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16歳
482 悩んでます
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「……」
『……入らないの?』
不思議そうに俺を見上げてくる綿毛ちゃんをぎゅっと抱え込む。
俺は今、お父様の部屋の前にいる。
カル先生にお父様の許可がないと俺を外に連れて行けないと言われたので、今日はその許可をもらいに来たというわけである。
『坊ちゃん?』
しかし、そのためには俺の夢をすべて話さなければならない。ダメって言われたらどうしようという不安から、なかなか一歩が踏み出せずにいる。
そうやって綿毛ちゃんをお供に廊下でもんもんと悩んでいれば、『大丈夫だよぉ』との呑気な声が聞こえてきた。
『オレも一緒にいるよ。なにを悩んでいるのかは知らないけどさ。オレは坊ちゃんを応援するよ』
お喋り毛玉をぎゅっと抱えれば、『苦しいです』との文句があったので慌てて力を緩めた。
「いざとなったら綿毛ちゃんと一緒に家出しよう」
『それはちょっと』
「嘘吐き毛玉め!」
『オレは屋敷で暮らしたいもん』
裏切り毛玉を叩いていると、眼前にあったドアが静かに開かれた。ビクッと肩を跳ねさせる俺の前に現れたのは、お父様の護衛騎士であるグリシャだった。
「ルイス様? いかがなさいましたか」
「え、えっと」
口ごもる俺に、グリシャは「カーティス様ですか? どうぞ」と室内を示してくれる。
それでも決心がつかなくて立ち尽くしていると、グリシャが瞬きをして廊下に出てくる。そっとドアを閉めた彼は、静かに俺と向き合ってくる。
「なにかございましたか」
「あ、うん」
俺の迷いを察したのか。綺麗な銀髪を耳にかけた彼は、「私は席を外した方がよろしいですか?」と律儀に問いかけてくる。
「いや。いてもいいけど」
グリシャはうちにやって来てからまだ日が浅い。おまけに仕事に熱心だから騎士団では割と浮いている。
うちの騎士団はな。
団長のセドリックにやる気が皆無だから。おまけにニックやアロンといった上の奴らが頻繁に仕事をサボっている。ベテラン枠のレナルドも腰痛を理由に離席することが多い。
この緩い雰囲気の中、キビキビ働くグリシャはすごく目立つ。
「グリシャは、うちに移って来たけど。それでよかったの?」
元は王立騎士団所属である。なんでも王族の警護担当だったらしい。
王立騎士団は、王命で様々な仕事を請け負う。王宮の警備はもちろん、国内で争いが生じた際に出て行くのも彼らだ。普段は部隊ごとにわかれて活動している。第一部隊を率いているのはラッセルだ。
その中でも、王族の一番近くに身を置く警護専門の騎士のひとりがグリシャだったというわけだ。
そんな優秀な騎士を突然よこされて、ブルース兄様はひどく困惑していた。初めはまたエリックによるお遊びかと身構えていた。しかし、グリシャをよこしたのはエリックではなく国王陛下だと知って手のひらを返して歓迎していた。
以来、グリシャはお父様の護衛を担っている。
何度か瞬いたグリシャは「もちろん。私が志願したことですから」と即座に答える。
なんでも国王陛下は、弟であるお父様のことを随分と気にかけているらしい。お父様に仕えていた騎士の引退を知って、居ても立っても居られないとグリシャを手配したらしい。
なんというか。いかにうちの騎士が信用されていないのかがわかって苦笑いしてしまう。とはいえ王宮に同行するのはアロンやニック、レナルドあたりが多かったらしいし。心配になってしまう陛下の気持ちもわかる。
「迷ったりはしなかったの?」
いくら志願したとはいえ、即答したわけでもないだろう。籍を移すというのはそんなに軽いことではない。
ほんの僅かに首を傾げたグリシャは「いえ」と否定の言葉を口にする。
「天からのお告げでしたから。迷うことはありませんでした」
「……ん? なに?」
うんうん頷こうとした俺であったが、グリシャの口から発せられた言葉に動きを止める。
なに。天からのお告げって言ったか?
なんそれと考えて、もしかして陛下のお言葉のことだろうかと納得する。一介の騎士からすれば国王陛下の言葉はそれほど重いのかもしれない。
「なるほどね」
気を取り直して相槌を打てば、綿毛ちゃんも真似して『なるほどねぇ』と頭を振る。
グリシャは真面目に仕事をすると同時に、基本的に上の意向には逆らわない人である。
なのでお喋りする犬を見ても、たいして驚きはしなかった。多分、事前に聞かされていたのだと思う。エリックは、お喋り毛玉のことを案外気に入っていたから。自分に近しい護衛の騎士にぽろっとこぼしていても不思議ではない。
「ルイス様はなにかお悩みなのですか?」
「まあ、そんな感じ」
話の流れから察したのだろう。
静かに問いかけてくるグリシャは「でしたら」とお父様の部屋をちらっと振り返った。
「ルイス様も天のお告げに任せてみてはいかがですか?」
「……なんて?」
天のお告げって言ったよな。え、なに?
陛下のお言葉って意味ではなかったらしい。あくまでも真面目な表情を貫くグリシャは、少し鬱陶しそうに髪を耳にかけると「天のお告げです」と再度繰り返した。
「……え、あ。うん」
なにこの人。冗談なのか本気なのか区別がつかない。綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめると『信心深い人ですかぁ?』と呑気に笑っている。
なるほど。
この世界にも神様という概念はある。魔法もちょっぴり存在する世界だし。そういう神様的な存在を信じている人がいてもおかしくはない。聖職者もいるし神殿もある。
ふむふむ納得していると、グリシャが「いえ。特に信心深いというわけでは」と小首を傾げた。
「ものは試しですよ」
そう言ってグリシャはおもむろに内ポケットを探った。
「どうぞ」
渡されたのは、一枚のコインだった。
『……入らないの?』
不思議そうに俺を見上げてくる綿毛ちゃんをぎゅっと抱え込む。
俺は今、お父様の部屋の前にいる。
カル先生にお父様の許可がないと俺を外に連れて行けないと言われたので、今日はその許可をもらいに来たというわけである。
『坊ちゃん?』
しかし、そのためには俺の夢をすべて話さなければならない。ダメって言われたらどうしようという不安から、なかなか一歩が踏み出せずにいる。
そうやって綿毛ちゃんをお供に廊下でもんもんと悩んでいれば、『大丈夫だよぉ』との呑気な声が聞こえてきた。
『オレも一緒にいるよ。なにを悩んでいるのかは知らないけどさ。オレは坊ちゃんを応援するよ』
お喋り毛玉をぎゅっと抱えれば、『苦しいです』との文句があったので慌てて力を緩めた。
「いざとなったら綿毛ちゃんと一緒に家出しよう」
『それはちょっと』
「嘘吐き毛玉め!」
『オレは屋敷で暮らしたいもん』
裏切り毛玉を叩いていると、眼前にあったドアが静かに開かれた。ビクッと肩を跳ねさせる俺の前に現れたのは、お父様の護衛騎士であるグリシャだった。
「ルイス様? いかがなさいましたか」
「え、えっと」
口ごもる俺に、グリシャは「カーティス様ですか? どうぞ」と室内を示してくれる。
それでも決心がつかなくて立ち尽くしていると、グリシャが瞬きをして廊下に出てくる。そっとドアを閉めた彼は、静かに俺と向き合ってくる。
「なにかございましたか」
「あ、うん」
俺の迷いを察したのか。綺麗な銀髪を耳にかけた彼は、「私は席を外した方がよろしいですか?」と律儀に問いかけてくる。
「いや。いてもいいけど」
グリシャはうちにやって来てからまだ日が浅い。おまけに仕事に熱心だから騎士団では割と浮いている。
うちの騎士団はな。
団長のセドリックにやる気が皆無だから。おまけにニックやアロンといった上の奴らが頻繁に仕事をサボっている。ベテラン枠のレナルドも腰痛を理由に離席することが多い。
この緩い雰囲気の中、キビキビ働くグリシャはすごく目立つ。
「グリシャは、うちに移って来たけど。それでよかったの?」
元は王立騎士団所属である。なんでも王族の警護担当だったらしい。
王立騎士団は、王命で様々な仕事を請け負う。王宮の警備はもちろん、国内で争いが生じた際に出て行くのも彼らだ。普段は部隊ごとにわかれて活動している。第一部隊を率いているのはラッセルだ。
その中でも、王族の一番近くに身を置く警護専門の騎士のひとりがグリシャだったというわけだ。
そんな優秀な騎士を突然よこされて、ブルース兄様はひどく困惑していた。初めはまたエリックによるお遊びかと身構えていた。しかし、グリシャをよこしたのはエリックではなく国王陛下だと知って手のひらを返して歓迎していた。
以来、グリシャはお父様の護衛を担っている。
何度か瞬いたグリシャは「もちろん。私が志願したことですから」と即座に答える。
なんでも国王陛下は、弟であるお父様のことを随分と気にかけているらしい。お父様に仕えていた騎士の引退を知って、居ても立っても居られないとグリシャを手配したらしい。
なんというか。いかにうちの騎士が信用されていないのかがわかって苦笑いしてしまう。とはいえ王宮に同行するのはアロンやニック、レナルドあたりが多かったらしいし。心配になってしまう陛下の気持ちもわかる。
「迷ったりはしなかったの?」
いくら志願したとはいえ、即答したわけでもないだろう。籍を移すというのはそんなに軽いことではない。
ほんの僅かに首を傾げたグリシャは「いえ」と否定の言葉を口にする。
「天からのお告げでしたから。迷うことはありませんでした」
「……ん? なに?」
うんうん頷こうとした俺であったが、グリシャの口から発せられた言葉に動きを止める。
なに。天からのお告げって言ったか?
なんそれと考えて、もしかして陛下のお言葉のことだろうかと納得する。一介の騎士からすれば国王陛下の言葉はそれほど重いのかもしれない。
「なるほどね」
気を取り直して相槌を打てば、綿毛ちゃんも真似して『なるほどねぇ』と頭を振る。
グリシャは真面目に仕事をすると同時に、基本的に上の意向には逆らわない人である。
なのでお喋りする犬を見ても、たいして驚きはしなかった。多分、事前に聞かされていたのだと思う。エリックは、お喋り毛玉のことを案外気に入っていたから。自分に近しい護衛の騎士にぽろっとこぼしていても不思議ではない。
「ルイス様はなにかお悩みなのですか?」
「まあ、そんな感じ」
話の流れから察したのだろう。
静かに問いかけてくるグリシャは「でしたら」とお父様の部屋をちらっと振り返った。
「ルイス様も天のお告げに任せてみてはいかがですか?」
「……なんて?」
天のお告げって言ったよな。え、なに?
陛下のお言葉って意味ではなかったらしい。あくまでも真面目な表情を貫くグリシャは、少し鬱陶しそうに髪を耳にかけると「天のお告げです」と再度繰り返した。
「……え、あ。うん」
なにこの人。冗談なのか本気なのか区別がつかない。綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめると『信心深い人ですかぁ?』と呑気に笑っている。
なるほど。
この世界にも神様という概念はある。魔法もちょっぴり存在する世界だし。そういう神様的な存在を信じている人がいてもおかしくはない。聖職者もいるし神殿もある。
ふむふむ納得していると、グリシャが「いえ。特に信心深いというわけでは」と小首を傾げた。
「ものは試しですよ」
そう言ってグリシャはおもむろに内ポケットを探った。
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