冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

495 きれいな人

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 ブランシェの許可が出たので、早速シャノンの部屋に向かう。案内を申し出てきたブランシェの後を追うが、なにやらチラチラと視線を向けられる。

「あの、なにか?」

 もしかして怪しまれてる? と不安になって尋ねてみるが、ブランシェは「いえ、なんでも」と言葉を濁してしまう。

 なんでもないならそんなに見るんじゃない。

 勝手に気まずくなって顔を俯けるが、そうすると余計に視線がひしひしと突き刺さっているような気がする。顔を上げるが、その度にブランシェは弾かれたように顔を前に戻している。

 変な人だな。

 ティアンとカル先生は、ブランシェの事を真面目な男だと言っていたけど。挙動不審でどうにも納得できない。真面目な人というより、不審な人である。

 まぁ、不審なのは俺もだけど。

 カル先生の名前を出したことであっさり受け入れてもらえたけど、俺の素性が謎なことには変わりがない。もしかして警戒されているのかも。この家は、代々優秀な騎士を輩出してきた。そうだとすれば、この執拗な視線にも一応は納得がいく。

「お、じゃない。僕、カル先生みたいな先生になりたくて。それで勉強のために」

 言い訳のように状況を説明すれば、前を行っていたブランシェがゆっくりと振り返った。

「そう、ですか」

 なにやら噛み締めるような相槌に、目を瞬く。
 なにそれ。どういう反応なの。

「突然ごめんなさい。こんな怪しい奴、屋敷に入れたくなかったですよね」

 勝手に入ってごめんなさいと謝罪すれば、ブランシェが「そんなこと!」と声を張り上げた。

 その突然すぎる大声に、ビクッと足を止める。え、なに? そんな力強く否定しなくても。気持ちは嬉しいけど、びっくりしてしまう。

 固まる俺に、ブランシェが「失礼」と慌てたように頬を掻く。

「その。あまりご自分を卑下しなくても。ルイスさんは怪しくなんかないですよ」
「そうですか?」

 正直、今の俺は突然押しかけて来た身元もよくわからない男だ。十分怪しいと思うが。

 だが、ブランシェの迫力に負けてそれ以上の言葉は飲み込んでおく。あとルイスさんっていう呼ばれ方が慣れない。ルイスって呼び捨てでいいのに。

 敬称は不要だと言ってみるが、ブランシェは「そういうわけには」と、さっと視線を逸らしてしまう。身長が高いブランシェであるが、自信なさそうに視線を彷徨わせるその姿は、なんだか彼のことを実物よりも小さく見せてしまう。

 もっと堂々とすればいいのに。オーガス兄様みたいに実は気が弱いタイプの人なのだろうか。

 こちらを見てくるブランシェであるが、微妙に視線が合わない。おかしい。先程まではバッチリ目が合っていたのに。俺を避けるかのような振る舞いに、やはり怪しまれているのではないかと心配になってしまう。

 そうしてシャノンの部屋に案内された俺であるが、なぜかブランシェも一緒に入ってくる。

 そんなピッタリ引っ付く必要ある? やっぱり警戒されている?

 シャノンと向き合うカル先生にそっと助けを求めて視線を注いでみる。こちらに気がついた先生が立ち上がるのと、ノートに視線を落としていたシャノンが顔を上げるのはほぼ同時であった。

「ブランシェ様。突然申し訳ありません」

 俺を連れて来たことに対して謝罪の言葉を並べるカル先生の真似をして、俺もぺこりと頭を下げておく。

 構わないと大人の対応をするブランシェは、その間も俺を視界に捉えたまま。決して目は合わないけど。

「どちら様ですか」

 控え目に声をかけられて、シャノンに向き直る。
 好奇心をたたえた大きな瞳を輝かせる彼女は、ブランシェに似てきれいなミルクティー色の髪を靡かせている。

「初めまして。ルイスといいます。今日はカル先生の授業を見学に」

 まぁと両手を合わせたシャノンは、そのきらきらとした瞳で俺を見上げてくる。まだ十四歳の彼女である。できるだけ優しく接しようとこっそり決意する俺。にこりと微笑んでおけば、彼女が一歩こちらに寄って来た。

「ルイス様」

 様付けされて、目を見開く。

 え、なんで? もしかしてヴィアン家のルイスの顔知ってるのか? 俺とは会ったことがなくても、ユリスのことを見た可能性だってある。ヴィアン家の双子はかなり有名だと思う。当初は双子ではなかったはずなのに、突然双子だと公表したから余計に世間の印象に残っているのだろう。

 あわあわする俺は、助けを求めてカル先生を見る。先生も俺と同じ心配をしたのか。慌てたように俺とシャノンの間に割って入ってきた。

「シャノン様」

 探るような目を向けるカル先生。
 なにを思ったのか。シャノンがにこりと微笑んだ。

「こんなにも綺麗な人、初めてです。よろしければもっとお話しませんか」
「え?」

 きょとんとする俺の手を、シャノンが控え目にとる。そうして握手のようなことをしていれば、「おい!」という鋭い声が背後から飛んできた。

「シャノン。ルイスさんが困っているからやめろ」

 俺とシャノンの手を引き離そうとするブランシェ。しかし、その際にブランシェの手が俺の手に触れる。

「っ」

 途端に、ブランシェがさっと俺から離れた。その愉快な動きを目で追っていれば、シャノンがくすくすと楽しそうに笑う。

「お兄様ったら。少しは落ち着いたら?」

 妹の言葉に、ブランシェが誤魔化すような咳払いをした。
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