冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

526 構うな

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「俺が何か迷惑をかけていますか?」
「……」

 強気にセドリックへと立ち向かうニックは、実に堂々とした態度であった。まるで悪いことなんて何ひとつやっていないとでも言いたげである。開き直り方がすごいな。

 ティアンと並んで、団長とニックのやり取りを静観することにする。

「何か不都合でも? 俺がなにをしたって言うんですか」

 なにって。セドリックのストーカーだろう。もう何年やっているのかわかったものではない。

 ティアンが呆れたような目をニックに向けている。到底、先輩に向ける目ではない。

 己から言い出したにも関わらず、無反応を決め込むセドリックもどういうつもりなのか。

 だが、今日のセドリックは普段のセドリックではない。一瞬黙り込むものの、すぐにニックを見据えて鋭い目線となった。

「はっきり言って迷惑だ」
「俺は別に困っていませんけど」
「私が困っている」

 頑張れ、セドリック。わけのわからない部下に負けるな。固唾を飲んで見守っていれば、セドリックがさらに詰め寄る。

「仕事をしろ。私のことは放っておけ」
「仕事はしています。団長のことを放っておけるわけがないです」

 しぶといニックは、すごく自信に満ちていた。己が加害者であることを絶対に認めない姿勢を貫いている。なんて嫌な奴。普段からアロンと仲良くしているだけのことはある。

「頑張れ! セドリック! ニックに負けるな!」

 思わず応援すれば、ティアンが慌てたように「やめてください。なんで首を突っ込もうとするんですか」と俺の肩を掴んできた。

 俺の大声を受けて僅かに眉を寄せたセドリックは、けれども小さく頷いた。そうして再びニックを見据えると「もういいだろう」と意味深な言葉を吐く。

「おまえが私の後をついてくるのは昔からだったが。もうそろそろいいだろう。いい加減自立したらどうだ」

 途端に黙り込むニックは、なぜか一歩後ろに下がった。その隙を逃すまいとセドリックは腕を組む。

「もう子供じゃないんだ。私に執着しなくても、おまえには友と呼べる奴がいるだろう」

 ぎゅっと眉間に力を入れるニックは、セドリックから顔を背けてしまう。その居心地悪そうな佇まいに、セドリックが「その友がまともな人間かどうかはさて置いて」と余計なひと言を付け足している。

 セドリックの言うニックの友達とは多分アロンとレナルドのことだ。よく三人で一緒に居るところを目撃する。

 確かに、まともな人間ではないかもしれない。でもニックもあのふたりと似たようなものだから問題はないだろう。

「前から言おうと思っていたのだが。友達は選んだ方がいいぞ」

 なにやらニックに喧嘩を売り始めたセドリック。俺のほうがハラハラしてしまう。ティアンもしきりにふたりの顔を見比べている。

「なんにせよ。よかったじゃないか。一応友達らしきものができて。だからもう私に構うな。昔のようにおまえにばかり気を配っているわけにもいかないのだから」

 セドリックにしては長めのセリフを吐いて、それきり沈黙が降りる。一方的に捲し立てて満足したのか。それ以上口を開く気配のないセドリックは、じっとニックのことを見つめている。

 自然とみんなの視線を集めることになった彼は、こっそりと拳を握っていた。まさか殴り合いの喧嘩になるんじゃないだろうな。ちょっと心配になってティアンの袖を引けば、彼は「大丈夫ですよ、たぶん」と曖昧な返答をよこした。

「俺は、そういうつもりじゃ」

 やがてぼそっと呟いたニックは、俯いたままセドリックに背中を向けた。そうして逃げるように走り去っていった。

「追いかけなくていいの?」

 なんとなくセドリックに尋ねれば、彼は「いえ。放っておきましょう」と緩く首を左右に振った。

「ニックとなにかあったの?」

 なんだか昔なにかあったかのような物言いだった。

 しかし、セドリックはちょっぴり片眉を持ち上げただけで教えてくれない。こいつが無口なのはいつものことだ。先程までの饒舌さが珍しかっただけである。

 セドリックがきちんと仕事しているのか見にきたのだが、それどころではない空気だ。それに普段はなにを言われても強気なニックが逃げるように走っていったのも気になる。俺が行ってどうにかなるわけでもないけど。それでも悔しそうに俯くニックの顔が頭から離れない。

「セドリック。屋敷は任せたってブルース兄様が言ってたよ」
「はい。お任せください」

 相変わらずの無表情で頷くことを確認して、俺はティアンと共にニックを追いかけに行った。
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