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16歳
516 不安しかない(sideカル)
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本日もシャノン様の屋敷に向かおうと、ヴィアン家の用意した馬車に乗り込んだ瞬間であった。
「僕も行く」
「え?」
なんの前触れもなく乗り込んできたユリス様に、瞠目した。
ルイス様にとっても予想外の出来事だったらしい。一瞬だけ驚いたように目を見開いていたが、すぐに「いいよ」と呑気に応じている。
良いわけがない。
思わずルイス様の顔を凝視すれば、本日の目的を思い出したのだろう。「やっぱりユリスはダメ!」と焦った様子で言い直している。
だが、一度ルイス様の口から許可をもらったことで意地になったらしいユリス様は「なぜ?」と強気に問いかけながらルイス様の隣に腰を据えた。まったくもって馬車から降りる気配のないユリス様に、ティアンも困ったように眉を寄せている。
それにしても。
すっかりと成長したティアンを改めて観察する。初めて顔を合わせた時、彼はまだ十二歳だった。色白でいかにも貴族のお坊ちゃんといった風貌だったのだが、今では立派な騎士に成長した。
あの頃は、誰よりも熱心に私の授業に耳を傾けていた。ユリス様とルイス様はあまり私の授業には興味がなかったようだ。
それを考えるとルイス様もかなり成長したといえる。
「あのね、俺は遊びに行くんじゃないんだよ」
真面目な顔でユリス様を諭すルイス様。顔は瓜二つなのだが、その仕草や言葉遣いには明確な違いがある。ある程度接すれば、きちんと双子の区別ができるようになるのだから不思議だ。なんというか纏っている空気が異なるのだ。
意地を張ったようにムスッと黙り込むユリス様に、私はティアンと顔を見合わせる。
無言のやり取りで、やはりユリス様は同行させられないと互いに確認しあっていると、御者の男が「そろそろ出発してもよろしいですか?」と尋ねてきた。
ユリス様を降ろしてからだと答えようとしたのだが、その前になぜかルイス様が「いいよ」と即答した。
いやだから。良いわけがない。
ルイス様の言葉に、御者がすぐさま扉を閉めた。「あ」と間抜けな声をもらしたが少々遅かった。ティアンもぽかんとしている。
一応ユリス様を確認するが、ニヤリと満足そうに笑うだけで降りる気などさらさらないようだ。
ここで揉めても時間がとられるだけだ。
約束の時刻に遅れるわけにはいかない。
「ブランシェが犬見せてくれるって言ったんだけどな。全然見せてくれないんだけど」
「犬ならうちにもいるだろう」
「綿毛ちゃんみたいに弱い犬じゃなくて。強そうな犬なんだよ、たぶん」
「ふーん」
呑気にユリス様と会話を始めるルイス様は、あまり事態を深刻に捉えていないらしい。思わずこぼれそうになるため息をなんとか飲み込んだ。
「ユリス様。ついてきてもいいですけど、僕と一緒に馬車で留守番ですからね」
ティアンの苦々しい注意に、ユリス様は「嫌だ」ときっぱり言い返す。それにルイス様が「ダメ。ユリスは待ってて」とまたしても諭しにかかるが、ユリス様は鼻で笑い飛ばしている。
「僕がブランシェに会ってくる。留守番はルイスだ」
「え?」
意味不明な提案に、馬車の中に沈黙がおりた。
腕を組んで首を捻るルイス様は、「なんでユリスが行くの?」ともっともな疑問を投げかけている。
「僕が代わりに行ってブランシェのことを振ってくる」
「はぁ?」
なんだそれは。
眉を寄せるルイス様は、しかし考え込むように一度俯くと、少ししてから顔を上げた。
「本当に上手くできる?」
「ちょっと! ルイス様」
まさかの前向きな反応に、ティアンが慌てている。私も内心穏やかではない。このままだとユリス様の思い通りになってしまいそうな空気である。
「ルイス様。今後もスピネット子爵家に出入りするのですから。余計な騒ぎは起こさない方がよろしいかと」
横からやんわりと口を挟めば、ルイス様は「それもそうだね」とふむふむ頷いている。これにユリス様が面白くないといった顔をした。
「おい、ルイス。真面目に考えろ。このままブランシェを放っておくと面倒なことになるぞ。ブランシェが本気になる前にきっぱり振っておくべきだ。おまえはブランシェに流されそうだから代わりに僕が振ってやる」
「うーん」
ユリス様の勢いに押されて考え込むルイス様。
冗談ではない。正直なところユリス様が上手くルイス様のフリをできるとは思えない。ブランシェ様が訝しんだ際、結局尻拭いをするのは私になってしまう。
「ルイス様。あまり余計なことは」
どうにか思いとどまらせようと奮闘するが、これにユリス様がニヤリと口角を上げた。そのまま「おい」とルイス様の袖を引いた彼は、こそこそと耳打ちを始める。
「……いいよ」
真面目な顔でユリス様に頷きを返したルイス様。まずい。何か私にとって不都合な取引が成立したような気がする。ティアンも同様に考えたのだろう。「なんですか。なにがいいんですか」と双子に詰め寄っている。
「今日はユリスが俺の代わりに行くから」
「だからなんでですか」
食い下がるティアンに、ルイス様がへらりと笑った。
「代わったらユリスがお菓子くれるって」
まさかのお菓子。
そんな対価でいいのか? いや、この場合に一番苦労するのは私なのだということは理解しているのだろうか。
思わず顔を顰める私に、ユリス様が「安心しろ。上手くやる」と得意気に言ってのけるが、生憎とこちらはまったく安心できない。
「僕も行く」
「え?」
なんの前触れもなく乗り込んできたユリス様に、瞠目した。
ルイス様にとっても予想外の出来事だったらしい。一瞬だけ驚いたように目を見開いていたが、すぐに「いいよ」と呑気に応じている。
良いわけがない。
思わずルイス様の顔を凝視すれば、本日の目的を思い出したのだろう。「やっぱりユリスはダメ!」と焦った様子で言い直している。
だが、一度ルイス様の口から許可をもらったことで意地になったらしいユリス様は「なぜ?」と強気に問いかけながらルイス様の隣に腰を据えた。まったくもって馬車から降りる気配のないユリス様に、ティアンも困ったように眉を寄せている。
それにしても。
すっかりと成長したティアンを改めて観察する。初めて顔を合わせた時、彼はまだ十二歳だった。色白でいかにも貴族のお坊ちゃんといった風貌だったのだが、今では立派な騎士に成長した。
あの頃は、誰よりも熱心に私の授業に耳を傾けていた。ユリス様とルイス様はあまり私の授業には興味がなかったようだ。
それを考えるとルイス様もかなり成長したといえる。
「あのね、俺は遊びに行くんじゃないんだよ」
真面目な顔でユリス様を諭すルイス様。顔は瓜二つなのだが、その仕草や言葉遣いには明確な違いがある。ある程度接すれば、きちんと双子の区別ができるようになるのだから不思議だ。なんというか纏っている空気が異なるのだ。
意地を張ったようにムスッと黙り込むユリス様に、私はティアンと顔を見合わせる。
無言のやり取りで、やはりユリス様は同行させられないと互いに確認しあっていると、御者の男が「そろそろ出発してもよろしいですか?」と尋ねてきた。
ユリス様を降ろしてからだと答えようとしたのだが、その前になぜかルイス様が「いいよ」と即答した。
いやだから。良いわけがない。
ルイス様の言葉に、御者がすぐさま扉を閉めた。「あ」と間抜けな声をもらしたが少々遅かった。ティアンもぽかんとしている。
一応ユリス様を確認するが、ニヤリと満足そうに笑うだけで降りる気などさらさらないようだ。
ここで揉めても時間がとられるだけだ。
約束の時刻に遅れるわけにはいかない。
「ブランシェが犬見せてくれるって言ったんだけどな。全然見せてくれないんだけど」
「犬ならうちにもいるだろう」
「綿毛ちゃんみたいに弱い犬じゃなくて。強そうな犬なんだよ、たぶん」
「ふーん」
呑気にユリス様と会話を始めるルイス様は、あまり事態を深刻に捉えていないらしい。思わずこぼれそうになるため息をなんとか飲み込んだ。
「ユリス様。ついてきてもいいですけど、僕と一緒に馬車で留守番ですからね」
ティアンの苦々しい注意に、ユリス様は「嫌だ」ときっぱり言い返す。それにルイス様が「ダメ。ユリスは待ってて」とまたしても諭しにかかるが、ユリス様は鼻で笑い飛ばしている。
「僕がブランシェに会ってくる。留守番はルイスだ」
「え?」
意味不明な提案に、馬車の中に沈黙がおりた。
腕を組んで首を捻るルイス様は、「なんでユリスが行くの?」ともっともな疑問を投げかけている。
「僕が代わりに行ってブランシェのことを振ってくる」
「はぁ?」
なんだそれは。
眉を寄せるルイス様は、しかし考え込むように一度俯くと、少ししてから顔を上げた。
「本当に上手くできる?」
「ちょっと! ルイス様」
まさかの前向きな反応に、ティアンが慌てている。私も内心穏やかではない。このままだとユリス様の思い通りになってしまいそうな空気である。
「ルイス様。今後もスピネット子爵家に出入りするのですから。余計な騒ぎは起こさない方がよろしいかと」
横からやんわりと口を挟めば、ルイス様は「それもそうだね」とふむふむ頷いている。これにユリス様が面白くないといった顔をした。
「おい、ルイス。真面目に考えろ。このままブランシェを放っておくと面倒なことになるぞ。ブランシェが本気になる前にきっぱり振っておくべきだ。おまえはブランシェに流されそうだから代わりに僕が振ってやる」
「うーん」
ユリス様の勢いに押されて考え込むルイス様。
冗談ではない。正直なところユリス様が上手くルイス様のフリをできるとは思えない。ブランシェ様が訝しんだ際、結局尻拭いをするのは私になってしまう。
「ルイス様。あまり余計なことは」
どうにか思いとどまらせようと奮闘するが、これにユリス様がニヤリと口角を上げた。そのまま「おい」とルイス様の袖を引いた彼は、こそこそと耳打ちを始める。
「……いいよ」
真面目な顔でユリス様に頷きを返したルイス様。まずい。何か私にとって不都合な取引が成立したような気がする。ティアンも同様に考えたのだろう。「なんですか。なにがいいんですか」と双子に詰め寄っている。
「今日はユリスが俺の代わりに行くから」
「だからなんでですか」
食い下がるティアンに、ルイス様がへらりと笑った。
「代わったらユリスがお菓子くれるって」
まさかのお菓子。
そんな対価でいいのか? いや、この場合に一番苦労するのは私なのだということは理解しているのだろうか。
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