冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

479 まいったね

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「本当だったらとっくに引退しているはずなんだけどね」

 なかなか上手くいかないね、と苦笑するお父様。

「でもお父様。エリックに代替わりするまで引退しないって前に言ってたよ」
「私、そんなこと言ったかな?」
「言ったよ」

 まいったなと額を押さえるお父様は「ルイスも覚えていたのかい」と俺の頭を撫でてくる。

 ふふんと胸を張る俺を眩しそうに眺めて、お父様は「まいったね」と繰り返す。

 オーガス兄様へ代替わりしようと目論むお父様であるが、当のオーガス兄様がものすごく渋っているのだ。

 ブルース兄様からオーガス兄様を説得してこいと頼まれた俺は、足繁く長男のもとへと通っていた。けれどもオーガス兄様は頑なだった。プライドが高いはずなのに、時折こうやって我が儘を言い出す長男の相手は大変だ。

 毎日のように「みっともないぞ!」とオーガス兄様を焚きつけてみたのだが、返ってくるのは「どうせ僕はみっともないよ! わかってるよ、そんなこと!」という開き直った言葉だけ。

 綿毛ちゃんも呆れた顔をしていた。

 しまいには、「お父様を説得してきてよ。まだまだ現役だろう。あの人」と俺に取引を持ちかけてきた。

 その結果、俺はオーガス兄様ではなくお父様を説得することにした。

 早速、お父様の部屋に突入してみれば、すべてを察したらしいお父様が困ったように肩をすくめた。

「オーガスになにをもらう約束をしたのかな?」

 そんな感じで楽しそうに問いかけてくるお父様は、俺とオーガス兄様の魂胆なんてお見通しらしい。さすが父。そこまで指摘されたら知らないふりをするのも無理だろう。

 白状しよう。

 お父様の引退を取りやめさせることができたら、新しいペットをくれるとオーガス兄様に言われたのだ。

「もっと大きい犬を飼う。綿毛ちゃんは小さいから」
『ひどい』

 わくわくする俺とは対照的に、お父様は「こらこら」と眉を顰めた。

「もう二匹もいるだろう。そう何匹も飼うものじゃないよ」
「えー」

 ちらっと足元の綿毛ちゃんを見下ろす。
 お父様は、ペットは二匹までにしなさいと酷いこと言う。

「……綿毛ちゃんを捨てたらもう一匹飼っていいってこと?」
『え、オレ捨てられるの?』

 ひどいと震える綿毛ちゃん。単なる冗談だ。

「綿毛ちゃんは人間になれるから。犬じゃなくて人間枠。だから俺が飼ってるペットはエリスちゃん一匹だけ」
「ルイス?」

 妙な迫力のあるお父様。にこやかに笑ってはいるが、有無を言わせない雰囲気だ。

 はーいと渋々返事をすれば、「いい子だね」とお父様が再び俺の頭を撫でてくる。お父様とお母様は、気軽に俺のことを撫でる。ユリスは嫌がって逃げてしまうから。

「滞りなく準備は進んでおりますので、ルイス様もご心配なく」

 横から口を挟んできたのは、お父様お付きの騎士であるグリシャだ。

 彼はとにかく慎重な性格である。細々とした手配が得意で、今回の叙任式にも積極的に手を貸しているらしい。

 もともとお父様には、別の人物が騎士としてついていた。しかし、体が資本の騎士である。年齢的にそろそろと申し出てきたらしく、数ヶ月ほど前に引退してしまった。

 その代わりとしてお父様についたのがグリシャだ。

 年齢は知らないけど、おそらくアロンやニックと同年代だろう。スッと伸びた鼻筋に、ほどよく筋肉のある均整のとれた体。色が薄めの銀髪という端整な顔立ちの男である。

「グリシャ。綿毛ちゃん触る?」
「遠慮致します」

 キリッと答えるグリシャは、真面目な好青年である。もとは王立騎士団所属だったのだ。

 お父様が信頼を寄せていた騎士の引退を知った国王陛下が、弟であるお父様を心配して寄越したのがグリシャである。

 突然うちにやって来たグリシャを見て、ブルース兄様が「王立騎士団は人手不足だったのでは?」と半眼になっていた。ティアンの引き抜きを試みていたくせに、実力確かな者をあっさりと寄越してきたのだ。気持ちはわからなくもない。

 きびきび働くグリシャは、うちの騎士団において若干浮いていた。ロニーはきちんと働いてくれる同僚が増えて喜んでいるようであったが、アロンとニックは鬱陶しそうな顔をしていた。

「とにかく。式は予定通りに行いますので。オーガス様にもそのようにお伝えください」

 俺に向かって丁寧に頭を下げるグリシャは、生真面目な表情だ。セドリックほどではないが、グリシャもあまり表情が動かない。

 しかし、やる気皆無なセドリックとは違い、グリシャは仕事一筋である。その佇まいは、優秀な秘書を彷彿とさせる。

 オーガス兄様の説得は大変なんだけどな。

 だが、新しいペットをもらえるという約束も、お父様がダメと言ったので叶わない。そうであれば、俺がオーガス兄様の味方をする必要性もない。

「オーガス兄様のこと説得したらなにかちょうだい」

 ペットに代わる良い物がほしいと手を差し出せば、お父様が「おやおや」と苦笑いする。

「そうだね。考えておくよ」

 よし。俺としては、美味しいお菓子でももらえれば満足である。ニヤニヤする俺に、グリシャが戸惑ったように目を瞬いていた。
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