冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

542 隙

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 勉強のためにカル先生の授業を見学したくてこうなったと説明すれば、ブランシェは納得してくれたらしい。

 とはいえ、俺の言葉を否定できないみたいな空気を感じたので、本当にブランシェが俺の話を理解したのかは不明である。

「だからその。騙すみたいになって」
「いえ。そういう事情であれば」

 俺の言葉を遮って理解を示してくれるブランシェは、きっと俺に謝罪をさせたくないのだろう。こういうところもすごく真面目である。騙してしまって申し訳ない。

「もういいですか? さっさとどっか行ってくださいよ」
「やめなよ、ティアン」

 先輩に対する態度には見えない。
 苦笑するブランシェは「相変わらずだな」と気になる呟きをした。マジで? やっぱり学園でもこんな感じだったの?

 無闇に敵を作っていないか心配になる。
 でも以前、ティアンと仲良く会話する同級生の姿を見た。それなりに上手くやっていたのかもしれない。

 あまりにもティアンが不満そうなので、ブランシェも無視はできなかったのだろう。ブランシェが「私はこれで」と引き下がろうとしたその時。

 中庭の一角から草を踏むような音がした。

 え? と思ってそちらに目をやると、ティアンが俺の肩を抱き寄せたのでもっと驚いた。音がした方向から俺を遠ざけたティアンは、なんだか険しい顔。ブランシェも警戒心をあらわにしている。

 一瞬の沈黙の後。
 木陰からゆったりと姿を見せた人物は、にこやかな笑顔で「どうも」と片手をあげた。

「アロンのお父さん!」

 思わず大きな声を出せば、ティアンが「げ!」とすごく失礼な反応をした。さっきからずっと失礼だぞ。やめろよと小突いておくが、ティアンは伯爵を警戒するのに忙しい。

「これはみなさんお揃いで」

 何か内緒話でも? と冗談めかして歩み寄ってくる伯爵は、俺の目の前でぴたりと足を止めると、柔和な笑みを浮かべる。

 表面上の態度はすごく柔和なのに、なんか油断できないものを感じる。場の雰囲気に呑まれて俺も拳を握れば、伯爵がさも面白いという顔をした。

「私はお邪魔なようで」

 大袈裟に肩をすくめる伯爵は、そう言いつつも立ち去る気配がない。すごく自然な佇まいで混ざってくる。こういう図々しいところもアロンにそっくりだな。

「盗み聞きですか? タチが悪いですね」

 そんな中、ティアンが果敢に挑みにいく。ブランシェは緊張の面持ちで様子見している。

「盗み聞くつもりはなかったんですがね。夜風にあたろうと散歩していたら、たまたま耳に入ってしまって。すぐに立ち去ろうと思ったんですけどね。うっかり見つかってしまったようだ」

 悪びれなく言葉を紡ぐ伯爵に、ティアンが「うっかり、ですか」と挑発的な視線を投げる。

 ティアンは、伯爵がわざと足音立てたと疑っているらしい。これには伯爵が苦笑する。

 しかし、多分ティアンの思っている通りだと思う。ミュンスト伯爵家が諜報活動を得意としているのはもはや周知の事実。そのため貴族たちは彼の事をちょっと恐れている。

「結果として会話を聞いてしまったことは認めますよ」
「盗み聞きでは?」
「いいえ。うっかり聞こえてしまっただけですよ」

 終始にこやかな伯爵は、けれども実に堂々としている。

 ふーん? と納得していないティアンは「まぁいいですけど」と話を終わらせる。

「はやく帰ってくださいよ」

 相変わらず遠慮しないティアンにちょっとハラハラしていると、伯爵がニヤッと笑った。なんだろう。ろくでもない事を思い付いた時のアロンとおんなじ怪しい笑みだ。

「ブランシェくんだっけ? 確かお父様は王立騎士団第三部隊の隊長だったかな」
「え? はい、そうですが」

 突然の問いかけに、ブランシェが面食らう。
 一体何事かと様子を見守っていれば、伯爵が「スピネット子爵も大変ですね」と、前触れなくブランシェのお父さんを憐れむ。

 首を捻っていると、伯爵がブランシェに一歩寄った。

「いやはや。ご子息がヴィアン家のルイス様にご迷惑をおかけしたとなれば、子爵も知らないふりはできないでしょうねぇ」
「っ!」

 肩を跳ねさせるブランシェに、伯爵はニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。

 これはあれだ。伯爵がブランシェを脅している。さすがアロンの父。クソだな。

「迷惑なんてかけられてないよ」

 急いで割り込むが、伯爵は「いやいや」と楽しそうに手を振った。

「ルイス様はお優しいですね。はっきり迷惑だったと言ってやればいいんですよ」
「いや、だからぁ」

 迷惑じゃないと言おうとするが、伯爵はそれを制してブランシェを見据えた。

「なんにせよ。君がルイス様に謝罪をしていたことは事実だ。それをどう判断するかは人それぞれというものでは?」

 にこっと口角を上げる伯爵に、ブランシェが怖い顔をした。張り詰める空気の中、いまだに笑顔の伯爵は、値踏みでもするかのようにブランシェを上から下まで見ていた。
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