冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

472 遅い

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 ところが、騎士団の訓練が終わるはずの時間になっても、ティアンは部屋に戻ってこなかった。

「ティアン、遅い。何してるんだ」
『遅いねぇ』

 キャンベルに作ってもらった小さいエリスちゃん。はやくティアンにも見せてあげたいのに、一向に帰ってこない。

「ジャン! ティアンは?」

 勢いよくジャンを問い詰めるが、困ったような顔をされるだけでほしい答えは返ってこない。そりゃそうか。ジャンに訊いても仕方がないか。

 大人しく待つことにするが、一向に戻ってこない。

「……綿毛ちゃん。ティアンのこと呼んできて」
『えー?』

 暇そうな毛玉に頼んでみるが、床でのんびりしている綿毛ちゃんは動かない。緩く尻尾を振って、『どうしようかなぁ』と呟いている。

 待ちきれなくなった俺は、綿毛ちゃんを抱える。

『なに?』
「ティアン探しに行く」
『え? そのうち戻ってくるよ』
「そのうちっていつ?」

 腕の中の綿毛ちゃんを見下ろすが、明確な答えは返ってこない。綿毛ちゃんは、よく無責任なことを言う。

 ティアン探してくるとジャンに伝えて、廊下に出る。騎士棟に向かおうとしたのだが、ふとユリスの事が気になったため彼の部屋に突入する。

「ユリス!」

 声をかければ、ぼけっとしていたユリスが「なんの用だ」と顔を上げた。

「なにしてるの」
「なんでもいいだろ」

 素っ気ないユリスは、「で? なんの用だ」と繰り返す。別にユリスに用があったわけではない。ふと思いついて訪ねてみただけ。

 眉を寄せるユリスであったが、特にそれ以上の文句は言ってこない。こいつは不機嫌そうにしながらも、なんだかんだで優しいと思う。

「ねぇ。ティアン知らない?」

 ユリスと一緒にいたタイラーに尋ねれば、「え? 戻ってません?」と首を捻られてしまった。

 タイラーも、騎士団の訓練にはあまり参加していない。もう新人って感じでもないからな。相変わらず口うるさい男だが、ユリスとは意外と上手くやっている。

 本当はジャンのような従者をユリスにもつけるべきなのだが、なぜかユリスが頑なに拒否をした。小さい頃のユリスは、気に入らないことがあるとすぐに従者をクビにしていた。そういう過去もあって、兄様たちも無理に従者をつけようとはしなかった。

 おそらく、自分の周りに人が増えるのが嫌なんだと思う。ユリスは静かなところが好きなのだ。余計な人が増えて、賑やかになるとストレスなんだと思う。

「ティアンが戻ってこない。家出したのかも」
「喧嘩でもしたのか?」

 心なしか嬉しそうな顔をするユリス。ユリスは、うるさい空間は嫌いだが、揉め事は好きという変人だ。人が困っていると嬉々として寄ってくる。

 今だって、やる気なさそうにしていたのに。
 トラブルの気配を察知した途端に、元気になった。嫌な奴だな。

「喧嘩はしてないけど」

 アロンが作ってきたケーキを食べた時のことを思い出す。

 もしかしたら、ティアンは怒っているのかもしれない。でもなんで怒るんだろうか。

 あの時、ちょっとティアンのことを蔑ろにしてしまったかもしれない。でも、あの時はケーキ作ってきてくれたアロンの相手もしないといけなかった。あの状況で、アロンを放置するわけにはいかない。

 冗談で家出と口にしたけど、本当に家出だったらどうしよう。俺、ティアンの家がどこか知らない。

「ティアン。怒ってるかも」
「怒らせるようなことをしたのか?」

 ユリスの問いに、頷くこともできない。ティアンがいい気分ではないだろうなとは思うが、具体的な理由の説明が難しい。

 嫌だといったティアンを、無理矢理同じテーブルにつかせたのが悪かったのかも。ティアンは、騎士として俺とは一線を引きたい感じだった。俺はそれが嫌だった。

 俺の強引な態度が原因だろうか。

 考え込んでいると、ユリスも何かを考えるように顎に手を持っていく。

「ティアンのことで、なんでルイスが悩む必要がある。気に入らないならクビにすればいいじゃないか」

 言うと思った。
 ユリスは自分勝手なところがある。だから自分が悪いかもなんて悩み方はあまりしない。なにか引っ掛かることがあれば、さっさと己の側から追い出すタイプだ。

 そんなユリスを、長いこと面倒見ているタイラーはすごい。

 クビにするつもりはないと伝えれば、ユリスは「ふうん?」と不思議そうな様子だ。

「やけにティアンのことを気に入っているな」
「だって。友達だし」
「友達ではないだろ。あいつは単なる騎士だ」

 ティアンが俺と遊んでくれていたのは、それが仕事だからだと、ユリスは言う。それはその通りだと思う。十二歳の頃のティアンが、ブルース兄様に頼まれて俺の遊び相手という仕事をしていたのは事実。

 でも、今は違うと思う。

 俺のために騎士になると宣言して、ちゃんと戻ってきてくれた。これは仕事だからというわけではなさそうだ。

「俺とティアンは親友だと思う」

 ね? と綿毛ちゃんに確認すれば、『うん』という適当な返事があった。

「親友でいいのか? てっきりティアンのこと好きなのかと」
「え」

 突然のユリスの言葉に、動きを止める。タイラーが「あ、それ言っちゃいます?」と、慌ててユリスを止めに入っていた。
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