冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

綿毛ちゃんの日常17

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「ねー、いいでしょ? ねぇねぇ」
「……」
「ねぇってば! 聞いてる!?」
「うるさい!」

 仕事中のブルースくんが、我慢できないといった様子で顔を上げた。周囲をぐるぐるするルイス坊ちゃんを睨み付けている。

 カル先生との授業終わりのことである。
 いつも通りダラダラしていたルイス坊ちゃんだったが、何かを思い付いたらしく突然立ち上がった。

「行くぞ! 綿毛ちゃん!」
『ん? どこに?』

 目的地を告げない坊ちゃんは、そのまま勢いよく部屋を飛び出した。油断していたジャンさんが止める間もないほどの勢いであった。あっと立ち尽くすジャンさんに『オレが追いかけるから大丈夫だよぉ』と言い残して、オレも慌てて後を追った。

 ティアンさんがいたら彼が止めてくれるんだろうけど。生憎と騎士団に顔を出していて不在。

 そうして急いで坊ちゃんを追いかけた結果、たどり着いたのがブルースくんの部屋だった。

 ソファーを占領してぐだっとしていたアロンさんがさっと立ち上がるのを横目に、坊ちゃんは仕事中であったブルースくんを見据えた。

 そうして開口一番こう言い放った。

「噴水で魚飼う!」
「……は?」

 ぽかんとする一同。
 なにその脈略のない宣言。どっから魚が出てきたんだい。

 眉を寄せるブルースくんは「無理だろ」と吐き捨てた。それに坊ちゃんが拳を握る。

「無理じゃない! なんでそんな簡単に諦めるんだ。頑張ればどうにかなるよ! ブルース兄様!」

 よくわからない励ましの言葉を吐く坊ちゃんは、「やってみないとわかんないでしょ!」と堂々としている。まるで弱気になったブルースくんを鼓舞するかのような振る舞いに、黙って成り行きを見守っていたアロンさんが「そうですよ、ブルース様! やる前から諦めてどうするんですか!」と便乗し始める。

 なにこの空気。

 ふたりに囲まれたブルースくんが、露骨に頬を引き攣らせている。

「なんだ魚って。突然どうした」

 仕事の手を止めないブルースくんに、坊ちゃんは不満そうに頬を膨らませる。

「真面目に聞いて!」
「そうですよ、ブルース様。こんな時くらい仕事なんてやめたらどうですか?」

 アロンさんは、この状況を面白がっているだけだろう。この人も、坊ちゃんの突然の宣言の意味はよく理解していないに違いない。

 ブルースくんが半眼になってしまう。
 どうにか空気を和ませようと『坊ちゃん。魚ってなに?』と緩く首を突っ込んでおくことにした。このまま放置しておくと、坊ちゃんとアロンさんが妙な結託を見せるだろうから。

 オレの言葉に、坊ちゃんが上げていた手をゆっくりと下ろす。

「……綿毛ちゃん。魚見たことないのか?」

 その憐れむような視線に、慌てて『見たことあるよ! そういう意味じゃなくて』と言葉を重ねる。

『どうして急に魚なんて言い始めたの?』
「ジェフリーが魚育ててるから。俺も育てたい」

 簡潔なその説明に、ブルースくんが額を押さえた。その横では、アロンさんが「あぁ、なるほど」と納得したように頷いている。

「アーキア公爵家の屋敷の庭に池があって。魚が泳いでいましたね」
「それを真似したいと?」

 鋭い視線になるブルースくん。だが、坊ちゃんは負けない。

「魚を育てて、みんなで食べよう」
「育てない」

 ぴしゃりと言い放つブルースくんの眉間に皺が寄りはじめる。ブルースくんを囲んでやいやい言うのが楽しかっただけらしいアロンさんは、早々に飽きてソファーに戻っている。「俺、魚より肉が好きです」というどうでもいい情報を教えてくる。

「俺が育てるから大丈夫。俺は綿毛ちゃんもここまで大きく育てたわけだし」
『う、うーん。オレは坊ちゃんに育てられた覚えはないけどねぇ』

 こんなに大きくと言うが、オレは坊ちゃんと出会った頃からこの大きさだ。特に大きくなってはいない。

「ねえ! いいでしょ!?」

 ブルースくんの説得が無理だと悟ったらしい坊ちゃんは、今度は少々強引な手段に出る。ひたすらブルースくんの周りをぐるぐるし始めた坊ちゃん。そのやる気はどこから出てくるのだろうか。

 案の定、ブルースくんが頬を引き攣らせている。ついには「うるさい!」と怒鳴りつけている。

「なんでダメって言うの!?」
「そもそも噴水で魚なんて無理だ」
「ケチ!」
「なんだと?」

 立ち上がるブルースくんに、アロンさんの方が慌て始める。「まぁまぁ」と雑に宥めているが、ブルースくんの表情が柔らかくなることはない。

「綿毛ちゃん! 綿毛ちゃんは魚育てたいよね!?」

 こっちに矛先が向いてしまった。

『いや、オレもどっちかって言うとお肉の方が好き』
「裏切り毛玉め」

 すんと真顔になった坊ちゃんは、いまだに納得いかないとうだうだ文句を言っていた。
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