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16歳
539 ばーか
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ティアンと共に、中庭に出てみる。
人の多い会場から離れて外に出ると途端に空気が澄んだような気がする。
遠くから聞こえてくる喧騒になんとなく耳を傾けながら、月明かりに照らされた庭をのんびり歩く。
会場の中にいてもよかったんだけど、ちょっと疲れてしまった。それにまたデニスに見つかると面倒だ。
「楽しい?」
ちょっと後ろを歩くティアンを振り返る。俺のことを見据えるティアンは、「楽しいですよ」と優しい声で答えてくれる。
ふふっと思わず笑ってしまう。
この時間に外に出ることはあまりない。
非日常な空気になんだか楽しくなってくる。ティアンとは最近いつも一緒だけど、夜の散歩は初めてだ。
「綿毛ちゃんがいないと静かだな。あの犬ずっと喋ってるからね」
お喋り好きの毛玉は、ひとりで延々喋ったり笑ったりしている。そうですね、と緩く肯定するティアンはふと足を止めた。
ん? と振り返る俺。
明かりの少ない場所ってだけでいつもとは違った雰囲気に感じる。この中庭だって何度か歩いたはずなのに、すごく新鮮。
「ティアン。どした」
立ち止まるティアンは、空を見上げている。俺もそれに倣って上を見てみる。きらきらと星が瞬く夜空に、感嘆の声を上げた。
「きれいだね」
「……ルイス様もきれいですよ」
「え」
前触れのない言葉に、一瞬動きを止める。
静かに目を見開く俺に、今度はティアンが「え」と呟いた。
「あ、えっと。俺? 今日はおしゃれしてるからね」
足元を眺めながらそう言えば、ティアンが「そ、あ、はい。そうですね」と頼りない反応を返してきた。
「……」
「……」
なんだこれ。
ちょっと顔を上げるタイミングがわからなくなってしまった。
なにかを言おうと口を開きかけるが、ちょうどいい言葉が出てこない。
静まり返る中庭は、少しの息遣いさえも響いてしまいそう。
「いや、なんですかその反応」
やがてティアンが苦い声を発した。
雑に己の首筋を触るティアンは、窺うような視線を向けてくる。
「そこはいつもみたいに俺は美少年だからねとか。なんかそういうことを言う場面ですよ。なんでそんな」
言葉を切ったティアンは、ちょっぴり拗ねたような顔をしていた。
あ、あぁ。なるほど。
そう返せばよかったのね。
でもなんかあまりにも突然すぎてびっくりした。冗談っぽくなかった響きに、思わず真剣に受け取ってしまった。
「ティアンが真面目に言うからだろ!」
「僕のせいですか」
なにかを誤魔化すように、慌てて大声を出しておく。頬をかくティアンは、そっぽを向いてしまって視線が合わない。
なんだか顔が熱い気がする。
そっと両手で頬を包んで、「ばーか!」と言っておく。
「馬鹿ってなんですか」
「ばーか! ティアンのばーか」
「はぁ!?」
なんかダメだ。
一瞬前の変な空気を振り払うかのように、パタパタと手を振る。
それでも霧散しない空気に、ティアンの足を軽く蹴ってやった。
「なにするんですか」
「ティアンが悪いんだ。謝って!」
「なんで僕が」
眉を顰めながらも、ティアンは「はいはい。すみませんでした」と投げやりな謝罪を寄越してくる。
その背中をぐいぐい押して、ティアンを会場のほうへと移動させる。
「なんですか」
「ケーキ持ってきて!」
「さっき食べたでしょ」
「もう一回食べるの! 一個で足りるわけないだろ!」
はやくしてと背中を押せば、ティアンが「八つ当たりはやめてください」と言う。八つ当たりじゃないもん。そもそもティアンが先に変なこと言ったんだろ。
あんな小さい子でも持ってこられたんだ。ティアンが持ってこられないはずがない。もしかしたらブルース兄様たちはすでに別の場所に移動しているのかもしれない。
「ケーキ持ってきて! そしたら許してあげる」
「許すって。僕がなにをしたって言うんですか」
妙なこと言っただろうが。
持ってきてと騒げば、ティアンが「わかりましたよ」と折れてくれた。
「そこ動かないでくださいね。知らない人について行ったらダメですよ」
「わかってる!」
俺を子供扱いしてくるティアンをようやく追い払って、ホッと息を吐く。
ひとりになった中庭で、パタパタと手で顔をあおぐ。
びっくりした。
ティアンが真面目な顔で言うからすごくびっくりした。
いや俺は綺麗だけどね。美少年だけどね。
でもああやって前触れなく褒められると心臓に悪い。
でもティアンなりの冗談だったらしい。俺を揶揄ったのだろう。にしては言い方が本気っぽくて驚いた。あいつ冗談下手くそかよ。
……冗談。冗談なのか。そうか。
「……ばか」
姿の見えなくなったティアンに向けて悪態を吐く。なんだか無性に綿毛ちゃんを抱っこしたい気分になった。
人の多い会場から離れて外に出ると途端に空気が澄んだような気がする。
遠くから聞こえてくる喧騒になんとなく耳を傾けながら、月明かりに照らされた庭をのんびり歩く。
会場の中にいてもよかったんだけど、ちょっと疲れてしまった。それにまたデニスに見つかると面倒だ。
「楽しい?」
ちょっと後ろを歩くティアンを振り返る。俺のことを見据えるティアンは、「楽しいですよ」と優しい声で答えてくれる。
ふふっと思わず笑ってしまう。
この時間に外に出ることはあまりない。
非日常な空気になんだか楽しくなってくる。ティアンとは最近いつも一緒だけど、夜の散歩は初めてだ。
「綿毛ちゃんがいないと静かだな。あの犬ずっと喋ってるからね」
お喋り好きの毛玉は、ひとりで延々喋ったり笑ったりしている。そうですね、と緩く肯定するティアンはふと足を止めた。
ん? と振り返る俺。
明かりの少ない場所ってだけでいつもとは違った雰囲気に感じる。この中庭だって何度か歩いたはずなのに、すごく新鮮。
「ティアン。どした」
立ち止まるティアンは、空を見上げている。俺もそれに倣って上を見てみる。きらきらと星が瞬く夜空に、感嘆の声を上げた。
「きれいだね」
「……ルイス様もきれいですよ」
「え」
前触れのない言葉に、一瞬動きを止める。
静かに目を見開く俺に、今度はティアンが「え」と呟いた。
「あ、えっと。俺? 今日はおしゃれしてるからね」
足元を眺めながらそう言えば、ティアンが「そ、あ、はい。そうですね」と頼りない反応を返してきた。
「……」
「……」
なんだこれ。
ちょっと顔を上げるタイミングがわからなくなってしまった。
なにかを言おうと口を開きかけるが、ちょうどいい言葉が出てこない。
静まり返る中庭は、少しの息遣いさえも響いてしまいそう。
「いや、なんですかその反応」
やがてティアンが苦い声を発した。
雑に己の首筋を触るティアンは、窺うような視線を向けてくる。
「そこはいつもみたいに俺は美少年だからねとか。なんかそういうことを言う場面ですよ。なんでそんな」
言葉を切ったティアンは、ちょっぴり拗ねたような顔をしていた。
あ、あぁ。なるほど。
そう返せばよかったのね。
でもなんかあまりにも突然すぎてびっくりした。冗談っぽくなかった響きに、思わず真剣に受け取ってしまった。
「ティアンが真面目に言うからだろ!」
「僕のせいですか」
なにかを誤魔化すように、慌てて大声を出しておく。頬をかくティアンは、そっぽを向いてしまって視線が合わない。
なんだか顔が熱い気がする。
そっと両手で頬を包んで、「ばーか!」と言っておく。
「馬鹿ってなんですか」
「ばーか! ティアンのばーか」
「はぁ!?」
なんかダメだ。
一瞬前の変な空気を振り払うかのように、パタパタと手を振る。
それでも霧散しない空気に、ティアンの足を軽く蹴ってやった。
「なにするんですか」
「ティアンが悪いんだ。謝って!」
「なんで僕が」
眉を顰めながらも、ティアンは「はいはい。すみませんでした」と投げやりな謝罪を寄越してくる。
その背中をぐいぐい押して、ティアンを会場のほうへと移動させる。
「なんですか」
「ケーキ持ってきて!」
「さっき食べたでしょ」
「もう一回食べるの! 一個で足りるわけないだろ!」
はやくしてと背中を押せば、ティアンが「八つ当たりはやめてください」と言う。八つ当たりじゃないもん。そもそもティアンが先に変なこと言ったんだろ。
あんな小さい子でも持ってこられたんだ。ティアンが持ってこられないはずがない。もしかしたらブルース兄様たちはすでに別の場所に移動しているのかもしれない。
「ケーキ持ってきて! そしたら許してあげる」
「許すって。僕がなにをしたって言うんですか」
妙なこと言っただろうが。
持ってきてと騒げば、ティアンが「わかりましたよ」と折れてくれた。
「そこ動かないでくださいね。知らない人について行ったらダメですよ」
「わかってる!」
俺を子供扱いしてくるティアンをようやく追い払って、ホッと息を吐く。
ひとりになった中庭で、パタパタと手で顔をあおぐ。
びっくりした。
ティアンが真面目な顔で言うからすごくびっくりした。
いや俺は綺麗だけどね。美少年だけどね。
でもああやって前触れなく褒められると心臓に悪い。
でもティアンなりの冗談だったらしい。俺を揶揄ったのだろう。にしては言い方が本気っぽくて驚いた。あいつ冗談下手くそかよ。
……冗談。冗談なのか。そうか。
「……ばか」
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