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16歳
490 子供っぽい
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「ねー? いつ行く? 綿毛ちゃんも連れて行っていい?」
「犬は置いていきましょうね」
「えー、やっぱり?」
くいと眼鏡を持ち上げるカル先生は、小さく苦笑した。
無事に叙任式も終わり、ヴィアン家には日常が戻ってきた。一番ホッとしていたのはオーガス兄様である。当面の間はお父様が頑張ってくれそうなので安堵しているのだ。もっともお父様の方ははやくオーガス兄様に席を譲りたいようだけど。
そんな情けない長男に、ブルース兄様が静かにキレていた。どんまいだな。
そうしていつも通りの日々の中、俺の次の興味はすっかりとカル先生の授業見学へと移っていた。お父様の許可ももらえたことだし、心配することは何もない。
わくわくと心待ちにする俺は、やって来たカル先生を相手に計画を立てようと奮闘するも、肝心の先生は「まだ具体的なことはちょっと」と歯切れが悪い。
相手先の都合もありますからと濁されてしまう。
むすっと頬を膨らませる俺に、カル先生は疑いの目を向けてしきりに眼鏡を触っている。
「ルイス様」
「なに?」
綿毛ちゃんは部屋から追い出されて、ティアンも訓練に行ってしまい、部屋には俺とカル先生それに床でゴロゴロしているエリスちゃんのみ。
「大人しくできますか?」
何その問いかけ。
できるけど、と言えば「本当ですか?」とさらに疑いの目を向けられてしまう。
「俺はいつも大人しい」
「……」
眉を寄せるカル先生は、俺の言葉を到底信じてはいなかった。
どうやら俺が見学先で大暴れすることを懸念して踏み出せずにいるらしい。普通に失礼だと思う。
「それに、どういう名目でルイス様を同行させるべきか」
「見学でいいじゃん」
「それはそうですけど」
要するに、俺がどこの誰だと説明するのかで迷っているらしい。兄様たちとは違って俺は表舞台にはあまり顔を出していない。ゆえに、世間にも顔をほとんど知られていないので、ヴィアン家の名前さえ出さなければどうとでも誤魔化せると思う。
カル先生にもそう伝えれば、先生は「そう、ですね」という非常に歯切れの悪い返答。
「俺、黙っておくから大丈夫だよ」
「黙っておけますか?」
「うんうん」
軽く頷けばカル先生が遠くを見遣る。何をそんなに疑っているのか。
試しにキリッとした表情で口を閉ざせば、カル先生が「余計なことをしないと約束できるのであれば」と浅く頷く。もとより余計なこととやらを行うつもりはないので安心してほしい。
※※※
カル先生を見送って部屋に戻る際、通り掛かった階段の上から「なんで俺が!」という苛立ったような大声が聞こえてきて足を止めた。
この声は、アロンである。
廊下を歩いている途中で拾った綿毛ちゃんと顔を見合わせる。階段を上がったあたりで、アロンが誰かと言い争っている。いや、アロンの大声しか聞こえないからアロンが一方的にキレているだけだろう。
「見に行ってみよう」
『えー? 面倒なことに巻き込まれるよぉ、絶対』
そうは言いつつも、綿毛ちゃんは積極的に階段に足をかけている。
そうして一緒に二階に行けば、そこには苛立ったように腕を組むアロンと、真面目な顔で彼に向き合うグリシャがいた。
「なにしてるの?」
「ルイス様」
俺が声をかけた途端にパッと表情を明るくするアロンは、「聞いてくださいよ」とグリシャを顎で示す。
「こいつが俺に仕事しろって言ってくるんですけど」
「仕事しなよ」
なんでこんなにも被害者面できるのだろうか。
グリシャの言葉には別に間違ったところはない。
だが、アロンは「はぁ?」と片眉を器用に持ち上げた。
「してますよ! 俺はちゃんとやってます!」
「うん?」
どうやらアロン的にはきちんと仕事をしているつもりなのに、グリシャにきちんと仕事しろと注意されて腹を立てているらしい。
アロンは子供っぽい性格なので、ヴィアン家騎士団に籍を移したばかりの新入りに指示されるのが気に食わないのだろう。うんうん。アロンの言いたいことはわかった。
「でもアロンは毎日ふらふらしてるから。サボっているように見えるんじゃない?」
見えるというか、実際にアロンは仕事をサボっている。しかしアロンは面倒な性格である。馬鹿正直にサボっているアロンが悪いと伝えれば余計に拗れることが目に見えている。なのであえてやんわりとした言い方をすれば、アロンが口を閉ざす。
「大丈夫だよ、グリシャ。アロンはこれでもちゃんと仕事やってるから」
ね? とアロンに投げ掛ければ「そうですよ! 俺はちゃんと結果出してるんで!」という強気の物言いが返ってきた。
これで終わり! 喧嘩しないでねとふたりを宥めれば、渋々頷いてくれたのでよしとしよう。
真面目なグリシャである。アロンの適当な仕事ぶりが見過ごせない気持ちはわかるけど。一応ここではアロンが先輩なので。丸く収めるためにも堪えてほしいという気持ちも込めて「なんかごめんね」と言い添えれば、グリシャは「いえ」と小さく頭を下げた。
「……ちょっとルイス様」
「なに? アロン」
なぜか俺の肩に手を置くアロンは、グリシャから距離を取るかのように俺をぐいっと後ろに引っ張る。「なに」とアロンを見上げるが、彼は渋い顔だ。
「なんかこいつに優しすぎませんか?」
「そんなことないけど」
俺がグリシャにごめんねって言ったことが気に入らないのか? 相変わらず面倒な奴だな。
「犬は置いていきましょうね」
「えー、やっぱり?」
くいと眼鏡を持ち上げるカル先生は、小さく苦笑した。
無事に叙任式も終わり、ヴィアン家には日常が戻ってきた。一番ホッとしていたのはオーガス兄様である。当面の間はお父様が頑張ってくれそうなので安堵しているのだ。もっともお父様の方ははやくオーガス兄様に席を譲りたいようだけど。
そんな情けない長男に、ブルース兄様が静かにキレていた。どんまいだな。
そうしていつも通りの日々の中、俺の次の興味はすっかりとカル先生の授業見学へと移っていた。お父様の許可ももらえたことだし、心配することは何もない。
わくわくと心待ちにする俺は、やって来たカル先生を相手に計画を立てようと奮闘するも、肝心の先生は「まだ具体的なことはちょっと」と歯切れが悪い。
相手先の都合もありますからと濁されてしまう。
むすっと頬を膨らませる俺に、カル先生は疑いの目を向けてしきりに眼鏡を触っている。
「ルイス様」
「なに?」
綿毛ちゃんは部屋から追い出されて、ティアンも訓練に行ってしまい、部屋には俺とカル先生それに床でゴロゴロしているエリスちゃんのみ。
「大人しくできますか?」
何その問いかけ。
できるけど、と言えば「本当ですか?」とさらに疑いの目を向けられてしまう。
「俺はいつも大人しい」
「……」
眉を寄せるカル先生は、俺の言葉を到底信じてはいなかった。
どうやら俺が見学先で大暴れすることを懸念して踏み出せずにいるらしい。普通に失礼だと思う。
「それに、どういう名目でルイス様を同行させるべきか」
「見学でいいじゃん」
「それはそうですけど」
要するに、俺がどこの誰だと説明するのかで迷っているらしい。兄様たちとは違って俺は表舞台にはあまり顔を出していない。ゆえに、世間にも顔をほとんど知られていないので、ヴィアン家の名前さえ出さなければどうとでも誤魔化せると思う。
カル先生にもそう伝えれば、先生は「そう、ですね」という非常に歯切れの悪い返答。
「俺、黙っておくから大丈夫だよ」
「黙っておけますか?」
「うんうん」
軽く頷けばカル先生が遠くを見遣る。何をそんなに疑っているのか。
試しにキリッとした表情で口を閉ざせば、カル先生が「余計なことをしないと約束できるのであれば」と浅く頷く。もとより余計なこととやらを行うつもりはないので安心してほしい。
※※※
カル先生を見送って部屋に戻る際、通り掛かった階段の上から「なんで俺が!」という苛立ったような大声が聞こえてきて足を止めた。
この声は、アロンである。
廊下を歩いている途中で拾った綿毛ちゃんと顔を見合わせる。階段を上がったあたりで、アロンが誰かと言い争っている。いや、アロンの大声しか聞こえないからアロンが一方的にキレているだけだろう。
「見に行ってみよう」
『えー? 面倒なことに巻き込まれるよぉ、絶対』
そうは言いつつも、綿毛ちゃんは積極的に階段に足をかけている。
そうして一緒に二階に行けば、そこには苛立ったように腕を組むアロンと、真面目な顔で彼に向き合うグリシャがいた。
「なにしてるの?」
「ルイス様」
俺が声をかけた途端にパッと表情を明るくするアロンは、「聞いてくださいよ」とグリシャを顎で示す。
「こいつが俺に仕事しろって言ってくるんですけど」
「仕事しなよ」
なんでこんなにも被害者面できるのだろうか。
グリシャの言葉には別に間違ったところはない。
だが、アロンは「はぁ?」と片眉を器用に持ち上げた。
「してますよ! 俺はちゃんとやってます!」
「うん?」
どうやらアロン的にはきちんと仕事をしているつもりなのに、グリシャにきちんと仕事しろと注意されて腹を立てているらしい。
アロンは子供っぽい性格なので、ヴィアン家騎士団に籍を移したばかりの新入りに指示されるのが気に食わないのだろう。うんうん。アロンの言いたいことはわかった。
「でもアロンは毎日ふらふらしてるから。サボっているように見えるんじゃない?」
見えるというか、実際にアロンは仕事をサボっている。しかしアロンは面倒な性格である。馬鹿正直にサボっているアロンが悪いと伝えれば余計に拗れることが目に見えている。なのであえてやんわりとした言い方をすれば、アロンが口を閉ざす。
「大丈夫だよ、グリシャ。アロンはこれでもちゃんと仕事やってるから」
ね? とアロンに投げ掛ければ「そうですよ! 俺はちゃんと結果出してるんで!」という強気の物言いが返ってきた。
これで終わり! 喧嘩しないでねとふたりを宥めれば、渋々頷いてくれたのでよしとしよう。
真面目なグリシャである。アロンの適当な仕事ぶりが見過ごせない気持ちはわかるけど。一応ここではアロンが先輩なので。丸く収めるためにも堪えてほしいという気持ちも込めて「なんかごめんね」と言い添えれば、グリシャは「いえ」と小さく頭を下げた。
「……ちょっとルイス様」
「なに? アロン」
なぜか俺の肩に手を置くアロンは、グリシャから距離を取るかのように俺をぐいっと後ろに引っ張る。「なに」とアロンを見上げるが、彼は渋い顔だ。
「なんかこいつに優しすぎませんか?」
「そんなことないけど」
俺がグリシャにごめんねって言ったことが気に入らないのか? 相変わらず面倒な奴だな。
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