冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

456 弟ですか?

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 ベッドに寝転んでジェフリーと他愛もない話をする。俺のくだらない話にも、いちいち真面目に相槌を返してくれるジェフリーは、どうやら猫の方を気に入ったらしい。ずっとエリスちゃんの背中を撫でている。エリスちゃんは、基本的にはおとなしい猫だ。綿毛ちゃん相手だと途端に強気になるだけで、普段はのんびりしている。

 はやくも寝ているらしいエリスちゃんの背中を懸命に撫でているジェフリーは、ちらちらと俺に視線を向けている。なにか言いたいことがあるらしい。しかし、「なに?」と問いかけても、「いえ、なんでも」という素っ気ない答えしか返ってこない。

 絶対になんでもなくない。だが、ジェフリーを相手にすると強く問いただせない。なんだか泣いてしまいそうだからだ。

 ジェフリーは、昔に比べて強くなったように見えるけど、そうでもないらしい。

「デニスと仲良くやってる?」
「あ、はい。それなりに」
「ふーん?」

 それなりってなんだろうか。
 ジェフリーいわく、あまりデニスと会話する機会がないらしい。そんなことある? と一瞬だけ疑問に思ったが、俺だってお父様と会話する機会は少ない。でもお父様とは仲良しだ。余裕のある時には俺とも遊んでくれるし、お父様が遠くへ出かけた時にはお土産だって買ってきてくれる。

 デニスともそんな感じなのだろうか? と考えるも、そうは見えない。

 もともとデニスは我儘な性格だ。ひとりっ子だったしね。弟の面倒を積極的にみるような奴ではないのだ。

 兄弟の話でも続けようかと思ったが、ジェフリーがあまり乗り気ではないのでやめた。ここで俺がユリスの話をしても、ジェフリーは嫌な気分になるかもしれない。

 代わりに、なにか楽しい話題はないだろうかと考える。

 ジェフリーとは何度も遊んだはずなのに、これといって話題が出てこない。そういえば、ジェフリーはいつも俺の話を一生懸命に聞くだけで、あまり自分の話をしない。これまでは、複雑な生い立ちだし積極的に話したいようなことがないのかもしれないと納得していたが、それにしても自分のことを語らない。俺がジェフリーについて知っているのは、母親が亡くなってアーキア公爵家に引きとられたこととか、読書が好きってこととか、母親が焼いてくれていたパンが好きだとか。それくらいだ。

 それ以上の深いところについて、ジェフリーは語ってくれない。

 そろそろ話題も尽きてきたし、寝ようと思う。明かりを消してもいいかとジェフリーを見れば、彼は小さく息を呑んだ。そのなにかを決意するかのような表情に、俺は自然と動きを止める。

「ジェフリー? どうしたの」

 小声で呼びかけると、ベッドに座っていたジェフリーが俺を振り返る。

「? 寝る?」

 ベッドのスペースを空けてやれば、エリスちゃんから手を離したジェフリーが、無言で隣にやってくる。そのまま俺の隣に寝転ぶと思っていたジェフリーだが、ここで予想外の行動をとった。

「え?」

 なぜかこちらに近寄ってくるジェフリーは、俺の両肩に手を置くと、押し倒すようにしてベッドに転がった。当然のように巻き込まれた俺も、一緒にベッドに転がる。

「……ジェフリー?」

 きょとんと目を瞬く俺。ベッドに仰向けになる俺の上に、ジェフリーが覆いかぶさっている形だ。軽く肩を押してみるが、ジェフリーが退いてくれる気配はない。

 ここまで無言を貫くジェフリーのことが、なんだか怖いと思ってしまう。反射的に綿毛ちゃんを探して視線を彷徨わせるが、横たわったままでは上手く探せない。

「ジェフリー。どうしたの?」

 とりあえず、優しく語りかけてみる。
 それが功を奏したのかは不明だが、ようやくジェフリーが小さく口を開いた。

「僕は、ルイス様のなんですか」
「ん?」
「弟ですか?」

 なんだか怒ったような声音に、今度は俺の方が口を閉ざす。これまでのどこか弱々しい雰囲気が消え失せて、知らない人みたいだ。

「僕はルイス様の弟じゃありません。弟扱いはやめてください」

 きっぱりとした言葉に、動きを止める。
 ジェフリーは、確かに俺の弟ではない。でもジェフリーの言う通り、ずっと弟だと思って接してきた。俺はそれで楽しかったし、ジェフリーも楽しそうだと思っていたのに。

「ご、ごめん」

 言ってから、ジェフリーには謝ってばかりだなと思った。

 前は、俺がティアンと間違えたことにジェフリーが泣いてしまった。それでごめんねと謝ったことはよく覚えている。

 ジェフリーとはうまくやっているつもりだったのに、そうでもなかったらしい。そもそもジェフリーは、自分の考えをあまり主張しないのでわからなかった。いや、本当はちょっぴりわかっていた。

 ジェフリーは俺のことが好きだと言っていた。そうであれば、もしかしたら弟扱いは嫌かもしれないと予想できたのに。俺はそれを考えないようにしていた。ジェフリーの存在を、自分に都合の良いように扱っていたかもしれない。

「ごめんね」

 再度謝罪すれば、ジェフリーがぎゅっと眉間に力を入れる。だがそれは、いつもの泣きそうな顔ではなく、怒っているような顔であった。

「ルイス様の弟になりたいわけじゃないです」
「うん」

 ジェフリーの頬に手を伸ばす。そっと添えれば、ジェフリーがくしゃっと顔を歪める。その表情があまりにも見慣れないものだったので、俺は再び「ごめんね」と眉尻を下げた。
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