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16歳
493 本当に大丈夫ですか
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「ユリスも一緒に行く!?」
「……行かない。僕は忙しい」
つんとそっぽを向くユリスは、研究所と屋敷を往復する毎日である。魔法について研究している彼であるが、一体どれほどの成果が出ているのかは知らない。
俺が訊ねてもろくに答えてくれないから。しかし、ユリスが特別嬉しそうにしている様子もないので、あまり順調ではないのかもしれない。そもそも研究ってなにをしているのだろうか。謎だ。
一方の俺は、ついにカル先生の授業見学に行けることになった。先生がここならばという訪問先を見つけて来てくれた。
なんでも比較的新しい子爵家で、代々騎士を輩出している品行方正な家らしい。
つれないユリスは放っておいて、部屋に戻る。綿毛ちゃんは『オレはお留守番しておくねぇ』とへらへらしている。
犬や猫を連れて行くわけにはいかないからな。
しかし、ティアンはどうしようか。
悩む俺であったが、ここもカル先生が解決してくれた。
俺とカル先生のふたりで相手の屋敷に入るから、ティアンは外で待機しておいてほしいということだった。馬車で向かうので、馬車を見ておきながら適当に時間を潰しておいてくれと。
俺とティアンが離れることになる。ティアンはてっきり反対すると思ったのだが、意外にもあっさり頷いていた。
「だって訪問先ってスピネット子爵家でしょ? だったら変な危険はないから大丈夫ですよ」
「そうなの?」
俺は初めて聞く名前だが、ティアンたちは知っていたらしい。
「子爵は王立騎士団の第三部隊隊長です。どこぞの第一部隊隊長と違ってしっかりした人ですよ」
突然毒を吐くティアンは、通常運転だ。
そのどこぞの第一部隊隊長は、相変わらずうちに通っている。オーガス兄様相手に地道に忖度しているのだ。鈍い兄様はあまり忖度に気が付いていないけど。
出世したいと大きな声で言っていたラッセルであるが、いまだに第一部隊隊長のまま。ラッセルいわく、王立騎士団全体のトップである団長やら副団長やらの席がまだ空かないらしい。はやく若手に譲れと文句を言っていた。
訪問先のスピネット子爵は、忖度しまくるラッセルよりもまともな人らしい。それなら安心。
とはいえ、子爵は騎士団の仕事が忙しくて屋敷にはほとんど戻らないらしい。代わりに屋敷を任されているのが息子のブランシェだという。十九歳のブランシェも王立騎士団所属らしいが、まだ新入りの枠。仕事には屋敷から通っているらしい。
そしてブランシェには十四歳の妹がいる。カル先生が授業をしているのは妹の方。
そわそわと準備に励む俺。ティアンとジャンも手伝ってくれる。近場とはいえ、馬車でのお出かけ。ジャンがあれもこれもと慌ただしく準備に駆け回っている。
ジャンは綿毛ちゃんと一緒にお留守番。
「先輩なんですよ」
「なにが?」
試しに綿毛ちゃんをバッグに詰め込もうと奮闘していれば、ティアンが脈略なく呟いた。
馬車で行くのであれば、綿毛ちゃんはティアンと一緒に馬車で待機しておけばいいのではと思い付いたのだ。
『やめてぇ。オレは行かないってば』
「うるさいぞ!」
『助けてぇ。ティアンさん助けて』
うるさい毛玉をむぎゅっとバッグに押し込んでいれば、ティアンが「やめなさい」と眉を寄せる。その隙に勢いよく逃げ出した毛玉を追いかけるが、ティアンが邪魔してくる。どういうつもりだ。
「本当に大丈夫ですか?」
「なにが?」
「向こうの屋敷で走り回ったり、突然知らない人に暴言吐いたりしたらダメですよ」
「しないよ」
本当ですか? と失礼な疑いをかけてくるティアンは、大きくため息を吐いた。俺って初対面の人間に暴言吐くような奴だと思われてんの? アロンじゃないんだから、そんなことはしない。
「学園に通っていた時の先輩なんですよ。ブランシェさん」
「へー」
なるほど。それでそんなにも物分かりがいいのか。
どんな人なの? と尋ねてみると、ティアンは思い出すように視線を上に向けた。
「……馬鹿真面目?」
「ばか」
予想外の単語を思わず繰り返せば、ティアンが「違います。馬鹿ではないです」と慌てる。
「なんというか。えー、真面目な人ですよ。アロン殿とは絶対に馬が合わない感じの」
「なるほど」
うんうん頷く。
ティアンが俺の訪問先として許可するくらいである。真面目で誠実な人なのだろう。
という事は、ティアンの姿を見られるのはまずいってこと?
だって向こうはティアンの先輩で、おそらくティアンがヴィアン家騎士団に入団したことは知っているだろう。ティアンはしたたかなので。学園内でも己はヴィアン家と繋がりがあるということを隠してはいなかったはず。以前、学園に渡す書類にオーガス兄様のサインを書かせていたこともあるし。
そんなティアンと鉢合わせすれば、俺がヴィアン家の関係者だと勘付かれてしまう。これはカル先生の言うとおり、ティアンのことをスピネット子爵家には入れない方がいいかもしれない。
ふむふむと納得して、ジャンを探す。忙しそうにしている彼を捕まえてお菓子を要求しておく。
「馬車で食べるお菓子!」
行きと帰りの分をきっちり用意しろと要求すれば、ティアンが「ルイス様。本当に大丈夫ですか?」と再度疑いの目を向けてきた。
そう何度も確認しなくて大丈夫だ。
俺はできる大人なので。大人しく見学するくらい余裕である。
「……行かない。僕は忙しい」
つんとそっぽを向くユリスは、研究所と屋敷を往復する毎日である。魔法について研究している彼であるが、一体どれほどの成果が出ているのかは知らない。
俺が訊ねてもろくに答えてくれないから。しかし、ユリスが特別嬉しそうにしている様子もないので、あまり順調ではないのかもしれない。そもそも研究ってなにをしているのだろうか。謎だ。
一方の俺は、ついにカル先生の授業見学に行けることになった。先生がここならばという訪問先を見つけて来てくれた。
なんでも比較的新しい子爵家で、代々騎士を輩出している品行方正な家らしい。
つれないユリスは放っておいて、部屋に戻る。綿毛ちゃんは『オレはお留守番しておくねぇ』とへらへらしている。
犬や猫を連れて行くわけにはいかないからな。
しかし、ティアンはどうしようか。
悩む俺であったが、ここもカル先生が解決してくれた。
俺とカル先生のふたりで相手の屋敷に入るから、ティアンは外で待機しておいてほしいということだった。馬車で向かうので、馬車を見ておきながら適当に時間を潰しておいてくれと。
俺とティアンが離れることになる。ティアンはてっきり反対すると思ったのだが、意外にもあっさり頷いていた。
「だって訪問先ってスピネット子爵家でしょ? だったら変な危険はないから大丈夫ですよ」
「そうなの?」
俺は初めて聞く名前だが、ティアンたちは知っていたらしい。
「子爵は王立騎士団の第三部隊隊長です。どこぞの第一部隊隊長と違ってしっかりした人ですよ」
突然毒を吐くティアンは、通常運転だ。
そのどこぞの第一部隊隊長は、相変わらずうちに通っている。オーガス兄様相手に地道に忖度しているのだ。鈍い兄様はあまり忖度に気が付いていないけど。
出世したいと大きな声で言っていたラッセルであるが、いまだに第一部隊隊長のまま。ラッセルいわく、王立騎士団全体のトップである団長やら副団長やらの席がまだ空かないらしい。はやく若手に譲れと文句を言っていた。
訪問先のスピネット子爵は、忖度しまくるラッセルよりもまともな人らしい。それなら安心。
とはいえ、子爵は騎士団の仕事が忙しくて屋敷にはほとんど戻らないらしい。代わりに屋敷を任されているのが息子のブランシェだという。十九歳のブランシェも王立騎士団所属らしいが、まだ新入りの枠。仕事には屋敷から通っているらしい。
そしてブランシェには十四歳の妹がいる。カル先生が授業をしているのは妹の方。
そわそわと準備に励む俺。ティアンとジャンも手伝ってくれる。近場とはいえ、馬車でのお出かけ。ジャンがあれもこれもと慌ただしく準備に駆け回っている。
ジャンは綿毛ちゃんと一緒にお留守番。
「先輩なんですよ」
「なにが?」
試しに綿毛ちゃんをバッグに詰め込もうと奮闘していれば、ティアンが脈略なく呟いた。
馬車で行くのであれば、綿毛ちゃんはティアンと一緒に馬車で待機しておけばいいのではと思い付いたのだ。
『やめてぇ。オレは行かないってば』
「うるさいぞ!」
『助けてぇ。ティアンさん助けて』
うるさい毛玉をむぎゅっとバッグに押し込んでいれば、ティアンが「やめなさい」と眉を寄せる。その隙に勢いよく逃げ出した毛玉を追いかけるが、ティアンが邪魔してくる。どういうつもりだ。
「本当に大丈夫ですか?」
「なにが?」
「向こうの屋敷で走り回ったり、突然知らない人に暴言吐いたりしたらダメですよ」
「しないよ」
本当ですか? と失礼な疑いをかけてくるティアンは、大きくため息を吐いた。俺って初対面の人間に暴言吐くような奴だと思われてんの? アロンじゃないんだから、そんなことはしない。
「学園に通っていた時の先輩なんですよ。ブランシェさん」
「へー」
なるほど。それでそんなにも物分かりがいいのか。
どんな人なの? と尋ねてみると、ティアンは思い出すように視線を上に向けた。
「……馬鹿真面目?」
「ばか」
予想外の単語を思わず繰り返せば、ティアンが「違います。馬鹿ではないです」と慌てる。
「なんというか。えー、真面目な人ですよ。アロン殿とは絶対に馬が合わない感じの」
「なるほど」
うんうん頷く。
ティアンが俺の訪問先として許可するくらいである。真面目で誠実な人なのだろう。
という事は、ティアンの姿を見られるのはまずいってこと?
だって向こうはティアンの先輩で、おそらくティアンがヴィアン家騎士団に入団したことは知っているだろう。ティアンはしたたかなので。学園内でも己はヴィアン家と繋がりがあるということを隠してはいなかったはず。以前、学園に渡す書類にオーガス兄様のサインを書かせていたこともあるし。
そんなティアンと鉢合わせすれば、俺がヴィアン家の関係者だと勘付かれてしまう。これはカル先生の言うとおり、ティアンのことをスピネット子爵家には入れない方がいいかもしれない。
ふむふむと納得して、ジャンを探す。忙しそうにしている彼を捕まえてお菓子を要求しておく。
「馬車で食べるお菓子!」
行きと帰りの分をきっちり用意しろと要求すれば、ティアンが「ルイス様。本当に大丈夫ですか?」と再度疑いの目を向けてきた。
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