。

「もちろん今すぐ領地に戻ってこいとは言いませんが」

 言葉を切った伯爵は、なんだか困ったような笑い方をした。ちょっぴり頼りなくて、心底困っているといった様子だ。

「あの性格ですからね。放っておいても勝手に結婚して勝手に子供も作るだろうと思っていたのですが」

 俺のことを見る伯爵は、「どうにも上手くいきませんね」と苦笑する。

 伯爵は、アロンがいつまでも独り身なことを心配しているらしい。確かに、昔のアロンは女遊びが酷かった。あのまま放っておけば、なんか勝手に結婚して勝手に子供作るだろうという伯爵の考えにも納得である。それどころか二股とかかけそうな勢いであった。

 でもアロンがきっぱり女遊びをやめたので、伯爵は困惑している。

「まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので。娘もブルース様と結婚して、本当にどうしようかと困っているんですよ」

 ブルース兄様はオーガス兄様の面倒を見るのに忙しい。そのためブルース兄様がミュンスト伯爵家にいくとは思えない。

 頼みの綱であるアロンを返して欲しいと伯爵は言う。

「……でも、俺は別にアロンとはなんでもないし。友達だけど」

 弱々しく答える俺に、伯爵は「ですが」と少し強い口調になる。

「あいつはルイス様のことが好きなようなので。ルイス様もご存知でしょう?」
「それは」

 確かに、アロンは何度も俺に対して好きという言葉をかけてきた。付き合ってほしいと言われたことも一度や二度じゃない。

 その度に、俺はすごく曖昧な態度で流してきた。流したまま、ここまできてしまった。

 突然の話に、ブランシェが少し居心地悪そうに後ろに下がっている。自分が聞いてもいい話なのか迷っているようだ。

 ティアンも黙り込んでいる。
 眉間に皺を寄せて、すごく険しい表情だ。

 どうしようってティアンに縋りつきたい。どうしてこんな大事な話を突然してくるのか。いや、きっと伯爵は前々からずっと言いたかったのだろう。機会がなかっただけで。

「アロンのことが好きなんですか?」

 優しい声音で尋ねてくる伯爵に、俺は眉間に力を入れる。きっと泣きそうな顔になっていたに違いない。というか、ちょっと泣きそう。

 そんなこと訊かれてもよくわかんないよ。わかんないからここまで先延ばしにしてきたのだから。

「もしそうであれば、私は特に反対はしませんよ」
「……」

 でもアロンが俺と付き合ったところで子供は無理だろ。伯爵が抱えている問題の解決にはならない。

 だが、伯爵は「その時は養子でもむかえます」と大袈裟に肩をすくめる。

「大公家との関わりを深めるのは大賛成ですから」

 冗談めかして口角を上げる伯爵は、「ですが」と急に目を細めた。

 途端に空気が重くなるのを感じる。
 自然と息を呑む俺に、伯爵が笑顔を引っ込めた。

「そのつもりがないのであれば、きっぱり振ってやってくれませんかね」
「え」

 俺がアロンを?
 なんで急に。

 固まる俺に、伯爵は「すぐにとは言いません」と言い添える。

 そのすごく優しい声に、俺はますます困ってティアンに視線を向けた。
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