冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

544 お願いしたいこと

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 スピネット子爵家が領地を持たないことを散々笑った伯爵は、「それで? どうしましょうか?」と微笑んでいる。

 どうやら領地の代わりに何かを差し出せと言いたいらしい。

「……俺がいいものあげようか?」

 なんだかブランシェが可哀想なので、俺が一歩前に出る。もとはといえば、俺のせいなので。ブランシェは俺の計画に巻き込まれただけなのだ。

「いいもの、とは?」

 不思議そうな目を向けてくる伯爵に、俺はちょっと考える。勢いで言ったはいいが、これといって具体的な考えがあったわけではない。

「……猫の毛をあげる」
「毛」

 真顔で繰り返した伯爵は「遠慮しておきます」と肩をすくめる。

「でもアロンはほしいって言ってたよ」

 俺がオーガス兄様にエリスちゃんの毛をプレゼントした時、アロンが「俺の分は?」とうるさかった。そう教えてあげるのだが、伯爵は鼻で笑ってしまう。

「じゃあ犬の毛? 犬派なの?」

 俺の問いかけを綺麗に無視した伯爵は、ブランシェを見据えて「どうしますか?」と挑発的な笑みを浮かべる。

「……取引はなかったことに」

 みんなの注目を集めたブランシェは、苦い声でそう吐き出した。

 え? とブランシェに心配の目を向ける。
 伯爵も意外そうに「おや? いいんですか?」と首を傾げた。

「はい。そもそも私が迂闊だったのが原因です。噂でもなんでもご自由にどうぞ」

 少々投げやりな返しに、全員が面食らう。

 ブランシェは、自分が悪いからそれでいいと言う。そんなわけなくない?

 ブランシェが何をしたって言うんだよ。彼は俺に騙されていただけ。そもそもの原因は間違いなく俺にある。

「ダメだよ!」

 全部自分でどうにかしようとするブランシェに、思わず大きな声が出た。

 ブランシェは真面目な男だって言われているが、真面目にもほどがある。なんでもかんでも責任とればいいってものでもないだろう。

「黙っててあげなよ! ブランシェが困ってるよ!」

 ついついアロンに接するように強気な言葉を吐けば、伯爵がちょっと楽しそうに口角を上げた。

「ルイス様はお優しいですね」

 感心したように呟く伯爵は、ブランシェから視線を外して俺の方へと寄ってくる。そうしてご丁寧に俺に顔を近付けた伯爵は、唇の前で人差し指を立てた。

 なんとなく黙る。アロンそっくりの顔で微笑んだ伯爵は「ではルイス様が私と取引しましょう」と提案してきた。

「でも俺、なんも持ってないよ」

 犬と猫が欲しいって言われたらどうしよう。特に綿毛ちゃんはお喋りする不思議生き物だ。狙われる可能性もなくはない。

 ブランシェが俺と伯爵の取引を止めようとするが、ティアンに睨まれて動きを止めている。

「もういいですよ、ルイス様。放っておきましょうよ」

 代わりに俺の肩に手を置いたティアンに、眉尻を下げる。放っておけるわけがないだろう。なんでブランシェが責任をとる形になるんだ。そんなのおかしい。

 これがアロン相手であれば要求を無視することもできた。アロンはなんだかんだ言って、俺がはっきり嫌と主張すればやめてくれる奴である。だが伯爵はそんな物分かりがいいようには見えない。

 俺のモヤモヤを察してか。伯爵が「私もそんな無茶を言うつもりはありませんよ」と苦笑する。

「実は私、ルイス様に前々からお願いしたいことがありまして」
「俺に?」
「えぇ」

 やんわりと申し出てきた伯爵に、ティアンと顔を見合わせる。伯爵のお願いとやらがまったく想像できない。それに俺はヴィアン家の人間ではあるけど、たいした力はない。家のことは全部兄様たちがやっているから。ブランシェの時のように領地を寄越せと言われても対処できない。俺がどうにかできることなんてあまりないと思うけど。

 けれども伯爵は「ルイス様にしかお願いできないことですよ」と緩く笑う。のんびりとした物言いではあるが、相変わらず隙がない。常ににこにこしているが、何か油断できない雰囲気を携えている。

 俺にしかできないこと?
 やっぱり綿毛ちゃん?

 あのお喋りもふもふ毛玉は俺が捕まえた俺の犬である。名前つけたのも俺だもん。猫派の俺とはいえ、そう簡単にあげられない。

 その綿毛ちゃんは現在、王宮内にいる。今頃ジャンやニックと部屋でおとなしくしているはずである。

「犬はあげられない」

 先に断っておけば、伯爵が「は? 犬?」と眉を寄せた。

「そんな物もらっても。動物はあまり好きじゃないんですよね」
「そうなの?」

 そういえば、アロンも動物嫌いであった。
 ならいいや。

 ちょっと安心する俺であったが、次に発せられた伯爵の言葉に動きを止めた。

「まぁしかし、似たようなものではありますね」

 似たようなものだと。猫か?
 でも動物は嫌いだって。

「息子を返していただけませんか」
「……え?」

 俺の目を覗き込む伯爵は、はっきりとそう言った。

「アロンを返していただけませんか」

 優しく語りかけてくる伯爵に、俺の心臓がバクバクと音を立てた。
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