515 / 586
16歳
479 まいったね
しおりを挟む
「本当だったらとっくに引退しているはずなんだけどね」
なかなか上手くいかないね、と苦笑するお父様。
「でもお父様。エリックに代替わりするまで引退しないって前に言ってたよ」
「私、そんなこと言ったかな?」
「言ったよ」
まいったなと額を押さえるお父様は「ルイスも覚えていたのかい」と俺の頭を撫でてくる。
ふふんと胸を張る俺を眩しそうに眺めて、お父様は「まいったね」と繰り返す。
オーガス兄様へ代替わりしようと目論むお父様であるが、当のオーガス兄様がものすごく渋っているのだ。
ブルース兄様からオーガス兄様を説得してこいと頼まれた俺は、足繁く長男のもとへと通っていた。けれどもオーガス兄様は頑なだった。プライドが高いはずなのに、時折こうやって我が儘を言い出す長男の相手は大変だ。
毎日のように「みっともないぞ!」とオーガス兄様を焚きつけてみたのだが、返ってくるのは「どうせ僕はみっともないよ! わかってるよ、そんなこと!」という開き直った言葉だけ。
綿毛ちゃんも呆れた顔をしていた。
しまいには、「お父様を説得してきてよ。まだまだ現役だろう。あの人」と俺に取引を持ちかけてきた。
その結果、俺はオーガス兄様ではなくお父様を説得することにした。
早速、お父様の部屋に突入してみれば、すべてを察したらしいお父様が困ったように肩をすくめた。
「オーガスになにをもらう約束をしたのかな?」
そんな感じで楽しそうに問いかけてくるお父様は、俺とオーガス兄様の魂胆なんてお見通しらしい。さすが父。そこまで指摘されたら知らないふりをするのも無理だろう。
白状しよう。
お父様の引退を取りやめさせることができたら、新しいペットをくれるとオーガス兄様に言われたのだ。
「もっと大きい犬を飼う。綿毛ちゃんは小さいから」
『ひどい』
わくわくする俺とは対照的に、お父様は「こらこら」と眉を顰めた。
「もう二匹もいるだろう。そう何匹も飼うものじゃないよ」
「えー」
ちらっと足元の綿毛ちゃんを見下ろす。
お父様は、ペットは二匹までにしなさいと酷いこと言う。
「……綿毛ちゃんを捨てたらもう一匹飼っていいってこと?」
『え、オレ捨てられるの?』
ひどいと震える綿毛ちゃん。単なる冗談だ。
「綿毛ちゃんは人間になれるから。犬じゃなくて人間枠。だから俺が飼ってるペットはエリスちゃん一匹だけ」
「ルイス?」
妙な迫力のあるお父様。にこやかに笑ってはいるが、有無を言わせない雰囲気だ。
はーいと渋々返事をすれば、「いい子だね」とお父様が再び俺の頭を撫でてくる。お父様とお母様は、気軽に俺のことを撫でる。ユリスは嫌がって逃げてしまうから。
「滞りなく準備は進んでおりますので、ルイス様もご心配なく」
横から口を挟んできたのは、お父様お付きの騎士であるグリシャだ。
彼はとにかく慎重な性格である。細々とした手配が得意で、今回の叙任式にも積極的に手を貸しているらしい。
もともとお父様には、別の人物が騎士としてついていた。しかし、体が資本の騎士である。年齢的にそろそろと申し出てきたらしく、数ヶ月ほど前に引退してしまった。
その代わりとしてお父様についたのがグリシャだ。
年齢は知らないけど、おそらくアロンやニックと同年代だろう。スッと伸びた鼻筋に、ほどよく筋肉のある均整のとれた体。色が薄めの銀髪という端整な顔立ちの男である。
「グリシャ。綿毛ちゃん触る?」
「遠慮致します」
キリッと答えるグリシャは、真面目な好青年である。もとは王立騎士団所属だったのだ。
お父様が信頼を寄せていた騎士の引退を知った国王陛下が、弟であるお父様を心配して寄越したのがグリシャである。
突然うちにやって来たグリシャを見て、ブルース兄様が「王立騎士団は人手不足だったのでは?」と半眼になっていた。ティアンの引き抜きを試みていたくせに、実力確かな者をあっさりと寄越してきたのだ。気持ちはわからなくもない。
きびきび働くグリシャは、うちの騎士団において若干浮いていた。ロニーはきちんと働いてくれる同僚が増えて喜んでいるようであったが、アロンとニックは鬱陶しそうな顔をしていた。
「とにかく。式は予定通りに行いますので。オーガス様にもそのようにお伝えください」
俺に向かって丁寧に頭を下げるグリシャは、生真面目な表情だ。セドリックほどではないが、グリシャもあまり表情が動かない。
しかし、やる気皆無なセドリックとは違い、グリシャは仕事一筋である。その佇まいは、優秀な秘書を彷彿とさせる。
オーガス兄様の説得は大変なんだけどな。
だが、新しいペットをもらえるという約束も、お父様がダメと言ったので叶わない。そうであれば、俺がオーガス兄様の味方をする必要性もない。
「オーガス兄様のこと説得したらなにかちょうだい」
ペットに代わる良い物がほしいと手を差し出せば、お父様が「おやおや」と苦笑いする。
「そうだね。考えておくよ」
よし。俺としては、美味しいお菓子でももらえれば満足である。ニヤニヤする俺に、グリシャが戸惑ったように目を瞬いていた。
なかなか上手くいかないね、と苦笑するお父様。
「でもお父様。エリックに代替わりするまで引退しないって前に言ってたよ」
「私、そんなこと言ったかな?」
「言ったよ」
まいったなと額を押さえるお父様は「ルイスも覚えていたのかい」と俺の頭を撫でてくる。
ふふんと胸を張る俺を眩しそうに眺めて、お父様は「まいったね」と繰り返す。
オーガス兄様へ代替わりしようと目論むお父様であるが、当のオーガス兄様がものすごく渋っているのだ。
ブルース兄様からオーガス兄様を説得してこいと頼まれた俺は、足繁く長男のもとへと通っていた。けれどもオーガス兄様は頑なだった。プライドが高いはずなのに、時折こうやって我が儘を言い出す長男の相手は大変だ。
毎日のように「みっともないぞ!」とオーガス兄様を焚きつけてみたのだが、返ってくるのは「どうせ僕はみっともないよ! わかってるよ、そんなこと!」という開き直った言葉だけ。
綿毛ちゃんも呆れた顔をしていた。
しまいには、「お父様を説得してきてよ。まだまだ現役だろう。あの人」と俺に取引を持ちかけてきた。
その結果、俺はオーガス兄様ではなくお父様を説得することにした。
早速、お父様の部屋に突入してみれば、すべてを察したらしいお父様が困ったように肩をすくめた。
「オーガスになにをもらう約束をしたのかな?」
そんな感じで楽しそうに問いかけてくるお父様は、俺とオーガス兄様の魂胆なんてお見通しらしい。さすが父。そこまで指摘されたら知らないふりをするのも無理だろう。
白状しよう。
お父様の引退を取りやめさせることができたら、新しいペットをくれるとオーガス兄様に言われたのだ。
「もっと大きい犬を飼う。綿毛ちゃんは小さいから」
『ひどい』
わくわくする俺とは対照的に、お父様は「こらこら」と眉を顰めた。
「もう二匹もいるだろう。そう何匹も飼うものじゃないよ」
「えー」
ちらっと足元の綿毛ちゃんを見下ろす。
お父様は、ペットは二匹までにしなさいと酷いこと言う。
「……綿毛ちゃんを捨てたらもう一匹飼っていいってこと?」
『え、オレ捨てられるの?』
ひどいと震える綿毛ちゃん。単なる冗談だ。
「綿毛ちゃんは人間になれるから。犬じゃなくて人間枠。だから俺が飼ってるペットはエリスちゃん一匹だけ」
「ルイス?」
妙な迫力のあるお父様。にこやかに笑ってはいるが、有無を言わせない雰囲気だ。
はーいと渋々返事をすれば、「いい子だね」とお父様が再び俺の頭を撫でてくる。お父様とお母様は、気軽に俺のことを撫でる。ユリスは嫌がって逃げてしまうから。
「滞りなく準備は進んでおりますので、ルイス様もご心配なく」
横から口を挟んできたのは、お父様お付きの騎士であるグリシャだ。
彼はとにかく慎重な性格である。細々とした手配が得意で、今回の叙任式にも積極的に手を貸しているらしい。
もともとお父様には、別の人物が騎士としてついていた。しかし、体が資本の騎士である。年齢的にそろそろと申し出てきたらしく、数ヶ月ほど前に引退してしまった。
その代わりとしてお父様についたのがグリシャだ。
年齢は知らないけど、おそらくアロンやニックと同年代だろう。スッと伸びた鼻筋に、ほどよく筋肉のある均整のとれた体。色が薄めの銀髪という端整な顔立ちの男である。
「グリシャ。綿毛ちゃん触る?」
「遠慮致します」
キリッと答えるグリシャは、真面目な好青年である。もとは王立騎士団所属だったのだ。
お父様が信頼を寄せていた騎士の引退を知った国王陛下が、弟であるお父様を心配して寄越したのがグリシャである。
突然うちにやって来たグリシャを見て、ブルース兄様が「王立騎士団は人手不足だったのでは?」と半眼になっていた。ティアンの引き抜きを試みていたくせに、実力確かな者をあっさりと寄越してきたのだ。気持ちはわからなくもない。
きびきび働くグリシャは、うちの騎士団において若干浮いていた。ロニーはきちんと働いてくれる同僚が増えて喜んでいるようであったが、アロンとニックは鬱陶しそうな顔をしていた。
「とにかく。式は予定通りに行いますので。オーガス様にもそのようにお伝えください」
俺に向かって丁寧に頭を下げるグリシャは、生真面目な表情だ。セドリックほどではないが、グリシャもあまり表情が動かない。
しかし、やる気皆無なセドリックとは違い、グリシャは仕事一筋である。その佇まいは、優秀な秘書を彷彿とさせる。
オーガス兄様の説得は大変なんだけどな。
だが、新しいペットをもらえるという約束も、お父様がダメと言ったので叶わない。そうであれば、俺がオーガス兄様の味方をする必要性もない。
「オーガス兄様のこと説得したらなにかちょうだい」
ペットに代わる良い物がほしいと手を差し出せば、お父様が「おやおや」と苦笑いする。
「そうだね。考えておくよ」
よし。俺としては、美味しいお菓子でももらえれば満足である。ニヤニヤする俺に、グリシャが戸惑ったように目を瞬いていた。
852
お気に入りに追加
3,020
あなたにおすすめの小説
彼の至宝
まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる