冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

489 あの人のこと

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「……」

 なんか自然な感じでティアンが俺の手を握ってきた。振り解くのもおかしいので、そのままにしておく。

「あの、ルイス様」
「んー?」

 ティアンを伴って噴水へと足を向ける。俺の目的地を察したはずなのに、ティアンはなにも言わない。

 思えば噴水を見に行くのは久しぶりだ。以前は毎日のように通っていたというのに。なんか唐突に飽きてしまったのだ。

 それに俺は十六歳。噴水ではしゃぐようなお年頃ではない。しかし、ごくごくたまに見に行きたくなってしまう。

 大人しく俺についてくるティアンは、ぎゅっと手を握ってくる。

「……ルイス様」
「だからなに?」

 噴水の前で足を止めれば、ティアンが躊躇うように唇を噛み締めているのが見えた。

「どしたの?」

 先程までのきらきらとした雰囲気が霧散して、現実が戻ってくるような。

 今日はお祝いの日なのだから、最後まで楽しそうな顔をしておけばいいのに。

 首を傾げる俺に、ティアンは言葉を探すかのように視線をあちこち彷徨わせている。

 その真剣で思い詰めたような表情に、思わず手が伸びる。ティアンと手を繋いだままだったので、空いている方の手を持ち上げれば、ティアンが微かに上半身を引いた。

「ティアン?」

 そっとティアンの頬に手を添える。
 驚いた顔をする彼は、しかし俺の手を振り払うようなことはしない。

「ルイス様」
「んー?」

 思えば、こんなに間近でティアンの顔を見るのは初めてかもしれない。これまでも距離が近いと思うことはあったけど、ティアンが積極的に俺に触れるようなことはあまりないし、俺も同様。なんだかべたべた触ってくるアロンとは違うのだ。

 小さい頃はよく手を繋いでいたんだけどな。
 同じベッドで寝たこともある。

 それが、いつしかめっきり距離が空いてしまった。

「あの人のこと、好きなんですか?」
「あの人って?」

 誰のことだろう。
 咄嗟に考え込む俺に、ティアンが「あの、その」と口ごもった。

「アロン殿のこと」

 出てきた名前に、目を瞬く。
 さりげなく頬に添えたままだった片手を下ろされてしまう。

 自然と、ティアンと向き合って両手を繋ぐような形になってしまった。

「好きなんですか?」

 再度言葉を重ねられて、「え?」という間抜けな声が出てしまう。

「いや、別に。どうしてそんなこと訊くの?」

 あまりにも唐突に感じられる問いかけだったため、逆にこちらから質問してみれば、ティアンはグッと眉間に力を込めた。なんだか不機嫌な時のブルース兄様を思い起こさせる表情だ。

「訊いたらいけませんか?」
「別にいいけど」

 沈黙がおりた。

 いつもだったら綿毛ちゃんがへらへらと割り込んでくるはずである。しかし、綿毛ちゃんはジャンに預けてきてしまった。普段だったらうるさいと感じるお喋り毛玉だけど、今日は連れて来ればよかったかもとちょっぴり後悔する。

「アロンのこと? うーん。どうなんだろうね」
「はっきり言ってくださいよ」
「そんなこと言われても」

 自分でもはっきりとわかっていないことなので無理だ。

 だが、ティアンは引かない。俺の両手を握ったまま離してくれない。

「一緒にいるのは楽しいけど」
「じゃあやっぱり好きなんですか?」
「うーん」

 どうなんだろう。
 なんでティアンがそんなこと気にするのか。

「それ、どうしても答えないとダメ?」

 上目遣いで窺えば、ティアンがさっと目を逸らしてきた。

「嫌なら答えなくてもいいんですけど」
「うん」

 ティアンが弾かれたように手を離した。

「……戻りますか」

 無理矢理といった感じで紡がれた言葉に、頷いておく。

 あっさりと噴水に背を向けたティアンは、一度だけ振り返ってから俺に促すような視線を送ってきた。

 急いで追いかけて、隣に並ぶ。

「その格好、お父さんに見せなくていいの?」

 せっかく正装姿なのだから、クレイグに見せてやればいいのにと笑えば、ティアンも「そうですね」と緩く微笑む。

 俺の背中にそっと手を添えてくるティアンは、いつも通りの優しいティアンだった。
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