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16歳

451 忘れてる?

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「ティアン」
「なんですか」

 床に落ちていたエリスちゃんの毛を摘んで、ティアンに渡す。

「あげる」
「は?」

 変な顔で受け取ったティアンは、怪訝な様子で白い毛を眺めると、そのままゴミ箱に捨ててしまった。

「なにするんだ!」
「なにって。捨てろってことでしょ?」
「違う!」
「え」

 俺が猫の毛を集めてオーガス兄様にプレゼントするところ見ただろうが。それでなんで捨てるんだよ。

「それとは違うでしょ。明らかに床に落ちてたやつじゃないですか」
「うるさい!」
「はぁ!?」

 ティアンと睨み合いをするが、足元でうろつく綿毛ちゃんが『喧嘩しないでぇ』とうるさい。

『オレの毛、あげるからぁ』
「綿毛ちゃんのはいらない!」
『ひっど』

 オーガス兄様の助言により、ティアンは俺と会話してくれるようになった。なったんだけど、思っていたのとちょっと違う。なんというか、なぜか喧嘩腰なのだ。

 今日だって、俺の行動にケチをつけてくる。

 ふいっとティアンから顔を背けて、エリスちゃんを抱っこする。

 今日は昼からジェフリーが遊びに来る予定なのに、朝からイライラしてばかりだ。

「ティアン!」
「なんですか。先程から」

 怠そうに応えるティアンは、薄青の瞳で俺を見つめてくる。その面倒くさそうな仕草に、また苛立ちが募る。

「なんでもない!」
「なんでもないなら呼ばないでくださいよ。なにをそんなにイライラしているんですか」
「してないし」
「してるでしょ」
「してないもん!」

 ひたすらエリスちゃんをもふもふする。綿毛ちゃんが割り込んでこようとするが無視だ。俺は今、犬じゃなくて猫と遊びたい気分なの。

 オーガス兄様は、俺にティアンのことを信頼してやれと言ったけど。信頼ってなんだろう。おそらく騎士として信頼しろって意味なんだろうけどさ。

 俺の知っているティアンは、弱そうなお子様だった。到底騎士になれるような器ではなかった。

 それが少し見ないうちに随分と騎士っぽくなっていた。こんなティアンは知らない。オーガス兄様は少しずつ知ればいいと言ってくれるけど、四年の空白は大きい。

「今日はジェフリー来るから。綿毛ちゃん、静かにしててよね」
『はいはい』

 わかったよと眉間にぎゅっと力を入れる綿毛ちゃんは『お喋りできないのは退屈なのにぃ』と文句を垂れている。

「……ティアンも一緒に遊ぶ?」

 ふと思いついて、ティアンを見上げる。床にしゃがんで猫を触る俺に、ティアンは表情を固くした。

「いいですよ、僕は」

 思った通りの答えに、顔を俯ける。
 なんでそんな冷たいこと言うのだろうか。ティアンとしては、騎士として俺と一線を引きたいってことだろうか。でも、俺の中には毎日のように遊んでくれていたティアンの記憶があるわけで。断られると、当時のティアンとの違いに困惑する。

「俺のこと嫌いになった?」

 ティアンは四年の間に成長したのに、俺はあんまり成長していないから。ティアンはがっかりしたのかもしれない。自分ではちょっぴり大人になったつもりだけど、ティアンの成長と比べたらそうでもない。

 ティアンは、俺のことを見てどう思ったのだろうか。乗馬できるようになったことは褒めてくれたけど、勉強するようになったことも褒めてくれたけど。本音ではどう思っているのか、いまいち謎だ。

「俺、ティアンと比べて全然だし。あんまり変わってなくてがっかりした? 嫌いになった? だからそんなに冷たいの?」

 エリスちゃんの背中に手を置いて、じっと真っ白な毛並みを見つめる。柔らかい毛を撫でながら、ティアンの答えを待つこの時間がすごく嫌。

 なんで即答してくれないのか。

 嫌いじゃないって、なんですぐに言ってくれないのか。やっぱり俺のこと嫌いになったんだ。

「いいよ、もう」

 待ちきれなくて話を切り上げる。気まずいので、部屋を出てユリスの部屋にでも避難しようとドアノブに手をかけた。

 その時、弾かれたように素早く動いたティアンが、俺の左手を掴んでくる。ドキッと心臓が跳ねた。

「待ってください」
「……なに」

 驚きを悟られないようにと努めれば、素っ気ない対応になってしまう。

「嫌いになるわけないですよ。僕が、なんのために騎士になったと思っているんですか」

 なんのためだろう。
 ティアンが帰ってきてすぐのこと。確かロニーが、ティアンは俺の側に居るために騎士になったと言っていた。でも、本当にそうだろうか。

 本当は、うちの騎士団で団長を務めていたクレイグ団長に憧れていたのではないのか。彼は、ティアンの父親だから。

「そもそも。最初に僕のことを無視したのはルイス様じゃないですか。僕のことを認めてくれなかったのはルイス様じゃないですか」
「え?」

 予想外の言葉に、面食らう。だが心当たりはあった。

 ティアンがうちに戻ってきてくれた時。俺はティアンのことを受け入れられずに冷たい態度をとった。

「それは、だって」

 あの時のことは一度謝った。ティアンも気にしていないと笑ってくれた。

 でもやっぱり、本心では俺のこと怒ってたんだ。

 ぎゅっと拳を握れば、ティアンが慌てたように「あ、いえ。そういう意味ではなく」と弱々しい声を出した。

「すみません。今のは言い過ぎました」
「やっぱり俺のこと嫌いなんだ」

 ぽつりと呟けば、ティアンが目を見開く。

「違いますよ! 僕がいつそんなこと言いましたよ」
「だって!」

 ティアンの腕を振り払って、ぎゅっと眉間に力を入れる。

「俺も悪かったと思ってるよ。でもなんか。あの時は」

 あの時は、記憶とはだいぶ違うティアンに戸惑ったのだ。だからといって、俺の対応は今思い返せば酷かったと自分でも思う。

「ごめん。ごめんなさい」

 目元を拭えば、ティアンが迷うことなく俺の両肩に手を置いた。その力強さに、ちょっと驚く。

「そんなに謝らないでくださいよ。今のは僕も言い過ぎました。すみません」
「……うん」
「ルイス様のこと、僕は好きですよ。嫌いになんてなりません」
「うん」

 控えめに頷けば、ティアンがそっと俺の肩から手を離した。

『ねー、ジャンさん。オレらがいること、忘れられてるよね?』

 ハッと目を向ければ、ニヤニヤする綿毛ちゃんと、さっと顔を背けるジャンがいた。慌ててティアンから距離を取るが、綿毛ちゃんは悪い顔でニヤニヤしたままだった。
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