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16歳
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「お待ちしておりました」
にこりと微笑むブランシェに、俺も笑顔を返しておく。
再びスピネット子爵家を訪れることになった。前回俺が大人しくしていたと知って、兄様たちも反対はしなかった。ティアンは馬車でお留守番。アロンは最後まで同行するか迷っていたみたいだが、「おまえは俺の護衛という仕事を忘れたのか?」というブルース兄様の冷たい言葉に、渋々同行を諦めていた。
そうして子爵家にはカル先生とふたりでお邪魔したのだが、玄関先にて俺の進路を塞ぐようにブランシェが立ち塞がってくる。いや、邪魔だっての。
「あの」
退いてほしいとの思いを込めてブランシェを見上げれば、彼が何かを堪えるように眉間に深い皺を刻んだ。そのブルース兄様そっくりの不機嫌顔はなんだ。何か不満でもあるのか。このままではカル先生に置いていかれる。
勢いのままに問い詰めたくなる気持ちを必死に抑えて、なんとか笑顔を作っておく。多少引き攣ってしまうが、ブランシェには気付かれていないようだ。鋭いのか鈍いのか、いまいちわからない。
俺が後ろに居ないことを不審に思ったらしいカル先生が振り返ってくる。ブランシェによって地味に足止めされているこの状況に、カル先生が静かに天を仰いでいた。そんな諦めたような表情をしていないで助けてほしい。
「ブランシェ様? あの、僕そろそろ」
シャノンの部屋に向かわなければならないと前方を控えめに指差せば、ようやくブランシェがハッとした。
「これは失礼」
どうやら俺を足止めしているという自覚はなかったらしい。こっわぁ。働き過ぎで疲れているのではと心配になる。ブランシェはどことなくブルース兄様に似ているから。
ブルース兄様は普段は真面目で融通がきかないのだが、ごくごくたまに疲労が原因で変なことをやらかしている。その度にアロンが大声で兄様を責めている。あのクソ野郎は人がなにか隙を見せると、ここぞとばかりに責め立てるのだ。普段の自分のおサボりややらかしは頭の中からすっぽ抜けるらしい。
大体はニックかレナルドが仲裁に入る。そして最終的にはブルース兄様がアロンに掴みかかって大騒動になるのだ。その側では、ユリスがにやにやと見学している。いつもは兄様には近寄らないユリスだが、揉め事が起こるとどこからともなく姿を現す。
もしやブランシェもお疲れモードなのか?
普段から王宮と屋敷を往復しているらしいので、疲れが溜まるのも納得。屋敷にいる時くらい俺に構わずゆっくりしておけばいいのに。真面目な騎士さんは、身元が少々不明な俺を屋敷内で野放しにできないのだろうか。なんか申し訳ない。
「あの、僕は今日も見学だけなので」
やましいことはないとアピールしてみるが、ブランシェは「そうですか。見学でしたらいくらでもどうぞ」と、よく理解していないような返答。
なんだ、こいつ。
見学していけと言う割には、いまだに俺の前に突っ立っている。ツッコミ待ち? それはちょっと。普段の俺だったら「どういうつもりだ!」と掴みかかる場面であるが、今の俺はカル先生の弟子という立場。そんな無茶なことはできない。
結果、曖昧に微笑むことしかできない。
「えっと。お、じゃないや。僕もシャノン様のお部屋に」
「はい。ご案内しますよ」
「え?」
一度来たことあるから場所はわかる。
それにカル先生が前にいる。案内してもらう必要はない。やんわりお断りするが、ブランシェは聞こえないふりをしてしまう。「どうぞこちらへ」とにこやかに案内されれば、これ以上拒否することもできなかった。
ブランシェの背中を追ってカル先生のもとへ向かう。さりげなく俺の隣に並ぼうとしてくるブランシェ。どういうつもりだ。こちらはカル先生から礼儀正しい振る舞いをしろと言われている。
考えてみたのだが、ブランシェの隣に俺が並ぶのはおかしい気がする。ジャンだっていつも俺の後ろに控えている。それを真似してそっと一歩後ろに下がろうとするのだが、そうするとブランシェがまた歩みを止めて俺の隣を狙ってくる。
なにこれ、むっず。
俺がきちんとした振る舞いをしようと頑張っているのに、向こうが邪魔をしてくるのではどうしようもない。なんだか腹が立ってくる。
割り切ってブランシェの隣に並べば、カル先生が変な顔をしていることに気が付いた。どうせブランシェの隣に並ぶなとでも言いたいのだろう。だが俺を責めてもどうしようもないぞ。ブランシェが勝手に近寄ってくるのだから。
「ルイスさんは家庭教師を目指されているのですか?」
「え、あ、はい。まだまだ勉強中ですが」
当たり障りのない受け答えをしていると、ブランシェが柔らかく笑った。怖そうな顔をしているのに、結構よく笑う人である。
「ルイスさんにぴったりですね」
「そう、ですか?」
一瞬なんのことかわからなかった。しかし、すぐに家庭教師のことだと理解する。ぴったり? 俺に?
「そんなこと初めて言われました」
兄様たちは反対はしないが、俺にぴったりの職業だとは言わない。「勉強好きだったっけ?」とお父様に言われた。
なんというか。
この間からブランシェと会話があまり噛み合わないな。
にこりと微笑むブランシェに、俺も笑顔を返しておく。
再びスピネット子爵家を訪れることになった。前回俺が大人しくしていたと知って、兄様たちも反対はしなかった。ティアンは馬車でお留守番。アロンは最後まで同行するか迷っていたみたいだが、「おまえは俺の護衛という仕事を忘れたのか?」というブルース兄様の冷たい言葉に、渋々同行を諦めていた。
そうして子爵家にはカル先生とふたりでお邪魔したのだが、玄関先にて俺の進路を塞ぐようにブランシェが立ち塞がってくる。いや、邪魔だっての。
「あの」
退いてほしいとの思いを込めてブランシェを見上げれば、彼が何かを堪えるように眉間に深い皺を刻んだ。そのブルース兄様そっくりの不機嫌顔はなんだ。何か不満でもあるのか。このままではカル先生に置いていかれる。
勢いのままに問い詰めたくなる気持ちを必死に抑えて、なんとか笑顔を作っておく。多少引き攣ってしまうが、ブランシェには気付かれていないようだ。鋭いのか鈍いのか、いまいちわからない。
俺が後ろに居ないことを不審に思ったらしいカル先生が振り返ってくる。ブランシェによって地味に足止めされているこの状況に、カル先生が静かに天を仰いでいた。そんな諦めたような表情をしていないで助けてほしい。
「ブランシェ様? あの、僕そろそろ」
シャノンの部屋に向かわなければならないと前方を控えめに指差せば、ようやくブランシェがハッとした。
「これは失礼」
どうやら俺を足止めしているという自覚はなかったらしい。こっわぁ。働き過ぎで疲れているのではと心配になる。ブランシェはどことなくブルース兄様に似ているから。
ブルース兄様は普段は真面目で融通がきかないのだが、ごくごくたまに疲労が原因で変なことをやらかしている。その度にアロンが大声で兄様を責めている。あのクソ野郎は人がなにか隙を見せると、ここぞとばかりに責め立てるのだ。普段の自分のおサボりややらかしは頭の中からすっぽ抜けるらしい。
大体はニックかレナルドが仲裁に入る。そして最終的にはブルース兄様がアロンに掴みかかって大騒動になるのだ。その側では、ユリスがにやにやと見学している。いつもは兄様には近寄らないユリスだが、揉め事が起こるとどこからともなく姿を現す。
もしやブランシェもお疲れモードなのか?
普段から王宮と屋敷を往復しているらしいので、疲れが溜まるのも納得。屋敷にいる時くらい俺に構わずゆっくりしておけばいいのに。真面目な騎士さんは、身元が少々不明な俺を屋敷内で野放しにできないのだろうか。なんか申し訳ない。
「あの、僕は今日も見学だけなので」
やましいことはないとアピールしてみるが、ブランシェは「そうですか。見学でしたらいくらでもどうぞ」と、よく理解していないような返答。
なんだ、こいつ。
見学していけと言う割には、いまだに俺の前に突っ立っている。ツッコミ待ち? それはちょっと。普段の俺だったら「どういうつもりだ!」と掴みかかる場面であるが、今の俺はカル先生の弟子という立場。そんな無茶なことはできない。
結果、曖昧に微笑むことしかできない。
「えっと。お、じゃないや。僕もシャノン様のお部屋に」
「はい。ご案内しますよ」
「え?」
一度来たことあるから場所はわかる。
それにカル先生が前にいる。案内してもらう必要はない。やんわりお断りするが、ブランシェは聞こえないふりをしてしまう。「どうぞこちらへ」とにこやかに案内されれば、これ以上拒否することもできなかった。
ブランシェの背中を追ってカル先生のもとへ向かう。さりげなく俺の隣に並ぼうとしてくるブランシェ。どういうつもりだ。こちらはカル先生から礼儀正しい振る舞いをしろと言われている。
考えてみたのだが、ブランシェの隣に俺が並ぶのはおかしい気がする。ジャンだっていつも俺の後ろに控えている。それを真似してそっと一歩後ろに下がろうとするのだが、そうするとブランシェがまた歩みを止めて俺の隣を狙ってくる。
なにこれ、むっず。
俺がきちんとした振る舞いをしようと頑張っているのに、向こうが邪魔をしてくるのではどうしようもない。なんだか腹が立ってくる。
割り切ってブランシェの隣に並べば、カル先生が変な顔をしていることに気が付いた。どうせブランシェの隣に並ぶなとでも言いたいのだろう。だが俺を責めてもどうしようもないぞ。ブランシェが勝手に近寄ってくるのだから。
「ルイスさんは家庭教師を目指されているのですか?」
「え、あ、はい。まだまだ勉強中ですが」
当たり障りのない受け答えをしていると、ブランシェが柔らかく笑った。怖そうな顔をしているのに、結構よく笑う人である。
「ルイスさんにぴったりですね」
「そう、ですか?」
一瞬なんのことかわからなかった。しかし、すぐに家庭教師のことだと理解する。ぴったり? 俺に?
「そんなこと初めて言われました」
兄様たちは反対はしないが、俺にぴったりの職業だとは言わない。「勉強好きだったっけ?」とお父様に言われた。
なんというか。
この間からブランシェと会話があまり噛み合わないな。
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