冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

494 変な人

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 スピネット子爵家は、ヴィアン家に比べて小さかった。

「庭が狭い。噴水はなさそうだな」
「暴れないでくださいね?」

 正直な感想を述べたところ、ティアンが失礼な物言いをする。俺が暴れたことなんてないだろ。

 あまり大きくない屋敷の塀を馬車の中から眺めていれば、隣に座ったティアンがおもむろに俺の髪を触ってくる。

 馬車の中でちょっと寝ていた俺である。乱れた髪を整えてくれているらしい。

「こんなことなら綿毛ちゃんも連れてくればよかった」

 道中とても暇だった。向かいに座るカル先生は思い詰めた表情で黙り込んでいるし、外を見ようと窓から身を乗り出せばティアンが「危ないでしょ!」と大きな声で注意してくる。すごく暇だった。

 綿毛ちゃんはお喋りなので、こういう時にはぴったり。こちらが適当に相槌を打つだけで、どんどん話が進んでいくから。

「カル先生、もう着くよ」

 難しい顔のカル先生の膝を叩けば、先生はますます眉間に皺を寄せた。

「……ルイス様」
「なに? クッキー食べる?」
「食べません」

 仕方がないので手にしたクッキーを食べる。ジャンが用意してくれた美味しいクッキー。ティアンにも差し出すが、きっぱり拒否されてしまった。

「いいですか。決して屋敷が狭いとか噴水がないとか。失礼なことを言わないでくださいね」
「わかってるってば」

 屋敷の中ではできるだけ黙っておこうと思う。

 そうして子爵家に到着したのだが、屋敷の責任者的な立場にあるブランシェが不在だった。午前中は騎士団の訓練に参加していたらしく、そろそろ戻ってくるはずだと使用人が言う。

 こちらとしては、授業をやる妹のシャノンさえいれば問題なかったのだが、使用人の方が渋ってしまった。原因は俺である。

 馬車で留守番するというティアンと別れてから早々にトラブルが生じてしまいそうな予感。

 ブランシェの許可なく初めましての俺をシャノンの部屋に入れるわけにはいかないと頑なだ。

 まあ、わからなくはない。
 ヴィアン家でもきっと似たような対応をすると思う。俺がヴィアン家のルイスだと名乗ればあっさり通してもらえそうな気もするけど、それでは見学どころではなくなってしまう。

 幸いにも、ブランシェはすぐに帰ってくるというので、俺だけ客間で待つことになった。

「大丈夫ですか?」
「なにが?」

 使用人が客間の準備に走って行った隙に、カル先生が耳打ちしてくる。

「静かに待っとくから大丈夫!」
「大声出さないで」
「はーい」

 眉間に皺を刻んだカル先生は、懐から手帳を取り出すと、難しい顔でなにやら書きつけた。そのページを破って、俺に押し付けてくる。

「いいですか。ブランシェ様が帰宅したらそのメモの内容を伝えてください。それ以外の余計なことはしないように」
「わかった!」

 さっとメモを確認すれば、俺がカル先生の付き添いであることや突然の訪問であることに対するお詫びの言葉など。簡潔に書いてある。これをそのまま伝えれば、ブランシェにも事情は伝わるだろう。

 俺が貴族であることは内緒なので、くれぐれもブランシェに馴れ馴れしい態度で接するなと念押しして、カル先生は足早にシャノンの部屋に行ってしまった。

 残された俺は、使用人に案内された客間にて時間を潰す。特に面白味のない部屋だ。早々に室内探検にも飽きて、椅子に座ってダラダラしておく。カル先生に渡された先程のメモを何度も確認して、その時に備えておいた。

 ティアンいわく、ブランシェは真面目な騎士らしいから。

 変に思われないよう俺も頑張る。カル先生の真似すればいける。

 そのブランシェは、使用人の言葉通り早々に戻ってきた。「失礼」という淡々とした声と共に入室してきた彼は、王立騎士団の制服を着ていた。

 ミルクティーを連想させる髪色。騎士という言葉が似合うガタイの良い男だ。少々眉間に寄った皺がブルース兄様そっくりである。

 険しい顔をしていたブランシェは、俺を見るなり静かに目を見開いた。そのまま固まってしまう。

「……」

 なにこの時間。そんなに驚くようなことあった?

 ぴたりと動きを止めたブランシェは、俺が立ち上がっても動かない。目の前まで歩いて行って、彼の顔を見上げた。

 このまま足を踏んでも彼は気が付かないのでは? 悪戯心がむくむくと湧き上がってくるが、なんとか思いとどまる。知らない人に暴言吐くなと眉を顰めるティアンの顔が思い浮かんだから。でも綿毛ちゃんであれば絶対にニヤニヤ顔で足を踏む場面だと思う。

「あの?」

 控えめに声をかけて、ようやく正気に戻ったらしい。わざとらしい咳払いをするブランシェは、ティアンが言うような真面目な男に見えるような見えないような。ブルース兄様に似て顔怖いな、この人。

 また硬直されても困るので、急いで挨拶を済ませてしまう。カル先生にもらったメモの内容を必死に思い出した。それに、貴族であると気がつかれてはいけないという約束も。

「えっと。突然押しかけてしまい申し訳ありません。お、じゃない。僕はカル先生の付き添いのような感じで」

 メモの内容を再現することに夢中になるあまり少々棒読みになってしまったかもしれない。

 怪しまれただろうか。

 ブランシェの様子を窺うが、彼は「こちらこそ大変な失礼を」とぎこちない笑みを浮かべている。

 あまりカル先生相手に強く出られないのだろうか? できたばかりの子爵家だとティアンたちが言っていた。

 笑顔が下手くそなところもブルース兄様に似ている。騎士を目指すと眉間に皺ができるのだろうか。よくわからない。

 その後見学をこころよく許してくれたブランシェ。思い出したかのように名前を尋ねられた。

 迷った末に、ルイスと名乗っておいた。

 そんなに珍しい名前でもないし、ヴィアン家とはそう簡単に結び付かないだろう。それに偽名だと咄嗟に反応できる自信がないからな。

「ルイスさん」

 噛みしめるように名前を呼ばれて、思わず笑ってしまう。いつもは様付けだから。さん付けはなんだか新鮮。

 その後、微妙に歪んでいる襟元を整えてあげようとしたのだが露骨に避けられてしまった。気まずそうに俺から視線を外すブランシェ。

 変な人だな。
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