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16歳

486 お洒落ティアン

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「あー。ティアンが大人になってしまう」
「なんで残念そうに言うんですか」

 半眼になるティアンは、いつもよりお洒落をしていた。普段は黒い騎士服を着ているのに、本日はなにやら飾りがついた豪華な装いだ。騎士としての正装だという。ブルース兄様がたまに着込んでいるお洒落ジャケットに似ている。ジャケットというか、正確にはマントなんだろうけど。

「ルイス様も着替えてくださいよ」
「俺は普段着でいいや」
「よくないです。着替えてください」

 しかめ面のティアンに背中を押されて「はいはい」と頷いておく。

 今日は、ティアンの叙任式である。

 主役はもちろんティアンなので、俺の出番はない。単に見学に行くだけなのに。

 着替えが面倒な俺は、足元でやたらと尻尾を振っている毛玉を発見して思いついた。

「綿毛ちゃんをお洒落にしよう」
「やめてください」

 俺には着替えてと言ったくせに。綿毛ちゃんは普段通りでいいと言う。そんなの納得できない。

 途端にやる気になった俺は、クローゼットをあさる。なんか綿毛ちゃんにぴったりの物を見つけようと頑張ったのだが、俺は残念ながら犬用の服を持っていなかった。マフラーでぐるぐる巻きにしようかと思ったが、まだマフラーが活躍する季節ではない。綿毛ちゃんが暑さにやられてしまう。

「綿毛ちゃん。お洒落は諦めて」
『オレ、お洒落したいなんて言ってないよ?』

 俺が散らかした服を、ジャンが無言で片付けている。なんかごめんね。

 朝から張り切っているティアンは、何度も俺に正装姿を見せつけてくる。その度に、俺は「はいはい。かっこいい。ブルース兄様みたいでいいと思うよ」と褒めてあげた。にも関わらず、ティアンは「なんですか。その適当な反応は。どこがブルース様に似ているんですか」と眉を寄せてしまう。我儘ティアンめ。そんなんじゃ大人になれないぞ。

「そんな急いで大人になる必要ないよ。叙任式はもうちょっとしてからにしたら?」
「嫌ですよ。なんで意味もなく先延ばしにしないといけないんですか」
「俺より先に大人になるのは卑怯だと思う」
「卑怯ではありません。僕の方が歳上なんですから。僕が先に大人になるのは当然のことです」

 堂々と答えるティアンに、今度は俺が眉を寄せる。

 結局、叙任式はお父様が主君として執り行うことになった。オーガス兄様が頑なだったため、ブルース兄様がお父様に頼み込んだのだ。

 オーガス兄様に席を譲る気満々だったお父様は、ままならない状況にそっと額を押さえていた。

 オーガス兄様は、プライド高いはずなのに、自信を持てない面倒な人である。今回だってずっとぐちぐち文句を言っていた。しまいには「僕もう引退する!」と意味不明な宣言を始めた。引退もなにも。オーガス兄様はまだ跡を継いでいないでしょうが。

 その間、当事者であるティアンがずっと気まずい顔をしていた。無理もない。ティアンの叙任式が原因でオーガス兄様とお父様が揉めているのだ。ティアンの肩身の狭さは尋常ではなかっただろう。

 あまりにもティアンが可哀想だったので、ついにお父様が折れた。「今回までだよ」と渋々腰を上げたお父様は「まったく。どうしてこう上手くいかないかな」と天を仰いでいた。

 とりあえず、綿毛ちゃんのブラッシングだけでもしておこうと思う。ボサボサだと会場の雰囲気をぶち壊しそうなので。

 そうして綿毛ちゃんを捕まえてブラッシングを始めたのだが、またもやティアンが苦い顔をする。

「毛がつくじゃないですか」

 確かに。黒いマントである。色の薄い灰色の毛は付着すると目立つだろう。

「じゃあティアンは先に行ってなよ。準備とかあるんでしょ?」

 本日は朝からクレイグ元団長も来ていた。息子の晴れ舞台である。久しぶりに見るクレイグは、あまり変わっていなかった。ブルース兄様が「まだ現役でいけたんじゃないか?」とウザ絡みをしていた。

「なんで。一緒に行きましょうよ」
「一人で行けるでしょ。大人なんだから」
「いや僕じゃなくて。ルイス様のことが心配なんですよ」

 ちらっとジャンを確認するティアンは、俺の着替えを用意しようとする。
 俺が普段着でのこのこ会場にやって来るのではと疑っているらしい。

「わかったよ。ちゃんと着替えるから」

 だから先に行っててと伝えれば、ティアンは口を閉ざす。

 そうして黙っていると、今日のティアンはかっこいいな。なんかできる騎士っぽいぞ。

「……かっこいいね。その服」

 ぽつりと呟けば、ティアンが「服だけですか?」と真顔で問いかけてくる。

「うん。服だけ」
「ちょっと」
「冗談だって」

 ティアンもかっこいいと思うよ。黙っていれば。

 ね? と綿毛ちゃんに同意を求めれば『そうだねぇ』というすごく適当な返事があった。
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