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16歳

470 お礼みたいな

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 俺が何度も促して、アロンとティアンはようやくケーキに手をつけた。

 特に感想を述べるわけでもなく、淡々と食べるティアン。どことなく落ち着きがなく、俺と同じテーブルについている状況に罪悪感のようなものを抱いているらしいとわかる。そんなに気になるものだろうか。アロンの図々しさを見習えばいいのに。

 アロンもアロンで味わうことなく食べている。先程まで自分が作ったアピールをしていたはずなのに、一口食べた途端に「ちょっと甘過ぎません? 大丈夫ですか? アリアのやつ。ちゃんと作ったのかよ」と、ぶつぶつ文句を言い始めた。

 アロンが作ったんじゃなかったのか? 結局はアリアが作ったと認めるのか?

 ブレブレのアロンに突っ込んでいる暇もない。なぜか俺の膝に乗ってきた綿毛ちゃんが『これも食べていい?』と、俺のケーキを狙ってくる。ダメに決まってるだろ。この毛玉は、いつも食べるのがはやい。

 綿毛ちゃんを床に戻して、なんとかケーキを完食した。

「美味しかった」

 ありがとうと感謝を伝えれば、アロンは真顔になってしまう。なにその反応。戸惑っていれば、ふいっと顔を背けられてしまう。

 ちょっと待て、とでも言うように片手を掲げるアロン。お望み通り待っていると、わざとらしく咳払いをしたアロンがようやくこちらを向いた。

「喜んでもらえてよかったです」
「うん」

 それにしても、突然どうしたのだろうか。正直、前触れのない行動に戸惑っている。アロンにケーキ作ってと頼んだ覚えもない。

 アロンの目をじっと眺めていると、真面目な表情をしていた彼が、片手で顔を覆った。その照れているような仕草に、俺の方も気恥ずかしくなってくる。

「えっと、ありがとう」

 誤魔化すように再度お礼を言えば、アロンが頷く。「あー、なんかダメですね」と、小さく唸っているアロンは調子が悪そうだった。

「ルイス様が、最近俺の相手してくれないので」
「え? そうだっけ?」

 思いもよらない言葉に、きょとんとする。アロンを蔑ろにした覚えはない。

 だが、アロンの方は違うらしい。俺の顔を見据えてくる彼の表情は、どことなく不満そうだった。

「ジェフリーの相手ばっかりだったじゃないですか」

 それは、言われてみればそうかもしれない。
 だってジェフリーは俺と遊ぶために来ていたわけで。そんな彼をまさか放置するわけにはいかないだろう。そう思うのだが、アロンは不満だったらしい。

 それで、俺の気を引こうとした結果がこれということだ。

「……」

 アロンと、しばし見つめ合う。

 アロンの突拍子もない行動の理由はわかった。わかったけど、なんというか。マジで? というのが素直な感想だ。

 俺がジェフリーと遊んでばかりで、自分の相手をしてくれないと拗ねるところまでは理解できる。アロンは、前々からそういったことを言っていたし、実際ジェフリーを相手に大人気ない態度を多々とっていた。

 だが、だからといって俺の気を引こうとケーキを作ったのが意外すぎて。

 ちょっと笑いを堪えていれば、目敏いアロンは「なに笑ってるんですか」と不服そうに腕を組む。

 いやだって。俺の気を引きたいにしても、もっと他に簡単なやり方もあっただろうに。

 でも俺が甘い物好きだからケーキ作ってくれたのだろう。くすくす笑えば、アロンがちょっぴり拗ねたように頬杖をつく。

「じゃあアロンとも遊んであげる」
「遊んでほしいわけじゃ」

 ぼそっと呟くアロンは、煮え切らない態度だ。

「俺は、ルイス様に忘れてほしくないだけで」
「忘れないって」

 どうやら俺が、ジェフリーと遊ぶのに夢中になって、アロンの存在を忘れると心配していたらしい。いくらなんでもそんな事はない。

 俺がアロンを忘れることはあり得ない。
 だって仲良しだし。

 そりゃ、一瞬だけ意識から飛んでいくことはあるだろうけど。こんなケーキ作りなんて手の込んだことをしなくても、少し声をかけてくれるだけでいいのに。

 へへっと笑えば、アロンは黙々とテーカップを傾けていたティアンの様子を窺う。

「これは、ルイス様と一緒の時間を作りたかったので」
「……」

 カップを置いたティアンが、半眼となる。

 えっと、これはつまり。

 どうやらアロンは、俺とふたりでおやつを食べたかったらしいと悟る。そこにジャンと綿毛ちゃんはともかく、ティアンが乱入してきたことが不満なのだろう。

 そもそも、アロンとしてはティアンが不在の間に済ませたかったのだろう。それが、この雨のせいで急遽騎士団の訓練が中止になった。おそらく中止の件は、厨房にこもっていたアロンの耳には直前まで入らなかったのだろう。アロンは普段から訓練には不参加だし、そもそも雨で中止になるようなものでもない。今日はセドリックのやる気がなかったために、こういう事態になったのだ。

 そう考えると、アロンがちょっぴり可哀想に思えてくる。

 俺と食べるためにケーキまで作ったのに。結局はそこにティアンまで同席している。アロンとしては不本意な結果だったのだろう。

 じっとアロンの顔を観察する。

 俺の隣に座るアロンは、背が高い。俺も身長伸びたけど、アロンには追いつきそうにない。

 手を伸ばして、アロンの肩をぽんぽん叩く。驚いたように肩を揺らした彼。なんだか逃げられそうな雰囲気だったので、俺はちょっと腰を浮かせて、テーブルに片手をつく。そうして乗り出すようにアロンに顔を寄せて、今度はその頭をぽんぽん叩いてみた。

 身長差があるので、アロンの頭を撫でるには、彼が座っている今がチャンスだった。

「……ルイス様」

 掠れた声のアロンは、ピシッと固まってしまった。あれ? 頭撫でられるの嫌だった?

 でもアロンは、割と気軽に俺の頭を雑に撫でてくる。

「えっと、アロンはいつも俺と遊んでくれるから。あとケーキ嬉しかった。そのお礼、みたいな」

 自信をなくす俺は、さっと手を引っ込めようとする。おかしい。もっと軽い感じで応じてくれると思ったのに。

 慌てて席に着こうとした俺であったが、「待って」という声と共にアロンに腕を掴まれた。

 なんだか中途半端な姿勢のまま、アロンと視線がかち合う。

「頑張った甲斐がありました」

 にこっと微笑んだアロンは、俺の手の甲にそっと唇を落としてくる。わっと焦る俺とは対照的に、アロンは優しく目を細めていた。

 ぺたんと椅子に座って、アロンから視線を外す。なんだか顔が熱くなってくる。そっと両頬を手で冷まそうとした時、ティアンとばっちり目が合ってしまった。

「……」
「……」

 何も言わないティアンは、そっとテーカップを持ちなおしている。カチャリと小さく響いた音が、妙に耳に残った。
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