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16歳
481 内緒の計画
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「俺は最近ずっとオーガス兄様の面倒を見てる。とっても偉いと思う」
ははっと力なく苦笑するカル先生は、オーガス兄様の性格を思い出したらしい。「ブルース様も苦労されているのでしょうね」と小さく呟いた。
そうだな。俺も大変だが、一番苦労しているのはブルース兄様だ。
カル先生との授業中。俺と先生のふたりきりになる。邪魔になるからと綿毛ちゃんは追い出されてしまうのだ。床ではエリスちゃんが寝ているけど、猫は邪魔しないから大丈夫。
「まあオーガス兄様のことはどうでもいいや」
俺が頑張らなくても、ブルース兄様がどうにかしてくれるだろう。連日のように青筋を浮かべている次男である。長男は敬うという信念があるらしいが、それもそろそろ我慢の限界に達しそうである。ブルース兄様がいつブチ切れるのかと、ユリスがそわそわしていた。あいつは、ブルース兄様に怒られるオーガス兄様が見たいらしい。嫌な弟だな。
「それで? いつにする? 今日?」
「今日はさすがに」
無理ですよと眼鏡を触る先生は、「そもそも」と俺の出鼻を挫いてくる。
「大公様の許可を頂きませんと」
「内緒じゃダメなの?」
「私をクビにしたいのですか?」
そんなわけはない。
俺は計画をはやく実行に移したいだけだ。
事の始まりは、俺がカル先生に「俺も先生になりたい」と告げたことである。
戸惑いを隠さなかったカル先生であったが、俺の夢を笑い飛ばすようなことはしなかった。何度か「気の迷いではなく?」と確認はされたが、基本的には俺の言葉を信じてくれた。
その後、「じゃあ勉強を頑張らないといけませんね」と微笑むカル先生に言われるがまま、とりあえず今日まで黙々と頑張ってきた。
勉強を頑張り始めた俺に、ユリスは怪訝な顔で突っかかってきた。ひどい時には「熱でもあるのか」と真顔で言われた。普通に失礼だろ。
こういう時、オーガス兄様やブルース兄様は特に揶揄うような言葉を口にはしない。ティアンも「頑張ってますね」と嬉しそうにするだけである。
なんとなく照れ臭くて、先生になりたいという夢はいまだにカル先生以外には伝えていない。
だが先日。
カル先生が別の家庭教師先の授業を見学しないかと提案してくれた。俺はいつも生徒役だから。もちろん行くと手をあげた俺であったが、カル先生はお父様の許可がないことを理由に渋っているというわけだ。
「でもお父様に言ったらさ。俺が先生目指してるってバレちゃうじゃん」
「そろそろ言ってもよろしいのでは?」
「……いやだ」
なぜ、と食い下がってくるカル先生。
なぜと言われても。先生になりたいと言った時のお父様の反応が予想できないからだ。
応援してくれそうな気もするけど、ちょっぴり反対されそうな気もする。
お父様とお母様は、そもそも俺が働く必要はないと思っているような気がする。オーガス兄様にはしっかりしろと口うるさく言っているが、俺にはそういう事は言わない。
俺が学園に通うことも反対していたらしいし。どうだろうかと悩んでいる。
「大公様は、ルイス様の考えは尊重してくださると思いますが」
「うーん。どうだろう」
なんとなく。俺には働くよりも、地位がしっかりとした人と結婚してほしいと思っているような。そんな感じがするのだ。
お父様としても、俺がどこぞのお嬢様と結婚して平和に暮らしてくれた方が安心なのだろう。無駄な苦労はするべきではないというのが、俺を猫可愛がりしているお父様の考えだ。
ユリスにも同様の考えを持っていたようであるが、ユリスはユリスだからな。両親のことは気にせずさっさと研究に首を突っ込んでしまったというわけである。
とはいえ、後から聞いた話だと、魔法研究所が設立されるに際して、お父様がユリスのことをくれぐれも頼むとエリックにお願いしていたらしい。現国王陛下の弟からの頼みである。エリックも無下にはできなかったらしく、ユリスが研究所に好きに出入りできるよう取り計らってくれたそうだ。もちろん、諸々の安全も考慮して。
俺は、お父様お母様に心配かけたくないという気持ちもある。ただでさえ、俺はヴィアン家に面倒を見てもらっている立場だ。それにユリスが好き勝手やっている中、俺まで我儘を言い始めたら、特にお母様が心を痛めるのではないかと気が気じゃない。
「しかし。内緒で事を進めると余計に心労をかけることになるのでは?」
「うーん」
そうかもしれない。
眉尻を下げる俺に、カル先生は諭すように許可がないと俺を屋敷から連れ出せないと繰り返す。
お出かけしたいと言えば、別に反対はされないと思う。だが、行く先が問題だ。カル先生が通っている生徒の家だというから、ここらの貴族の屋敷に違いない。俺がお邪魔しても支障のない家を選ぶとカル先生は言っていたが、それを含めて全て内緒のお出かけはやはり無理がある。
「でもなぁ」
自分でもわかっている。
心配かけたくないなど色々とそれらしい理由をつけてみたが、みんなに言いたくない本当の理由はもっとシンプルだ。
「もし反対されたら、俺はどうすればいい?」
要するに、みんなに反対されるのが怖いのだ。もしもダメと言われた時、俺はどうしていいのかわからないのだ。
ははっと力なく苦笑するカル先生は、オーガス兄様の性格を思い出したらしい。「ブルース様も苦労されているのでしょうね」と小さく呟いた。
そうだな。俺も大変だが、一番苦労しているのはブルース兄様だ。
カル先生との授業中。俺と先生のふたりきりになる。邪魔になるからと綿毛ちゃんは追い出されてしまうのだ。床ではエリスちゃんが寝ているけど、猫は邪魔しないから大丈夫。
「まあオーガス兄様のことはどうでもいいや」
俺が頑張らなくても、ブルース兄様がどうにかしてくれるだろう。連日のように青筋を浮かべている次男である。長男は敬うという信念があるらしいが、それもそろそろ我慢の限界に達しそうである。ブルース兄様がいつブチ切れるのかと、ユリスがそわそわしていた。あいつは、ブルース兄様に怒られるオーガス兄様が見たいらしい。嫌な弟だな。
「それで? いつにする? 今日?」
「今日はさすがに」
無理ですよと眼鏡を触る先生は、「そもそも」と俺の出鼻を挫いてくる。
「大公様の許可を頂きませんと」
「内緒じゃダメなの?」
「私をクビにしたいのですか?」
そんなわけはない。
俺は計画をはやく実行に移したいだけだ。
事の始まりは、俺がカル先生に「俺も先生になりたい」と告げたことである。
戸惑いを隠さなかったカル先生であったが、俺の夢を笑い飛ばすようなことはしなかった。何度か「気の迷いではなく?」と確認はされたが、基本的には俺の言葉を信じてくれた。
その後、「じゃあ勉強を頑張らないといけませんね」と微笑むカル先生に言われるがまま、とりあえず今日まで黙々と頑張ってきた。
勉強を頑張り始めた俺に、ユリスは怪訝な顔で突っかかってきた。ひどい時には「熱でもあるのか」と真顔で言われた。普通に失礼だろ。
こういう時、オーガス兄様やブルース兄様は特に揶揄うような言葉を口にはしない。ティアンも「頑張ってますね」と嬉しそうにするだけである。
なんとなく照れ臭くて、先生になりたいという夢はいまだにカル先生以外には伝えていない。
だが先日。
カル先生が別の家庭教師先の授業を見学しないかと提案してくれた。俺はいつも生徒役だから。もちろん行くと手をあげた俺であったが、カル先生はお父様の許可がないことを理由に渋っているというわけだ。
「でもお父様に言ったらさ。俺が先生目指してるってバレちゃうじゃん」
「そろそろ言ってもよろしいのでは?」
「……いやだ」
なぜ、と食い下がってくるカル先生。
なぜと言われても。先生になりたいと言った時のお父様の反応が予想できないからだ。
応援してくれそうな気もするけど、ちょっぴり反対されそうな気もする。
お父様とお母様は、そもそも俺が働く必要はないと思っているような気がする。オーガス兄様にはしっかりしろと口うるさく言っているが、俺にはそういう事は言わない。
俺が学園に通うことも反対していたらしいし。どうだろうかと悩んでいる。
「大公様は、ルイス様の考えは尊重してくださると思いますが」
「うーん。どうだろう」
なんとなく。俺には働くよりも、地位がしっかりとした人と結婚してほしいと思っているような。そんな感じがするのだ。
お父様としても、俺がどこぞのお嬢様と結婚して平和に暮らしてくれた方が安心なのだろう。無駄な苦労はするべきではないというのが、俺を猫可愛がりしているお父様の考えだ。
ユリスにも同様の考えを持っていたようであるが、ユリスはユリスだからな。両親のことは気にせずさっさと研究に首を突っ込んでしまったというわけである。
とはいえ、後から聞いた話だと、魔法研究所が設立されるに際して、お父様がユリスのことをくれぐれも頼むとエリックにお願いしていたらしい。現国王陛下の弟からの頼みである。エリックも無下にはできなかったらしく、ユリスが研究所に好きに出入りできるよう取り計らってくれたそうだ。もちろん、諸々の安全も考慮して。
俺は、お父様お母様に心配かけたくないという気持ちもある。ただでさえ、俺はヴィアン家に面倒を見てもらっている立場だ。それにユリスが好き勝手やっている中、俺まで我儘を言い始めたら、特にお母様が心を痛めるのではないかと気が気じゃない。
「しかし。内緒で事を進めると余計に心労をかけることになるのでは?」
「うーん」
そうかもしれない。
眉尻を下げる俺に、カル先生は諭すように許可がないと俺を屋敷から連れ出せないと繰り返す。
お出かけしたいと言えば、別に反対はされないと思う。だが、行く先が問題だ。カル先生が通っている生徒の家だというから、ここらの貴族の屋敷に違いない。俺がお邪魔しても支障のない家を選ぶとカル先生は言っていたが、それを含めて全て内緒のお出かけはやはり無理がある。
「でもなぁ」
自分でもわかっている。
心配かけたくないなど色々とそれらしい理由をつけてみたが、みんなに言いたくない本当の理由はもっとシンプルだ。
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