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16歳

519 負けた気分

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「ただいまぁ!」

 屋敷に到着するなり、俺は馬車を降りてブルース兄様の部屋へと走った。

 なんかユリスがいないことで屋敷が大騒ぎなのではないかと心配になったのだ。当のユリスは疲れたと欠伸をしながら早々に自室へと戻っていった。

 だが、肝心のブルース兄様はいなかった。代わりにソファーで寝そべっていたアロンがゆっくりと体を起こす。

「おかえりなさい」
「寝てたの?」
「いいえ。仕事してたんですよ」

 嘘だな。なんでそんなにわかりやすい嘘を吐くのだろうか。さすがアロン。

「兄様は?」

 雑に頭を掻くアロンは、「あぁ」と怠そうな声を発して窓の方へと顔を向けた。

「なんか慌てて出て行きましたよ。ユリス様がどうとか。よくわかりませんけどね」
「なんだって」

 それ絶対にユリスを探しに行ってるじゃん。呑気なアロンは「ユリス様がどうかしたんですか?」と俺に訊いてくる。

 そこでユリスが俺についてきてしまってブルース兄様が心配しているであろうことを教えれば、アロンは「ふーん」と興味なさそうに話を切り上げようとしてくる。

「なんでそんなに興味なさそうなの」
「え? だってユリス様はご無事なんでしょう? だったら別に騒ぐ必要ないですよ」
「それはそうだけど」

 とにかくブルース兄様にユリス無事と教えてあげないといけない。

「行くよ、アロン」

 いまだにソファーから立ち上がる気配のないアロンの腕を引っ張れば、彼は「え?」と怪訝な顔をした。

「なんで俺が」
「だってブルース兄様どこにいるのかわかんない」

 一緒に探そうと促せば、アロンは渋々といった感じで立ち上がった。

「ティアンは?」
「カル先生と一緒だけど」

 俺は馬車を降りるなりここまで一直線に走ってきた。その背後でティアンがカル先生と話し込んでいたからそちらに居るはずだ。

 うだうだとやる気のないアロンの手を引いて廊下に出る。「あ、上着」と怠そうに呟いたアロンだが、すぐに「まぁいいや」と諦めていた。シャツ一枚といったラフな格好で、なおかつボタンも数個とまっていない。なんというか近所のお兄ちゃんといった感じの格好である。性格はクソだけど、格好だけはいつもまともなアロンにしてはちょっぴり珍しい。

 じっと見つめていれば、アロンが「なんですか」と目敏く問いかけてきた。

「ボタン」

 ん、と胸元を示せば、アロンが「あぁ」と短く応じた。いそいそとボタンをとめる彼は、ついでのように欠伸をこぼした。

「ルイス様は最近いつもきっちりしてますね。昔はもっと適当な格好してませんでしたか?」
「そうだね」

 適当というか。遊ぶのに邪魔で着崩していた。だって泥遊びとかするのに袖が邪魔だったりするから。ジャンが毎度そっと近寄ってきて無言で整えていた。懐かしい。

 隣に並ぶアロンを見上げる。昔と比べたらずっと目線が近くなったとは思うけど、まだまだアロンのほうが身長高い。

「俺のこと抱っこできる?」

 ふと思い付いて訊いてみれば、アロンが器用に片眉を持ち上げた。昔はよくアロンに抱っこしてもらっていた。でも俺が大きくなった今、さすがに無理だろうと挑むような感じでいれば、アロンは「それくらい。できますよ」とあっさり応じた。

「嘘だぁ。俺大きくなったもん」
「いやいや。そんなに変わりませんって」
「なんだと!?」

 俺だって身長伸びたもん。
 ムスッとする俺に、アロンは袖を捲って「動かないでくださいよ」と寄ってくる。そうして俺の背後にまわったアロンは、おもむろに俺を抱きかかえた。

「う、わ」

 首に手をまわすように言われて、従っておく。これはあれだ。いわゆるお姫様抱っこだ。

「……」
「なんで黙るんですか」

 無反応な俺に、アロンが不満そうな声を出す。
 なんか突然でびっくりしてしまった。

 こんなあっさり抱っこできるものなのか? 俺大きくなったのに? 俺が小さいのか、アロンが力持ちなのか。多分どっちもだろう。

「……なんか負けた気分」
「なにと戦っているんですか」

 別に戦ってはいないけどさ。
 俺を横抱きにしたままアロンは前に進む。アロンの首に手をまわしたままじっとその顔を見つめてみる。

「アロンはさぁ」
「なんですか」
「いつまでうちにいるの?」
「どういう意味ですか?」
「実家に戻ったりしないの? クレイグ団長みたいに」

 アロンは伯爵家の長男である。妹のアリアがブルース兄様と結婚してしまったから、伯爵家はアロンが継ぐしかないはずである。

 そうであれば、クレイグのように早々に騎士団を辞めてしまうのではないか。

 だが、俺の心配を笑い飛ばしたアロンは楽しそうに目を細める。

「俺がルイス様の側を離れるわけないじゃないですか」
「本当に?」
「ルイス様がついてきてくれるって言うのなら俺も実家に戻ってもいいんですが」
「それはちょっと」
「そこは頷くところですよ」

 機嫌の良さそうな顔から一転して半眼になるアロンは「ルイス様のせいでいつまでも伯爵家を継げません」と酷い責任転嫁をしてきた。

「ブルース様に譲ってもいいんですけどね」
「無理じゃない?」

 ブルース兄様がいないとオーガス兄様の仕事が滞る。ブルース兄様もそう思っているはずだから、兄様がここを出て行くことはないと思う。アリアもミュンスト伯爵家に戻るつもりはなさそうだ。

「アロンのお父さんってどんな人?」

 一度だけミュンスト伯爵家にお邪魔したことはあるが、伯爵には会えなかった。

「俺に似てるらしいですよ。自分ではそうは思いませんけど」
「それは顔が? それとも性格が?」
「どっちも」
「うへぇ」

 そういえば、ブルース兄様もミュンスト伯爵には関わりたくないみたいなことを前に言っていた。

 思わず顔を顰める俺に、アロンが「ルイス様って相変わらず失礼ですよね」と息を吐いた。
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