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16歳
528 よかったと思ってる
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「これはちょっとおかしいな。こっちがいいかもしれない」
『……坊ちゃん。やめてぇ?』
隙を見て逃げ出そうとする綿毛ちゃんを捕まえて、タオルでぐるぐる巻いていく。ジャンが「あ、ルイス様。それはちょっと」と、やんわり手を伸ばしてくるが綿毛ちゃんは渡さないもんね。
「パーティー行くんだよ。裸じゃおかしいよ」
『オレ毛玉だからよくないぃ? てか絶対にタオルぐるぐる巻きの方がおかしいってば』
「おかしくない!」
『いたっ!』
我儘毛玉をペシッと叩いて、次のタオルを手に取る。綿毛ちゃんに似合うタオルがいまいち見つからない。
ジャンもあんまり協力してくれない。ひとりで悩んでいると、ティアンが「綿毛ちゃんは置いていきましょうよ」と突然ひどいことを言い出した。
「なんで? 綿毛ちゃんが可哀想だから連れて行く」
『オレも行きたい。パーティー』
「ほら。綿毛ちゃんもこう言ってる」
だが、ティアンは「ダメですよ」と素っ気ない。
「喋る犬なんて。絶対に騒ぎになりますよ」
「綿毛ちゃん。絶対にお喋りしたらダメだぞ」
『任せてぇ』
張り切る毛玉は、ふんふん尻尾を振っている。しかしティアンは頑固だった。「ダメです」と繰り返すだけで話が進まない。
「角を見られたらどうするんですか」
「この角は行く前に抜くから大丈夫」
『抜けないよぉ?』
へにゃっと情けない顔をする綿毛ちゃんは、先程までの勢いをなくして座り込んでいる。
試しに角を引っ張ってみるが、やっぱり抜けない。しぶとい角である。
「じゃあ綿毛ちゃんは部屋に置いておく。それならいいでしょ?」
「……まぁ、それなら」
ようやく譲歩したティアンは、俺が散らかしたタオルを回収すると全部ジャンに押し付けた。
パーティーの後、俺たちはそのまま王宮に泊まることになっている。帰宅するのは翌日だ。
「エリスちゃんも連れて行く」
床で昼寝していたエリスちゃんを持ち上げれば、小さくにゃあと鳴いた。ティアンも今度はダメとは言わなかった。
今回はブルース兄様もオーガス兄様も一緒にお出かけである。ユリスは迷っていたが、結局行かないことにしたらしい。だがユリスは犬と猫のお世話をしてくれないので、やっぱり犬猫は連れて行くしかない。
お父様とお母様は行かないと言っていた。国王陛下からの誘いなら考えるが、エリックの誘いなら別に行かなくてもいいかなとさらっと酷いことを言っていた。
そんな感じで準備を整えて、ユリスの部屋に向かう。ティアンとジャンはまだ準備があるというので置いてきた。綿毛ちゃんも一緒にお手伝いすると張り切っていたので部屋に残してきた。
「留守番できるか?」
「できるに決まっているだろう。僕はルイスよりも大人だぞ」
「は? 俺の方が大人ですが?」
抱えていたエリスちゃんの手を握って、えいっと猫パンチをお見舞いしてやる。眉を寄せるだけでたいして文句も言わないユリスは、気怠そうに欠伸をした。
室内にはユリスひとりだった。
タイラーはいない。別の仕事でもしているのだろうか。
「いいか。パーティーで変な奴に絡まれたらとりあえずエリックの名前を出しておけ」
「わかった」
ユリスいわく、「エリックに言ってやるぅ!」という脅し文句で大抵のことはなんとかなるらしい。任せておけ。俺、告げ口は割と得意だ。
「本当に行かなくてもいいの? 綿毛ちゃんとエリスちゃんも連れて行くけど」
「行かない」
ならいいんだけど。
なんとなくユリスの向かいの席に腰を下ろして、窓の外を眺める。エリスちゃんを床におろせば、俺の足元で丸くなる。遠くから出発に向けて準備をしているらしい騎士たちの大声が響いてくる。
「……僕が巻き込んでおいてこんなことを言うのもなんだが」
「うん?」
頬杖をついてユリスを視界に入れると、珍しく困ったような表情をする彼と目があった。いつも妙な自信に満ちているユリスにしては珍しい顔だ。驚いて背筋を伸ばせば、ユリスが俺を見据えたままゆっくりと口を開いた。
「戻りたいとは思わないのか?」
目を瞬いて考える。戻るってどこにだ。
俺の困惑を感じたのか。ユリスが「その。おまえがいたという世界に」と遠慮がちに言い添えた。
「……あ、あぁ。そんなのもあったね」
面食らう俺に、ユリスが「なんでそんな他人事なんだ」と眉を寄せる。
だって仕方がないだろう。ここ最近はそんなこと考えもしなかった。
「正直、もうなんも覚えてないや」
そもそもこの世界に来た時から、もとの世界の記憶はぼんやりとしかなかった。それが最近ではさらに薄れている。
「だから戻りたいとは思わないかな。覚えてないし」
そうか、と小さく頷くユリスに「戻れるの?」と訊いてみる。ユリスがやっている魔法研究が進んだという話はまだ聞かない。
案の定、ユリスは「無理だろうな」と即答する。無理なんかい。じゃあそんなこと聞くなよ。
だが、ユリスは居心地悪そうにしている。何か言いたいことがありそうな顔だ。
「なに?」
「ん」
「んー? なに?」
ちょっと笑ってユリスの足を軽く蹴ってみれば「やめろ」とシンプルに怒られた。ひどい。
一度テーブルに突っ伏して、ユリスを見上げる。「なに?」としつこく繰り返してやれば、観念したように息を吐いた。
「僕は、ルイスがいてよかったと思っている」
おまえにとっては突然知らない場所に放り込まれて迷惑だったろうけど、と視線を逸らすユリスを眺める。
「俺も。ユリスがいてよかったって思ってるよ」
一緒だね、とくすくす笑えば、ユリスが「そうだな」と素っ気なく返してきた。
『……坊ちゃん。やめてぇ?』
隙を見て逃げ出そうとする綿毛ちゃんを捕まえて、タオルでぐるぐる巻いていく。ジャンが「あ、ルイス様。それはちょっと」と、やんわり手を伸ばしてくるが綿毛ちゃんは渡さないもんね。
「パーティー行くんだよ。裸じゃおかしいよ」
『オレ毛玉だからよくないぃ? てか絶対にタオルぐるぐる巻きの方がおかしいってば』
「おかしくない!」
『いたっ!』
我儘毛玉をペシッと叩いて、次のタオルを手に取る。綿毛ちゃんに似合うタオルがいまいち見つからない。
ジャンもあんまり協力してくれない。ひとりで悩んでいると、ティアンが「綿毛ちゃんは置いていきましょうよ」と突然ひどいことを言い出した。
「なんで? 綿毛ちゃんが可哀想だから連れて行く」
『オレも行きたい。パーティー』
「ほら。綿毛ちゃんもこう言ってる」
だが、ティアンは「ダメですよ」と素っ気ない。
「喋る犬なんて。絶対に騒ぎになりますよ」
「綿毛ちゃん。絶対にお喋りしたらダメだぞ」
『任せてぇ』
張り切る毛玉は、ふんふん尻尾を振っている。しかしティアンは頑固だった。「ダメです」と繰り返すだけで話が進まない。
「角を見られたらどうするんですか」
「この角は行く前に抜くから大丈夫」
『抜けないよぉ?』
へにゃっと情けない顔をする綿毛ちゃんは、先程までの勢いをなくして座り込んでいる。
試しに角を引っ張ってみるが、やっぱり抜けない。しぶとい角である。
「じゃあ綿毛ちゃんは部屋に置いておく。それならいいでしょ?」
「……まぁ、それなら」
ようやく譲歩したティアンは、俺が散らかしたタオルを回収すると全部ジャンに押し付けた。
パーティーの後、俺たちはそのまま王宮に泊まることになっている。帰宅するのは翌日だ。
「エリスちゃんも連れて行く」
床で昼寝していたエリスちゃんを持ち上げれば、小さくにゃあと鳴いた。ティアンも今度はダメとは言わなかった。
今回はブルース兄様もオーガス兄様も一緒にお出かけである。ユリスは迷っていたが、結局行かないことにしたらしい。だがユリスは犬と猫のお世話をしてくれないので、やっぱり犬猫は連れて行くしかない。
お父様とお母様は行かないと言っていた。国王陛下からの誘いなら考えるが、エリックの誘いなら別に行かなくてもいいかなとさらっと酷いことを言っていた。
そんな感じで準備を整えて、ユリスの部屋に向かう。ティアンとジャンはまだ準備があるというので置いてきた。綿毛ちゃんも一緒にお手伝いすると張り切っていたので部屋に残してきた。
「留守番できるか?」
「できるに決まっているだろう。僕はルイスよりも大人だぞ」
「は? 俺の方が大人ですが?」
抱えていたエリスちゃんの手を握って、えいっと猫パンチをお見舞いしてやる。眉を寄せるだけでたいして文句も言わないユリスは、気怠そうに欠伸をした。
室内にはユリスひとりだった。
タイラーはいない。別の仕事でもしているのだろうか。
「いいか。パーティーで変な奴に絡まれたらとりあえずエリックの名前を出しておけ」
「わかった」
ユリスいわく、「エリックに言ってやるぅ!」という脅し文句で大抵のことはなんとかなるらしい。任せておけ。俺、告げ口は割と得意だ。
「本当に行かなくてもいいの? 綿毛ちゃんとエリスちゃんも連れて行くけど」
「行かない」
ならいいんだけど。
なんとなくユリスの向かいの席に腰を下ろして、窓の外を眺める。エリスちゃんを床におろせば、俺の足元で丸くなる。遠くから出発に向けて準備をしているらしい騎士たちの大声が響いてくる。
「……僕が巻き込んでおいてこんなことを言うのもなんだが」
「うん?」
頬杖をついてユリスを視界に入れると、珍しく困ったような表情をする彼と目があった。いつも妙な自信に満ちているユリスにしては珍しい顔だ。驚いて背筋を伸ばせば、ユリスが俺を見据えたままゆっくりと口を開いた。
「戻りたいとは思わないのか?」
目を瞬いて考える。戻るってどこにだ。
俺の困惑を感じたのか。ユリスが「その。おまえがいたという世界に」と遠慮がちに言い添えた。
「……あ、あぁ。そんなのもあったね」
面食らう俺に、ユリスが「なんでそんな他人事なんだ」と眉を寄せる。
だって仕方がないだろう。ここ最近はそんなこと考えもしなかった。
「正直、もうなんも覚えてないや」
そもそもこの世界に来た時から、もとの世界の記憶はぼんやりとしかなかった。それが最近ではさらに薄れている。
「だから戻りたいとは思わないかな。覚えてないし」
そうか、と小さく頷くユリスに「戻れるの?」と訊いてみる。ユリスがやっている魔法研究が進んだという話はまだ聞かない。
案の定、ユリスは「無理だろうな」と即答する。無理なんかい。じゃあそんなこと聞くなよ。
だが、ユリスは居心地悪そうにしている。何か言いたいことがありそうな顔だ。
「なに?」
「ん」
「んー? なに?」
ちょっと笑ってユリスの足を軽く蹴ってみれば「やめろ」とシンプルに怒られた。ひどい。
一度テーブルに突っ伏して、ユリスを見上げる。「なに?」としつこく繰り返してやれば、観念したように息を吐いた。
「僕は、ルイスがいてよかったと思っている」
おまえにとっては突然知らない場所に放り込まれて迷惑だったろうけど、と視線を逸らすユリスを眺める。
「俺も。ユリスがいてよかったって思ってるよ」
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