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16歳
533 邪魔
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「……綿毛ちゃん返してよ」
伯爵をじっと見つめて動かないマーティーは、なぜか綿毛ちゃんの毛を掴んだまま固まっている。
「ねぇ! 返して!」
綿毛ちゃんを引っ張って取り返そうと奮闘すれば、俺とマーティーに挟まれた綿毛ちゃんが『やめてぇ』とすんごい小声でごにょごにょ言い始める。やめろ。伯爵に聞かれたらどうする。
慌てて綿毛ちゃんの頭をペシッと叩いておく。マーティーが「やめろ。可哀想だろ」と俺の手から綿毛ちゃんを奪おうとしてくる。これは俺の犬だぞ。
そうしてマーティーと綿毛ちゃんをめぐって格闘していれば、唐突に部屋がノックされた。
「どうぞ!」
「僕の部屋だぞ。勝手に許可を出すな」
マーティーに代わって返事をしてやったのに。なんだその態度は。
やって来たのはティアンだった。
どうやら俺のことを追いかけてきたらしい。荷物運びは終わったのだろうか。遠慮なく入室してきたティアンは、室内を見渡すなりゆったり寛ぐ伯爵を確認して「うわ!」と大きな声を上げた。
「なにしてるんですか!」
「……どちら様?」
首を傾げる伯爵に、ティアンが半眼となる。すぐさま「冗談だよ」と片手をあげる伯爵は、謎に余裕のある表情だ。
「おい、ティアン。そいつを追い出せ。勝手に僕の部屋に居座ってくるんだ」
ティアンを顎でこき使おうとするマーティーの足を踏ん付けておく。ティアンは俺のだぞ。なにを勝手に命令してんだ。「なんだよ」と俺の肩を押してくるマーティーは強気だった。そっちがその気なら相手になるぞ。
綿毛ちゃんを奪い返して、そのままマーティーを追いかける。マーティーは弱虫なので。追いかけたら特に理由もなく逃げまわるのだ。
「やめろよ! どういうつもりだ」
案の定、ぐるぐると室内を駆け回るマーティー。綿毛ちゃんを抱えたまま追いかけ回せば、『なにこれ』と毛玉が不満そうにこぼす。
そのうちティアンが間に割り込んできた。
「ちょっと。落ち着いてくださいよ」
「俺は落ち着いてるもん。マーティーが俺のとるから」
綿毛ちゃんもティアンも俺のである。
マーティーには渡さない。
ティアンの背後に隠れるマーティーは「おまえが先に手を出してきたんだろ! 僕は王子だぞ!」と指を突き付けてくる。
そんなティアンの背中に隠れて威張られても。まったく怖くない。試しに睨んでやれば、マーティーがわかりやすく勢いを失った。「な、なんだよ」と後ろに下がるマーティーは情けない。そんなんでちゃんと王子様やれてるのか?
俺とマーティーの戦いをにこやかに見守っていた伯爵は、「もう終わりですか?」となぜか挑発めいた言葉を投げてくる。
それを咳払いで流したマーティーは、無意味に髪型を整えて俺を見据えた。
「まぁ、なんだ。よく来たな」
「うん。マーティーに会いに来てやったから感謝しろ」
「なんでそんなユリスみたいなことを言うんだ」
上から目線はやめろとうるさいマーティーは、伯爵の視線を感じてまたもやわざとらしい咳払いをする。
どうやら伯爵の前では大人っぽく振る舞いたいらしい。もう手遅れだと思うけどな。
「ユリスは? なんで来ない」
「お出かけが面倒なんだよ」
「兄上の誘いを断るなんて何事だ!」
俺に言われても。
なぜか俺にネチネチと文句をぶつけてくるマーティー。帰ったらユリスに告げ口しておいてやろうと思う。
「それで、その」
急に勢いを失ったマーティーは、チラッと伯爵に視線をやった。
「なに?」
「いや、その」
ひとりでもごもごやっていたマーティーであるが、やがて伯爵に向かって「席を外してくれないか」と恐る恐るといった様子でお願いし始めた。
「私のことはお構いなく」
「いや僕が構うんだが」
困ったように眉尻を下げるマーティーは、俺の袖を引っ張ってくる。綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめて、「なに」と尋ねてやるがマーティーは煮え切らない態度だ。
どうやら伯爵の前ではできない話があるらしい。
仕方がない。弱虫マーティーは頼りにならないので、俺がどうにかしてやろうと思う。
「おじさん」
伯爵に寄っていけば、「やめろよ、そんな呼び方」とマーティーが文句を言ってくる。こいつは先程から文句ばっかりだ。
「邪魔だから帰って」
手短に要件を伝えれば、なぜかマーティーが「ルイス! そんな言い方ないだろ」と騒いでくる。うるさいな、このお子様。
「マーティーもおじさんが邪魔だって言ってる」
「僕はそんなこと言ってないだろ!」
「うるさいぞ、マーティー」
ひとりで騒ぐマーティーは放っておこう。ティアンが宥めているが、マーティーは肩を怒らせている。
俺の真摯な訴えを聞いた伯爵は、やれやれと肩をすくめる。どこか上からのその態度は、やはりアロンにそっくりである。
「そこまで言われたら仕方がないですね」
ゆっくりと立ち上がり襟元を整える伯爵は、俺を見据えてにこりと笑った。
「ブルース様によろしくお伝えください。くれぐれも娘のことを頼むと」
「いいよ。ブルース兄様ね、よくアリアと喧嘩してるよ」
豪快に笑い飛ばす伯爵は、ぜひ見てみたいですねと無茶なことを言う。
ブルース兄様は、よくアリアと言い争いをしている。形だけの結婚を選んだふたりであるが、案外仲良しなのだ。割とどうでもいいことで延々言い争いをしていたりする。
そうしてようやく退出した伯爵に、マーティーが露骨に安堵の息を吐き出した。
伯爵をじっと見つめて動かないマーティーは、なぜか綿毛ちゃんの毛を掴んだまま固まっている。
「ねぇ! 返して!」
綿毛ちゃんを引っ張って取り返そうと奮闘すれば、俺とマーティーに挟まれた綿毛ちゃんが『やめてぇ』とすんごい小声でごにょごにょ言い始める。やめろ。伯爵に聞かれたらどうする。
慌てて綿毛ちゃんの頭をペシッと叩いておく。マーティーが「やめろ。可哀想だろ」と俺の手から綿毛ちゃんを奪おうとしてくる。これは俺の犬だぞ。
そうしてマーティーと綿毛ちゃんをめぐって格闘していれば、唐突に部屋がノックされた。
「どうぞ!」
「僕の部屋だぞ。勝手に許可を出すな」
マーティーに代わって返事をしてやったのに。なんだその態度は。
やって来たのはティアンだった。
どうやら俺のことを追いかけてきたらしい。荷物運びは終わったのだろうか。遠慮なく入室してきたティアンは、室内を見渡すなりゆったり寛ぐ伯爵を確認して「うわ!」と大きな声を上げた。
「なにしてるんですか!」
「……どちら様?」
首を傾げる伯爵に、ティアンが半眼となる。すぐさま「冗談だよ」と片手をあげる伯爵は、謎に余裕のある表情だ。
「おい、ティアン。そいつを追い出せ。勝手に僕の部屋に居座ってくるんだ」
ティアンを顎でこき使おうとするマーティーの足を踏ん付けておく。ティアンは俺のだぞ。なにを勝手に命令してんだ。「なんだよ」と俺の肩を押してくるマーティーは強気だった。そっちがその気なら相手になるぞ。
綿毛ちゃんを奪い返して、そのままマーティーを追いかける。マーティーは弱虫なので。追いかけたら特に理由もなく逃げまわるのだ。
「やめろよ! どういうつもりだ」
案の定、ぐるぐると室内を駆け回るマーティー。綿毛ちゃんを抱えたまま追いかけ回せば、『なにこれ』と毛玉が不満そうにこぼす。
そのうちティアンが間に割り込んできた。
「ちょっと。落ち着いてくださいよ」
「俺は落ち着いてるもん。マーティーが俺のとるから」
綿毛ちゃんもティアンも俺のである。
マーティーには渡さない。
ティアンの背後に隠れるマーティーは「おまえが先に手を出してきたんだろ! 僕は王子だぞ!」と指を突き付けてくる。
そんなティアンの背中に隠れて威張られても。まったく怖くない。試しに睨んでやれば、マーティーがわかりやすく勢いを失った。「な、なんだよ」と後ろに下がるマーティーは情けない。そんなんでちゃんと王子様やれてるのか?
俺とマーティーの戦いをにこやかに見守っていた伯爵は、「もう終わりですか?」となぜか挑発めいた言葉を投げてくる。
それを咳払いで流したマーティーは、無意味に髪型を整えて俺を見据えた。
「まぁ、なんだ。よく来たな」
「うん。マーティーに会いに来てやったから感謝しろ」
「なんでそんなユリスみたいなことを言うんだ」
上から目線はやめろとうるさいマーティーは、伯爵の視線を感じてまたもやわざとらしい咳払いをする。
どうやら伯爵の前では大人っぽく振る舞いたいらしい。もう手遅れだと思うけどな。
「ユリスは? なんで来ない」
「お出かけが面倒なんだよ」
「兄上の誘いを断るなんて何事だ!」
俺に言われても。
なぜか俺にネチネチと文句をぶつけてくるマーティー。帰ったらユリスに告げ口しておいてやろうと思う。
「それで、その」
急に勢いを失ったマーティーは、チラッと伯爵に視線をやった。
「なに?」
「いや、その」
ひとりでもごもごやっていたマーティーであるが、やがて伯爵に向かって「席を外してくれないか」と恐る恐るといった様子でお願いし始めた。
「私のことはお構いなく」
「いや僕が構うんだが」
困ったように眉尻を下げるマーティーは、俺の袖を引っ張ってくる。綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめて、「なに」と尋ねてやるがマーティーは煮え切らない態度だ。
どうやら伯爵の前ではできない話があるらしい。
仕方がない。弱虫マーティーは頼りにならないので、俺がどうにかしてやろうと思う。
「おじさん」
伯爵に寄っていけば、「やめろよ、そんな呼び方」とマーティーが文句を言ってくる。こいつは先程から文句ばっかりだ。
「邪魔だから帰って」
手短に要件を伝えれば、なぜかマーティーが「ルイス! そんな言い方ないだろ」と騒いでくる。うるさいな、このお子様。
「マーティーもおじさんが邪魔だって言ってる」
「僕はそんなこと言ってないだろ!」
「うるさいぞ、マーティー」
ひとりで騒ぐマーティーは放っておこう。ティアンが宥めているが、マーティーは肩を怒らせている。
俺の真摯な訴えを聞いた伯爵は、やれやれと肩をすくめる。どこか上からのその態度は、やはりアロンにそっくりである。
「そこまで言われたら仕方がないですね」
ゆっくりと立ち上がり襟元を整える伯爵は、俺を見据えてにこりと笑った。
「ブルース様によろしくお伝えください。くれぐれも娘のことを頼むと」
「いいよ。ブルース兄様ね、よくアリアと喧嘩してるよ」
豪快に笑い飛ばす伯爵は、ぜひ見てみたいですねと無茶なことを言う。
ブルース兄様は、よくアリアと言い争いをしている。形だけの結婚を選んだふたりであるが、案外仲良しなのだ。割とどうでもいいことで延々言い争いをしていたりする。
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