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16歳

530 行きたくない

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「あー、行きたくない。なんでユリスは行かないんだよ。だったら僕も行かなくていいと思わない?」
「オーガス兄様、うるさいよ」

 今日は朝から王宮へとお出かけである。
 パーティーは夜なんだけど、色々と準備やら挨拶やらがあるので朝から出発することになった。ブルース兄様たちは数日前から泊まり込んでいるので、俺はオーガス兄様と一緒に行くことになったのだが、兄様がずっとうるさい。

 行きたくないとみっともなく主張する兄様に、ニックが「はいはい」と雑な対応をしていた。ティアンも口には出さないが、じっとオーガス兄様のことを見つめていたので多分呆れているんだと思う。

 屋敷はセドリックを中心とした留守番組の騎士たちがどうにかするだろう。お父様とお母様も留守番だからグリシャも残ることになる。お父様の側近を務めるグリシャは真面目だから大丈夫だろう。あんまり真面目すぎてうちの騎士たちと度々揉めている。特にアロンとは頻繁に言い争いのようなことをしている。そのアロンも王宮に出かけていて不在なので、屋敷は概ね平和だと思う。

 渋るオーガス兄様を馬車にのせていれば、屋敷からキャンベルが出てきた。「あ、キャンベルだ」と呟けば、途端にオーガス兄様がシャキッと背筋を伸ばした。

「オーガス様。私は後で向かいますので」
「ゆっくりでいいよ。パーティーに間に合えばそれでいいんだから」

 先程までとは打って変わって、にこやかに対応するオーガス兄様をじとっと見つめる。うだうだと渋っていたくせに。キャンベルの前だと格好つけるのか。なるほど。

 だが兄様のお世話が面倒になってきていたのでキャンベルが来てくれて助かった。「行ってくるね」と大人な対応をするオーガス兄様に、キャンベルが「ではまたあとで」と手を振った。ケイシーは小さいからお留守番。

 キャンベルは早々に王宮へ行ってもやることないので、パーティーの時間に合わせて来るらしい。多分、ケイシーのことが心配だからぎりぎりまで一緒に居たいのだろう。

 そうしてようやく王宮に到着した。

 出発の瞬間はキャンベルがいたから物分かりのよかったオーガス兄様であるが、キャンベルの姿が見えなくなるなりまた行きたくないと文句を言い始めた。あんまりしつこいから「うるさいぞ!」と大声を出したら「ご、ごめん」と大人しくなった。俺の膝にのっていた綿毛ちゃんが情けない兄様にケラケラ笑っていた。

 そうして馬車をおりるなり見知った顔が出迎えてくれた。

「ラッセル! 久しぶり」

 白い騎士服に身を包んだラッセルが「お待ちしておりました」と丁寧にお辞儀してくれる。

「お久しぶりです。ユリス様」
「ルイスだけどね」
「っ! 失礼致しました」

 大袈裟に謝罪するラッセルは、相変わらずである。王立騎士団第一部隊の隊長であるラッセルは、オーガス兄様のお友達でもある。世間では忖度お兄さんとして有名な彼は、普段から国内を駆け回って忙しくしている。そんな彼が王宮にいるなんて珍しい。

「仕事ないの?」

 思わず尋ねれば、「あります。まだあります」という固い声が返ってきた。

「妙なことばかりしていないでたまには王宮に戻って来いと殿下に言われてしまいました」
「へー」

 それで慌てて戻ってきたらしい。
 ラッセルは出世がしたくて貴族相手に忖度しまくっている変なお兄さんである。しかし忖度に全力を注ぐあまり本来の業務がおざなりになってエリックに怒られたらしい。馬鹿なんだろうか。

 思わず口から飛び出そうになった言葉をなんとか飲み込んで、「仕事はした方がいいよ」という当たり障りのない返答をしておく。「そうですね」と頷くラッセルは、今夜は王宮内の警備にまわるそうだ。

「マーティーいる?」
「お部屋にいらっしゃるかと」

 俺たちを客室へと案内してくれたラッセルは、そのままオーガス兄様と会話を始めてしまう。なんとなく聞いていたのだが、兄様が「ルイスはマーティーに会ってくれば?」と言うので、それに従っておく。オーガス兄様とラッセルの会話はあまり面白くない。ラッセルが全力で忖度してるのは面白いけど、会話の内容が仕事っぽくて退屈なのだ。

 早速マーティーのもとを訪れようと綿毛ちゃんと共に廊下を進む。ティアンとジャンは荷物を部屋に運び入れるというので置いてきた。エリスちゃんのお世話も任せたぞ。「勝手に外に出ないでくださいよ」と言うティアンに、軽く片手をあげておいた。

 そうしてマーティーの部屋に向かう途中。

 物珍しさもあってきょろきょろしていた俺は、ちょうど角を曲がってきた人物とぶつかりそうになって慌てて足を止めた。

「あ、ごめんなさい」

 反射的に謝って相手を確認すれば、初めましての男性が「いえいえ」と緩く応じるところであった。

 四十代くらいだろうか。
 品のある装いで、一目で貴族っぽいことがわかる。上背があり、おまけに甘いマスクで見た目だけだとどこぞのクソ野郎にも負けないくらいのイケメンである。落ち着き払った佇まいに、綿毛ちゃんも大人しく口を閉じている。

 思わず顔を見つめていれば、男が緩く口角を持ち上げた。
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