冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

537 取り巻き

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 ケーキ持ってこいとしつこくアロンにお願いしていたら、そのアロンが突然「あ! 俺ちょっと野暮用を思い出したので」とかなんとか言って逃げて行った。なんて嫌な奴。たいした用事なんてないだろうに。よほどブルース兄様に近寄りたくないらしい。みんなから避けられる兄様が可哀想。

 そうして再びティアンとふたりになったので、彼の袖をぐいぐい引いてみる。

「嫌です」
「まだなにも言ってないじゃん」
「ケーキ持ってこいって言うんでしょ?」
「よくわかったな」

 そりゃ分かりますよ、と肩をすくめるティアンは、先程からずっと周囲を気にしている。多分ブランシェが来ないか見張っているのだろう。このパーティー、ブランシェと鉢合わせしたら途端に面倒なことになるからな。妹のシャノンも一緒だろうか。もしそうなら彼女にも気を付けないといけない。

 そうしてティアンとケーキ持ってくるかこないかで小競り合いをしていた時である。突然前方から「あ! いたいた」という馴れ馴れしい声が聞こえてきて思わず顔を上げた。

「探したよ。どこに行ってたのさ」
「……デニス」

 探したってなに。
 別にデニスとは待ち合わせしてないぞ。

 現在十七歳のデニスは、相変わらず可愛い顔をしていた。それなりに身長は伸びたが、やっぱり顔が可愛い。妙に馴れ馴れしく腕を絡めてくる彼は、「なんでこんな隅にいるのさ」とちょっぴり首を傾げた。

「人のいないとこに避難してたの」
「えー? なんで?」
「なんでって。なんか面倒だから」
「ふーん」

 自分が訊いてきたくせにすごく興味なさそうな相槌を打つデニスは相変わらず失礼だった。

「ね。向こうに行こうよ。こんなとこにひとりで居ても仕方ないでしょ」
「ティアンがいるからひとりじゃないよ」
「ほらほら。はやく行くよ」

 ティアンの存在をガン無視したデニスは、俺と腕を絡めたままぐいぐい前に進む。特に拒否する理由もないのでされるがままについていくが、俺はひとつ気になることがあった。

「俺はユリスじゃないけど」
「そんなの見ればわかるよ」

 途端に半眼になるデニスは、俺のよく知っている性格悪そうなお子様であった。だよね。あんまりにも馴れ馴れしいから俺をユリスと間違えているのかと思った。

 それにしても突然どうしたというのか。
 普段のデニスは俺のことを邪険にしていた。俺が近寄るたびに「お子様はあっちに行って!」とうるさかった。俺と遊んでくれたことなんてないくせに。

 もしかしてこういう場所でひとりになるのが嫌なのかも。あり得る。だってデニスである。ユリスみたいにひとりが好きなタイプではない。おそらくこういう集まりにおいて、ひとりであることに耐えられないタイプだろう。それで顔見知りの俺に話しかけに来たというわけか。

 ふむふむ納得する俺に、デニスは「君は黙ってにこにこしていればそれでいいから」とよくわからない助言をしてきた。

 後ろをついてくるティアンは、なんだか困った顔をしている。デニスをちらちらと確認しては、何か言いたそうな表情だ。

「お待たせ! ちょっとルイスくん見つけたからさ」

 そうして俺を捕まえたまま、デニスはなにやら人の集まりに声をかけた。きょとんとする俺に構わず、デニスが勝手に俺のことをみんなに紹介し始める。

「ルイスくんだよ。ヴィアン家の」

 え! とざわざわし始める人たち。
 どうやらみんなデニスの知り合いらしい。にこっと可愛い笑顔を浮かべるデニスは、いまだに俺と腕を組んでいる。

「……デニスの友達?」

 とりあえず質問すれば、デニスが「もう」と唇を尖らせた。

「デニーって呼んでっていつも言ってるでしょ?」

 悪戯っぽく微笑んで、なぜか俺に寄りかかってくるデニス。なんだこいつは。

 いつも俺がデニーって呼ぶと「馴れ馴れしくしないでくれる?」と怒るくせに。

 猫撫で声で甘えるようにベタベタしてくるデニスに、俺は思わずティアンを肩越しに振り返る。ちょと呆れたような顔をしているティアンは、俺の視線に気が付いて軽く肩をすくめた。

 その後、ひとりひとり自己紹介されたが、隣にくっついてくるデニスのことが気になってあまり頭に入ってこない。みんなデニスの友達というよりは子分みたいな雰囲気だ。あれか。取り巻きってやつか。

 そういえばデニスは公爵家のお坊ちゃんである。なかなかによろしい立場だ。デニスと仲良くしたい貴族も多いのだろう。

 それは理解したけど、なんで俺と仲良しアピールするんだ。「小さい頃からよく遊んでたもんね?」と俺に話しかけてくるデニスに、よくわからないまま頷いておく。まぁ、本当に遊んでくれたかどうかはさて置いて、彼がうちによくやって来ていたのは事実だ。いまだってユリスに会うため割と頻繁にうちを訪れている。

「ルイスくん。何か食べた?」
「まだ」
「何か食べたいものある?」

 すかさずケーキと答えれば、デニスが「甘いもの好きだねぇ」と小さく笑う。そうして取り巻きを振り返ったデニスは「持ってきてあげなよ」とやや偉そうにお願いする。その言葉を待っていたかのように、ひとりの少年が手をあげた。デニスよりも小さい子である。ジェフリーくらいかもしれない。そういえばジェフリーはいないのだろうか。

 ちょっと周辺を見渡してみるが、それらしき姿はない。

 ジェフリーはこういう場は好きじゃないのかもしれない。

 相変わらず俺にくっついてくるデニスの話に適当に相槌を打ちながら、俺はなんとなく横目でジェフリーの姿を探し続けていた。
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