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16歳
517 先の話
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「行ってくる」
「がんばれ」
俺の代わりにブランシェを振ってくると気合い十分のユリスと別れて、うんと伸びをする。
同じ顔がふたりいるところを見られてしまうとまずいので、俺はティアンと共に馬車で待つことにした。
いつもスピネット子爵家から少し離れたところに馬車を停めて、そこからはカル先生と歩いていくのだ。はやくも疲れた顔をしていたカル先生は「くれぐれも余計なことはしないでくださいよ」とユリスを言い含めている。それを無視するユリスは、多分どうにかなると考えているのだろう。ユリスは色々と誤魔化すことが得意だ。
「暇だね。いつも何してんの?」
馬車を停めたのは人通りのない空き地みたいな場所だった。スピネット子爵家までの道は少し人の手が入っているが、ちょっと横に逸れると草が生い茂っており人が滅多に立ち入らないことが窺える。
「何もしてませんけど。あ、でも暇潰しに本読んでますよ」
「ふーん」
御者役を務める騎士さんも外で暇そうにしている。
なんだか毎度ティアンたちを待たせていることが申し訳なく思えてくる。だが、ティアンは少し待つくらいなんともないと言ってくれる。
「綿毛ちゃん持ってくればよかった」
草むらの中を散歩させたら喜ぶと思う。ね? とティアンに同意を求めれば「え、喜びますかね?」という微妙な反応が返ってきた。
綿毛ちゃんは庭で遊ぶの大好きだから喜ぶと思うよ。
「ユリス、ちゃんとやってるかなぁ」
「……どうですかね」
遠い目をするティアンは、あんまりユリスのことを信用していない。というか、タイラーはどうしたんだろうか。
出発直前になって突然馬車に乗り込んできたユリスである。余裕がなかったために気が回らなかったが、タイラーが一緒じゃないのはおかしい。
ティアンに尋ねれば、彼はすんと真顔になった。
「……屋敷の方、騒ぎになっていたりしないですよね?」
おそるおそる問われて、目を瞬く。あのユリスが周囲への気遣いなんてするわけがない。どうにか俺たちに同行しようと出発直前に合流してきたのだろう。
であれば、普通に考えてタイラーには内緒で出て来たに違いない。タイラーは頑固で融通がきかないので。こんな強硬手段を許すわけがない。
ユリスがいないと騒ぎになっていたらどうしよう。いや、絶対に騒ぎになっている。
ティアンと顔を見合わせる。勢いよく馬車を飛び出したティアンは、帰り道の方角を見遣って頭を抱えている。
タイラーがユリスの不在に気がつくのはいつだろうか。きっとすぐに気がつく。そうしてヴィアン家内を隅々まで探してもユリスを発見できずにブルース兄様へ報告するのだ。兄様は、ユリスが俺たちと一緒にいる可能性を考えるのだろうか。
「終わったらすぐに帰ろう」
「そうですね。それしかないですよね」
苦い顔をするティアンは、ため息を堪えるように額を押さえている。ユリスめ。
俺も馬車を降りて、ティアンの隣に立つ。
どうしてティアンのほうが身長高いのだろうか。
じっとティアンの顔を眺めていれば、視線を察知した彼が「なんですか?」と顔を向けてきた。別に後ろめたいことなんてないのに。咄嗟に俯いた俺は周囲に視線を走らせた。
「ここら辺って全部ブランシェのとこの領地なの?」
誤魔化すようにどうでもいい質問をすれば、ティアンは特に不審がる素振りもなく「いいえ」と何もない土地を見渡した。
「スピネット子爵家は領地を持たない家なので」
「そうなの?」
なんでも比較的最近与えられた爵位らしく、領地は与えられていないのだという。そういえば、新しい子爵家だとカル先生も言っていたな。
「代々王立騎士団に勤めていた家で。功績が認められて爵位を与えられたんですよ」
「へー。じゃあティアンのとこも?」
「うちはちゃんと領地ありますよ」
ティアンの実家であるジャネック伯爵家は歴史ある家柄らしい。もともとあった伯爵家に跡継ぎの男の子が生まれず困っていたところ、ティアンの父親であるクレイグがジャネック伯爵家のご令嬢と結婚して伯爵家を引き継いだという流れらしい。
そういえば、アロンが一時期クレイグのことを成り上がり伯爵と呼んでいた。
要するに、クレイグはもともと単なる騎士だったが、ヴィアン家の騎士団にて功績をあげてジャネック伯爵家の長女と結婚。ふたりの間にティアンが生まれたということだ。
そういう理由もあって、クレイグは早いうちから騎士団を辞めたがっていた。領地が云々言っていたのをブルース兄様がもうちょい働けと無茶なことを言っていたな。
だが、スピネット子爵家は領地を持たないらしいので、クレイグのように慌てて騎士を辞めなくてもいいということだろう。
だが、その流れだとティアンもそのうち辞めて領地に戻ることになるのでは? まだまだ父親であるクレイグが現役だからしばらくは大丈夫だろうけど。
「……」
ティアンって、いつまで俺の側に居てくれるのだろうか。ちょっと考えてみるが、よくわからない。
まぁ。まだまだ先の話だからね。
「がんばれ」
俺の代わりにブランシェを振ってくると気合い十分のユリスと別れて、うんと伸びをする。
同じ顔がふたりいるところを見られてしまうとまずいので、俺はティアンと共に馬車で待つことにした。
いつもスピネット子爵家から少し離れたところに馬車を停めて、そこからはカル先生と歩いていくのだ。はやくも疲れた顔をしていたカル先生は「くれぐれも余計なことはしないでくださいよ」とユリスを言い含めている。それを無視するユリスは、多分どうにかなると考えているのだろう。ユリスは色々と誤魔化すことが得意だ。
「暇だね。いつも何してんの?」
馬車を停めたのは人通りのない空き地みたいな場所だった。スピネット子爵家までの道は少し人の手が入っているが、ちょっと横に逸れると草が生い茂っており人が滅多に立ち入らないことが窺える。
「何もしてませんけど。あ、でも暇潰しに本読んでますよ」
「ふーん」
御者役を務める騎士さんも外で暇そうにしている。
なんだか毎度ティアンたちを待たせていることが申し訳なく思えてくる。だが、ティアンは少し待つくらいなんともないと言ってくれる。
「綿毛ちゃん持ってくればよかった」
草むらの中を散歩させたら喜ぶと思う。ね? とティアンに同意を求めれば「え、喜びますかね?」という微妙な反応が返ってきた。
綿毛ちゃんは庭で遊ぶの大好きだから喜ぶと思うよ。
「ユリス、ちゃんとやってるかなぁ」
「……どうですかね」
遠い目をするティアンは、あんまりユリスのことを信用していない。というか、タイラーはどうしたんだろうか。
出発直前になって突然馬車に乗り込んできたユリスである。余裕がなかったために気が回らなかったが、タイラーが一緒じゃないのはおかしい。
ティアンに尋ねれば、彼はすんと真顔になった。
「……屋敷の方、騒ぎになっていたりしないですよね?」
おそるおそる問われて、目を瞬く。あのユリスが周囲への気遣いなんてするわけがない。どうにか俺たちに同行しようと出発直前に合流してきたのだろう。
であれば、普通に考えてタイラーには内緒で出て来たに違いない。タイラーは頑固で融通がきかないので。こんな強硬手段を許すわけがない。
ユリスがいないと騒ぎになっていたらどうしよう。いや、絶対に騒ぎになっている。
ティアンと顔を見合わせる。勢いよく馬車を飛び出したティアンは、帰り道の方角を見遣って頭を抱えている。
タイラーがユリスの不在に気がつくのはいつだろうか。きっとすぐに気がつく。そうしてヴィアン家内を隅々まで探してもユリスを発見できずにブルース兄様へ報告するのだ。兄様は、ユリスが俺たちと一緒にいる可能性を考えるのだろうか。
「終わったらすぐに帰ろう」
「そうですね。それしかないですよね」
苦い顔をするティアンは、ため息を堪えるように額を押さえている。ユリスめ。
俺も馬車を降りて、ティアンの隣に立つ。
どうしてティアンのほうが身長高いのだろうか。
じっとティアンの顔を眺めていれば、視線を察知した彼が「なんですか?」と顔を向けてきた。別に後ろめたいことなんてないのに。咄嗟に俯いた俺は周囲に視線を走らせた。
「ここら辺って全部ブランシェのとこの領地なの?」
誤魔化すようにどうでもいい質問をすれば、ティアンは特に不審がる素振りもなく「いいえ」と何もない土地を見渡した。
「スピネット子爵家は領地を持たない家なので」
「そうなの?」
なんでも比較的最近与えられた爵位らしく、領地は与えられていないのだという。そういえば、新しい子爵家だとカル先生も言っていたな。
「代々王立騎士団に勤めていた家で。功績が認められて爵位を与えられたんですよ」
「へー。じゃあティアンのとこも?」
「うちはちゃんと領地ありますよ」
ティアンの実家であるジャネック伯爵家は歴史ある家柄らしい。もともとあった伯爵家に跡継ぎの男の子が生まれず困っていたところ、ティアンの父親であるクレイグがジャネック伯爵家のご令嬢と結婚して伯爵家を引き継いだという流れらしい。
そういえば、アロンが一時期クレイグのことを成り上がり伯爵と呼んでいた。
要するに、クレイグはもともと単なる騎士だったが、ヴィアン家の騎士団にて功績をあげてジャネック伯爵家の長女と結婚。ふたりの間にティアンが生まれたということだ。
そういう理由もあって、クレイグは早いうちから騎士団を辞めたがっていた。領地が云々言っていたのをブルース兄様がもうちょい働けと無茶なことを言っていたな。
だが、スピネット子爵家は領地を持たないらしいので、クレイグのように慌てて騎士を辞めなくてもいいということだろう。
だが、その流れだとティアンもそのうち辞めて領地に戻ることになるのでは? まだまだ父親であるクレイグが現役だからしばらくは大丈夫だろうけど。
「……」
ティアンって、いつまで俺の側に居てくれるのだろうか。ちょっと考えてみるが、よくわからない。
まぁ。まだまだ先の話だからね。
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