冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
579 / 637
16歳

539 ばーか

しおりを挟む
 ティアンと共に、中庭に出てみる。
 人の多い会場から離れて外に出ると途端に空気が澄んだような気がする。

 遠くから聞こえてくる喧騒になんとなく耳を傾けながら、月明かりに照らされた庭をのんびり歩く。

 会場の中にいてもよかったんだけど、ちょっと疲れてしまった。それにまたデニスに見つかると面倒だ。

「楽しい?」

 ちょっと後ろを歩くティアンを振り返る。俺のことを見据えるティアンは、「楽しいですよ」と優しい声で答えてくれる。

 ふふっと思わず笑ってしまう。

 この時間に外に出ることはあまりない。
 非日常な空気になんだか楽しくなってくる。ティアンとは最近いつも一緒だけど、夜の散歩は初めてだ。

「綿毛ちゃんがいないと静かだな。あの犬ずっと喋ってるからね」

 お喋り好きの毛玉は、ひとりで延々喋ったり笑ったりしている。そうですね、と緩く肯定するティアンはふと足を止めた。

 ん? と振り返る俺。

 明かりの少ない場所ってだけでいつもとは違った雰囲気に感じる。この中庭だって何度か歩いたはずなのに、すごく新鮮。

「ティアン。どした」

 立ち止まるティアンは、空を見上げている。俺もそれに倣って上を見てみる。きらきらと星が瞬く夜空に、感嘆の声を上げた。

「きれいだね」
「……ルイス様もきれいですよ」
「え」

 前触れのない言葉に、一瞬動きを止める。

 静かに目を見開く俺に、今度はティアンが「え」と呟いた。

「あ、えっと。俺? 今日はおしゃれしてるからね」

 足元を眺めながらそう言えば、ティアンが「そ、あ、はい。そうですね」と頼りない反応を返してきた。

「……」
「……」

 なんだこれ。
 ちょっと顔を上げるタイミングがわからなくなってしまった。

 なにかを言おうと口を開きかけるが、ちょうどいい言葉が出てこない。

 静まり返る中庭は、少しの息遣いさえも響いてしまいそう。

「いや、なんですかその反応」

 やがてティアンが苦い声を発した。
 雑に己の首筋を触るティアンは、窺うような視線を向けてくる。

「そこはいつもみたいに俺は美少年だからねとか。なんかそういうことを言う場面ですよ。なんでそんな」

 言葉を切ったティアンは、ちょっぴり拗ねたような顔をしていた。

 あ、あぁ。なるほど。
 そう返せばよかったのね。

 でもなんかあまりにも突然すぎてびっくりした。冗談っぽくなかった響きに、思わず真剣に受け取ってしまった。

「ティアンが真面目に言うからだろ!」
「僕のせいですか」

 なにかを誤魔化すように、慌てて大声を出しておく。頬をかくティアンは、そっぽを向いてしまって視線が合わない。

 なんだか顔が熱い気がする。
 そっと両手で頬を包んで、「ばーか!」と言っておく。

「馬鹿ってなんですか」
「ばーか! ティアンのばーか」
「はぁ!?」

 なんかダメだ。
 一瞬前の変な空気を振り払うかのように、パタパタと手を振る。

 それでも霧散しない空気に、ティアンの足を軽く蹴ってやった。

「なにするんですか」
「ティアンが悪いんだ。謝って!」
「なんで僕が」

 眉を顰めながらも、ティアンは「はいはい。すみませんでした」と投げやりな謝罪を寄越してくる。

 その背中をぐいぐい押して、ティアンを会場のほうへと移動させる。

「なんですか」
「ケーキ持ってきて!」
「さっき食べたでしょ」
「もう一回食べるの! 一個で足りるわけないだろ!」

 はやくしてと背中を押せば、ティアンが「八つ当たりはやめてください」と言う。八つ当たりじゃないもん。そもそもティアンが先に変なこと言ったんだろ。

 あんな小さい子でも持ってこられたんだ。ティアンが持ってこられないはずがない。もしかしたらブルース兄様たちはすでに別の場所に移動しているのかもしれない。

「ケーキ持ってきて! そしたら許してあげる」
「許すって。僕がなにをしたって言うんですか」

 妙なこと言っただろうが。
 持ってきてと騒げば、ティアンが「わかりましたよ」と折れてくれた。

「そこ動かないでくださいね。知らない人について行ったらダメですよ」
「わかってる!」

 俺を子供扱いしてくるティアンをようやく追い払って、ホッと息を吐く。

 ひとりになった中庭で、パタパタと手で顔をあおぐ。

 びっくりした。
 ティアンが真面目な顔で言うからすごくびっくりした。

 いや俺は綺麗だけどね。美少年だけどね。
 でもああやって前触れなく褒められると心臓に悪い。

 でもティアンなりの冗談だったらしい。俺を揶揄ったのだろう。にしては言い方が本気っぽくて驚いた。あいつ冗談下手くそかよ。

 ……冗談。冗談なのか。そうか。

「……ばか」

 姿の見えなくなったティアンに向けて悪態を吐く。なんだか無性に綿毛ちゃんを抱っこしたい気分になった。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...