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16歳

488 おめでとう

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「綿毛ちゃんも人間姿になればよかったんじゃない?」

 そうすれば、もっと自然に溶け込めたと思う。だが綿毛ちゃんは『そうかなぁ?』と首を捻る。よほど人間姿になりたくないらしい。

 よくわからないけど、人間姿になるのは疲れるそうである。多分、魔力を使うとかそういう話だと思う。

 クレイグはお父様たちに挨拶してから帰るらしい。セドリックはどこか訊かれたので、ニックを指さしておいた。セドリックのことは彼に尋ねるのが一番だ。

「せっかくお洒落したから散歩しよう」
『なんでそんな汚れることするの?』
「散歩は汚れないから」

 うそだぁとへらへら笑う綿毛ちゃんは失礼だと思う。

「特に面白くもなかったな」

 そそくさと隣に寄ってきたユリスが、そんなことを言う。タイラーが「そんなこと言わない」と腰に手を当てている。

「オーガスがやった方が面白くなったんじゃないか」

 ちらっとオーガス兄様に目を向けるユリスは、オーガス兄様がなにかトラブルを起こすことを期待していたらしい。嫌な弟だな。

 これは大切な儀式だ。そんな爆笑トラブル起こってたまるか。

 クレイグがセドリックのところへ行ったことを教えれば、ユリスはにやにやと悪い笑みを浮かべながら追いかけに行った。多分だけど、セドリックがクレイグに怒られることを期待している。やめてやれよ。

『ユリス坊ちゃんはいつも忙しそうだね』
「忙しいというか。性格が悪いだけだと思う」

 綿毛ちゃんと一緒にユリスの背中を見送っていると、背後から「ルイス様!」と呼ばれた。

 さっと振り返れば、ティアンがこちらに向かってくるところであった。

 正装姿のティアンは、いつもより大人っぽい。
 思わず一歩後ろに下がれば、ティアンが少しだけ眉を寄せた。

「……」
「……」

 なんか変な空気になってしまった。
 ティアンも同じなのか。困ったように笑っている。

「どうでしたか?」

 やがて、ティアンが窺うような視線を向けてきた。普段よりも弱々しい声音である。

「あ、うん」

 ぎこちなく頷く俺。やばい。なんか気まずいぞ。

 なにか言わなければと思うが、頭が真っ白になってなにも出てこない。そのうちティアンの顔も見られなくなって俯けば、抱えていた綿毛ちゃんが『かっこよかったよぉ』と間延びした声を発した。

『でもアロンさんとユリス坊ちゃんには不評だったね。トラブルなくてつまんないってさ』
「トラブルが起きるのを期待してたんですか、あの人たち」

 半眼になるティアンに、俺は我慢できずに噴き出す。顔を上げれば、あとはいつも通り。

「セドリックいなかったよ。団長なのに」
「はぁ? みんな適当過ぎません? 僕の晴れ舞台なんですけど」

 わかりやすく怒るティアンは、いつものティアンだ。大人っぽいのは見た目だけらしくて安心した。

「見て! 俺もお洒落した」

 ジャンが用意してくれた正装である。
 いつもよりも飾りの多い綺麗な服。実に貴族っぽい。

「かっこいい?」

 綿毛ちゃんをおろして全身を見せてやれば、ティアンが「はい」と柔らかい笑顔を見せてくれた。

「お似合いですよ。かっこいいというより可愛いって感じですけど」
「アロンもそう言ってた」
「は?」

 急に不機嫌。
 アロンとティアンは仲が悪いけど、こうやってたまに似たようなことを言う。実は似た者同士なのかもしれない。

 クレイグが来ていたことを教えれば、「そうですか」というどうでもよさそうなお返事。なんで? ティアンは父親大好きっ子だろ?

「会いに行かないの?」
「父上にはいつでも会えるので」
「? 俺にもいつでも会えるじゃん」

 むしろティアンがヴィアン家に仕えているこの状況では、領地にこもっているクレイグよりも俺のほうが簡単に会える。

 首を捻ると、ティアンが「そうじゃなくて」と頭を掻く。

「その、きちんとした格好のルイス様は珍しいので」
「どういう意味だ! 普段の俺がきちっとしてないってことか!」
「なんでそう空気をぶち壊しにくるんですか?」

 違いますよ、と顔をしかめるティアンはため息を吐いてしまう。

『さすが坊ちゃん。オレ、坊ちゃんのそういうところ好きだよぉ』
「犬に好かれてもな」
『ひどい』

 へらへらしている綿毛ちゃんは、ティアンに『がんばってぇ』と雑な声援を送っている。なにを頑張るというのか。

「とにかく。その、ちょっと歩きませんか?」

 外の方を控えめに指し示すティアン。俺と散歩したいらしい。

「綿毛ちゃんのリード持ってきてない」
「誰も犬の散歩しようなんて言ってないですよ」

 ほら、と背中を押されてちょっぴり考える。
 綿毛ちゃんをどうしようかと悩んでいれば、ずっと無言を貫いていたジャンが大慌てで綿毛ちゃんを抱えた。

 どうやら綿毛ちゃんの面倒見ておいてくれるらしい。「任せたぞ! ジャン!」と勢いよくお願いすれば、しっかりとした頷きが返ってきた。

 そうして庭に出た俺とティアンであるが、なんだか微妙な空気だ。もう何度歩いたかもわからないほどに慣れ親しんだ庭園のはずなのに、普段とはまったく異なる場所のように感じてしまう。

 いつもは一歩後ろをついてくるはずのティアンが、さりげなく俺の隣に並んでくる。

 手が触れてしまいそうな距離だ。

「背、高いね」
「え? あぁ、はい。そうですね。結構伸びたので」
「ふーん。俺はあんまり。ブルース兄様に勝つのが目標なんだけどな」

 十歳の頃と比べたらだいぶ伸びたけど、まだまだ兄様には及ばない。今だって、隣にいるティアンの顔を見上げるような形だ。

「……成人おめでとう」

 早口でお祝いすれば、ティアンが目を瞬いた。

「はい。ありがとうございます」

 ふわりと微笑んだティアンは、そっと俺の手に触れてきた。
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