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16歳
綿毛ちゃんの日常16
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大きく欠伸をして、目を開ける。
廊下の窓際。この時間、日当たりのいい場所で昼寝をしていたのだが、誰かが近寄ってくる足音が聞こえた。ピクピクと耳を動かしてそちらを確認すれば、なんだか疲れたような顔で歩いてくるレナルドさんを発見。
こうして顔を見るのは久しぶりだ。
一時期は、ルイス坊ちゃんの護衛役を務めていたレナルドさんであったが、ティアンさんが戻ってきたことによりあっさりとその役割をティアンさんに譲ってしまった。
基本的に、レナルドさんはあっさりしている。
みんなの話によると、彼は一時期副団長候補としても名前があがったらしい。だが、それを辞退した。結果、副団長の席はロニーさんにまわってきた。
普通、そういう出世話は嬉しいものではないのだろうか。レナルドさんからは、そういう欲を感じない。アロンさんなんて、いまだに副団長の座を狙っているというのに。
『お久しぶりでーす』
「うお!」
オレの横を無言で通り過ぎようとしていたレナルドさんに、寝そべったまま声をかけてみる。ぼんやり歩いていたらしい彼は、突然の声かけに大袈裟に肩を揺らした。
「びっくりした。なんだ。綿毛ちゃんか」
『はいはい。綿毛ちゃんです』
尻尾を振って笑顔になるが、レナルドさんは驚いたと心臓のあたりを左手で押さえている。そんなにびっくりしたの? なんかごめんねぇ。
「寿命が縮んだかもしれない」
『まさかぁ』
へらっと笑い飛ばすと、レナルドさんは「いや絶対に縮んだ」と必死に訴えてくる。そうなの? 人間の寿命の仕組みはよくわかんないや。
とりあえず、『ごめんねぇ』と眉尻を下げて謝っておく。こうしてへにゃっと眉のあたりを下げれば、申し訳なさそうな顔が作れるのだ。よくルイス坊ちゃん相手にもこうして謝るのだが、坊ちゃんは「なんだその顔は! 変な顔するな!」と、勢いよく突っかかってくる。坊ちゃん相手にはなかなか通じない戦法だ。
だが、レナルドさんには通じたらしい。一転して「いや、いいわ。よそ見してた俺も悪かった」と頭を掻いている。
「ルイス様は?」
『カル先生とお勉強中』
「あぁ、なるほど」
坊ちゃんは、なんだか最近勉強を頑張っている。カル先生とふたりで、こっそり内緒話をしていたりもする。あれは何かを企んでいる様子だった。だが、カル先生が止めないあたり、別に悪いことというわけでもないのだろう。むしろ、カル先生の方はなんだか楽しそうにしている。
「じゃあ、俺はこれで」
さっと通り過ぎようとするレナルドさんに思わず『え!』と声がもれる。
『触らないの? オレ、もふもふだよ』
「は?」
ぴたっと足を止めたレナルドさんは、なんだか怪訝な目を向けてくる。
え? 触らないの?
こんなにもふもふなのにぃ?
じっと見上げていれば、レナルドさんが苦々しく呻いてしまう。
「あれだな。やっぱりペットって飼い主に似るんだな」
『はい?』
今度はオレが怪訝な声を出す番だった。
だってオレは可愛いもふもふだ。ルイス坊ちゃんだって、毎日のようにオレをもみくちゃにしている。まぁ、坊ちゃんの場合はちょっとやりすぎだけど。
とにかく。人間はみんなオレに触りたがるので。一部アロンさんのような例外もいるけど。アロンさんは、まるで害虫でも見つけたみたいな目でオレを見下ろしてくる。動物嫌いらしいけど、愛馬にはよく話しかけていることをオレは知っているんだけどねぇ。
触っていいよ、と許可するが、レナルドさんは怠そうにオレを見下ろしてくる。
「あー、いいや」
『なんで? もふもふだけど?』
「……」
何かを考えるように顎に手を持っていくレナルドさん。やがて、すんごい小声でぼそっと呟いた。
「腰が痛い」
『……え?』
「いやだから。腰が痛いから。屈みたくない」
『……それ本気で言ってる?』
「割と本気」
『えー?』
その腰が痛いというセリフ、本気だったの?
ルイス坊ちゃんは、レナルドさんの腰痛いアピールは仕事をサボりたいがための大嘘だと決めつけていた。まぁ、レナルドさんは騎士だしね。体が資本みたいなところあるから、坊ちゃんが疑うのも無理はないけど。
至極真面目な顔で「すまんね」と片手をあげるレナルドさん。騎士団の中ではベテランに分類される彼である。そういうこともあるのだろうと納得する。
『ところで、屋敷の方に来るのは珍しいねぇ』
「アロンに呼ばれてな」
『へー。仲良しだねぇ』
「そんなんじゃねぇよ。単なる腐れ縁だって」
ははっと豪快に笑うレナルドさんは、坊ちゃんの護衛時代には屋敷内に部屋をもらっていた。それが、護衛役を辞めてからは騎士棟の方へと移っている。だから屋敷内に来るような用事は滅多にないはずなのだが、アロンさんやニックさんに会うために頻繁に出入りしているのだ。
オレも、たまにだけどお邪魔することがある。ルイス坊ちゃんの側にいると、どうしてもお酒は飲めないから。でもオレ、お酒は結構好きなんだ。
アロンさんは、寛大なのかオレに興味がないのか。オレが夜中にお邪魔しても、追い返すことはしない。お酒は美味しいけど、だいたいいつも酔ったニックさんが、変な絡み方をしてくる。
あの人は、普段からセドリックさんの話しかしないけど、酔うともっと酷い。そんなニックさんの醜態を面白がって、レナルドさんは毎度彼に進んでお酒を飲ませている。
『今夜も飲みますかぁ?』
ぺろっと舌を出してみれば、レナルドさんはカラカラと笑う。
「綿毛ちゃんも来るか?」
『坊ちゃんが寝たらこっそり抜け出してくるよぉ』
「おうおう。頑張れよ」
悪そうに笑うレナルドさんを見上げて、オレはへへっと尻尾を振っておいた。
廊下の窓際。この時間、日当たりのいい場所で昼寝をしていたのだが、誰かが近寄ってくる足音が聞こえた。ピクピクと耳を動かしてそちらを確認すれば、なんだか疲れたような顔で歩いてくるレナルドさんを発見。
こうして顔を見るのは久しぶりだ。
一時期は、ルイス坊ちゃんの護衛役を務めていたレナルドさんであったが、ティアンさんが戻ってきたことによりあっさりとその役割をティアンさんに譲ってしまった。
基本的に、レナルドさんはあっさりしている。
みんなの話によると、彼は一時期副団長候補としても名前があがったらしい。だが、それを辞退した。結果、副団長の席はロニーさんにまわってきた。
普通、そういう出世話は嬉しいものではないのだろうか。レナルドさんからは、そういう欲を感じない。アロンさんなんて、いまだに副団長の座を狙っているというのに。
『お久しぶりでーす』
「うお!」
オレの横を無言で通り過ぎようとしていたレナルドさんに、寝そべったまま声をかけてみる。ぼんやり歩いていたらしい彼は、突然の声かけに大袈裟に肩を揺らした。
「びっくりした。なんだ。綿毛ちゃんか」
『はいはい。綿毛ちゃんです』
尻尾を振って笑顔になるが、レナルドさんは驚いたと心臓のあたりを左手で押さえている。そんなにびっくりしたの? なんかごめんねぇ。
「寿命が縮んだかもしれない」
『まさかぁ』
へらっと笑い飛ばすと、レナルドさんは「いや絶対に縮んだ」と必死に訴えてくる。そうなの? 人間の寿命の仕組みはよくわかんないや。
とりあえず、『ごめんねぇ』と眉尻を下げて謝っておく。こうしてへにゃっと眉のあたりを下げれば、申し訳なさそうな顔が作れるのだ。よくルイス坊ちゃん相手にもこうして謝るのだが、坊ちゃんは「なんだその顔は! 変な顔するな!」と、勢いよく突っかかってくる。坊ちゃん相手にはなかなか通じない戦法だ。
だが、レナルドさんには通じたらしい。一転して「いや、いいわ。よそ見してた俺も悪かった」と頭を掻いている。
「ルイス様は?」
『カル先生とお勉強中』
「あぁ、なるほど」
坊ちゃんは、なんだか最近勉強を頑張っている。カル先生とふたりで、こっそり内緒話をしていたりもする。あれは何かを企んでいる様子だった。だが、カル先生が止めないあたり、別に悪いことというわけでもないのだろう。むしろ、カル先生の方はなんだか楽しそうにしている。
「じゃあ、俺はこれで」
さっと通り過ぎようとするレナルドさんに思わず『え!』と声がもれる。
『触らないの? オレ、もふもふだよ』
「は?」
ぴたっと足を止めたレナルドさんは、なんだか怪訝な目を向けてくる。
え? 触らないの?
こんなにもふもふなのにぃ?
じっと見上げていれば、レナルドさんが苦々しく呻いてしまう。
「あれだな。やっぱりペットって飼い主に似るんだな」
『はい?』
今度はオレが怪訝な声を出す番だった。
だってオレは可愛いもふもふだ。ルイス坊ちゃんだって、毎日のようにオレをもみくちゃにしている。まぁ、坊ちゃんの場合はちょっとやりすぎだけど。
とにかく。人間はみんなオレに触りたがるので。一部アロンさんのような例外もいるけど。アロンさんは、まるで害虫でも見つけたみたいな目でオレを見下ろしてくる。動物嫌いらしいけど、愛馬にはよく話しかけていることをオレは知っているんだけどねぇ。
触っていいよ、と許可するが、レナルドさんは怠そうにオレを見下ろしてくる。
「あー、いいや」
『なんで? もふもふだけど?』
「……」
何かを考えるように顎に手を持っていくレナルドさん。やがて、すんごい小声でぼそっと呟いた。
「腰が痛い」
『……え?』
「いやだから。腰が痛いから。屈みたくない」
『……それ本気で言ってる?』
「割と本気」
『えー?』
その腰が痛いというセリフ、本気だったの?
ルイス坊ちゃんは、レナルドさんの腰痛いアピールは仕事をサボりたいがための大嘘だと決めつけていた。まぁ、レナルドさんは騎士だしね。体が資本みたいなところあるから、坊ちゃんが疑うのも無理はないけど。
至極真面目な顔で「すまんね」と片手をあげるレナルドさん。騎士団の中ではベテランに分類される彼である。そういうこともあるのだろうと納得する。
『ところで、屋敷の方に来るのは珍しいねぇ』
「アロンに呼ばれてな」
『へー。仲良しだねぇ』
「そんなんじゃねぇよ。単なる腐れ縁だって」
ははっと豪快に笑うレナルドさんは、坊ちゃんの護衛時代には屋敷内に部屋をもらっていた。それが、護衛役を辞めてからは騎士棟の方へと移っている。だから屋敷内に来るような用事は滅多にないはずなのだが、アロンさんやニックさんに会うために頻繁に出入りしているのだ。
オレも、たまにだけどお邪魔することがある。ルイス坊ちゃんの側にいると、どうしてもお酒は飲めないから。でもオレ、お酒は結構好きなんだ。
アロンさんは、寛大なのかオレに興味がないのか。オレが夜中にお邪魔しても、追い返すことはしない。お酒は美味しいけど、だいたいいつも酔ったニックさんが、変な絡み方をしてくる。
あの人は、普段からセドリックさんの話しかしないけど、酔うともっと酷い。そんなニックさんの醜態を面白がって、レナルドさんは毎度彼に進んでお酒を飲ませている。
『今夜も飲みますかぁ?』
ぺろっと舌を出してみれば、レナルドさんはカラカラと笑う。
「綿毛ちゃんも来るか?」
『坊ちゃんが寝たらこっそり抜け出してくるよぉ』
「おうおう。頑張れよ」
悪そうに笑うレナルドさんを見上げて、オレはへへっと尻尾を振っておいた。
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