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16歳
447 俺は嬉しい
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「ジェフリー。犬の散歩しよう」
綿毛ちゃんが嫌そうな顔をしているが、仕方がない。自室に戻った俺であるが、室内の空気は最悪だった。
泣きそうな顔をしているジェフリーに、明らかに不機嫌なアロン。そんなふたりをオロオロと見比べるジャンに、床で丸くなって欠伸しているエリスちゃん。もう滅茶苦茶だ。おまけにティアンも眉間に深い皺を刻んでいる。誰もにこにこしていない。最悪だ。
こんな空間、俺がなにを言っても無駄だと思う。早々に逃げ出そうと、戸棚をあさって綿毛ちゃん用のリードを取り出す。
ジェフリーの前である。お喋りできない綿毛ちゃんが低く唸っている。綿毛ちゃんは、リードが嫌いだ。良い思い出がないからだ。数年前、うっかりお散歩姿をラッセルに見られた件をまだ引きずっているらしい。あの時は、確かに大変だった。綿毛ちゃんが人間になれるとバレてしまったのだ。
地味にバタバタと抵抗する綿毛ちゃんを頑張って押さえつける。そうしてもふもふの毛に埋もれた首輪に、リードを装着する。綿毛ちゃんは、一見するとわからないが、きちんと首輪をつけている。毛がもっふもふなので普段は隠れて見えないだけだ。
「行くぞ! 綿毛ちゃん」
ぐいっとリードを引っ張って、ついでにジェフリーの手も引いてやる。チラッとアロンの顔を確認したジェフリーは、やはりアロンのことを怖がっていた。アロンは、相手が誰であろうと我を貫くタイプの人間だ。王子であるエリックやマーティーを前にしても、基本的にその態度が変わることはない。よく言えば、裏表がないのだ。猫を被ることもあるが、それも長続きしない。
そんなアロンだから、子供であるジェフリーに対しても遠慮がない。きっと俺が居ない間にも、ジェフリーに冷たい態度をとっていたに違いない。
遠慮気味のジェフリーだが、俺に手を引かれるまま廊下に出る。椅子を占領していたアロンも、無言でついてくる。当然のようにジャンも一緒だ。エリスちゃんだけが、部屋に残る形だ。
そうしてほとんどメンバーは変わらないままに、場所だけが変わる。
だが、狭い室内から広い庭に移動するだけで、幾分か気が楽になる。ジェフリーも、心なしか安堵を見せている。相変わらず一歩離れた位置にいるティアンは、無言のままだ。
「リード持ってみる?」
綿毛ちゃんは言葉の通じる犬なので、動物に慣れていないジェフリーでもお散歩できる。はいっと持ち手を差し出せば、ジェフリーは一瞬だけ躊躇するものの、おずおずと受け取った。
「手を離さなければ大丈夫だよ」
「……はい」
綿毛ちゃんは、どことなく不満そうな佇まい。リードが気に入らないようで、しきりに頭を振っている。
綿毛ちゃんの角は、今のところ隠し通せている。毛がもさもさなのが幸いした感じだ。
無言で散歩をする俺らであるが、自然と距離があく。俺とジェフリーが並んで綿毛ちゃんを散歩させる。その後ろから、アロンが無言でついてくる。さらにその後ろにジャンとティアンがいる。
「なんかごめんね」
ぼそっと謝れば、ジェフリーが一瞬だけ硬直する。小さく「いえ」と首を左右に振ったジェフリーは、綿毛ちゃんのリードを強く握りしめている。
「僕が悪いんです。全部僕が」
独り言のような声量だった。
「すみません。僕なんかが。やっぱり僕はルイス様の隣に並べるような人間じゃないんです」
突然、暗い声になるジェフリーを見て、ハッとする。昔のジェフリーだ。出会った頃のジェフリーは、脈絡もなく暗い発言をしていた。最近ではアーキア公爵家での暮らしにも慣れて、明るくなったのかと思っていたのだが。
「僕は、やっぱり。やっぱりここに居ていい人間じゃない気がします」
「そんなこと」
卑屈になるジェフリーは、暗い顔で俯いてしまう。
なんでそんな話になるのだろうか。居ていい人間ってなに。そんなこと言ったら、俺だって怪しい。ジェフリーは知らないだろうが、俺はきっとジェフリーと同じくらいこの家にとってはよそ者だった。
なんせ突然、ユリスに成り代わってしまったのだから。俺は本来、ヴィアン家にとっては赤の他人だ。今でこそ我が物顔で屋敷に居座っているけれど、昔はそれなりに悩んだりもした。
だが、俺がいくら悩んだところで、兄様たちは変な顔をして真面目に取り合ってくれない。俺が本当の兄弟かどうかなんて、気にしているのは俺だけだった。あまりにも兄様やお母様、お父様が気にしないから、俺もそのうち悩むのをやめてしまった。
今だから気楽に考えられるが、今のジェフリーはそうもいかないのだろう。気持ちはよくわかる。自分の居場所がないかもしれないというのは、すごく不安だ。
ジェフリーの不安はよくわかる。わかるのだが、かけるべき言葉がわからない。だって、俺とジェフリーとでは色々と状況が違う。俺は幸いにも、家族の方が受け入れてくれた。だが、デニスがジェフリーに優しくしている姿というのが想像できない。
「犬、貸してあげようか?」
「え?」
戸惑いをみせるジェフリー。綿毛ちゃんを拾って、彼に押し付ける。
俺はジェフリーになんて言葉をかければいいのかわからない。アロンとバチバチするうちに、いろんなことが込み上げてきてしまったのだろう。
なので、とりあえず優しくしておこうと思う。だが、綿毛ちゃんには角があるんだったと思い出して、途端にハラハラする。優しく綿毛ちゃんを抱っこするジェフリーは、角を発見する様子はない。
「俺は、ジェフリーと遊べて楽しいよ」
「え?」
「ジェフリーが隣にいてくれると嬉しい! ね?」
ぱちぱちと目を瞬くジェフリーは、やがて小さく「はい」と頷いた。その声色に明るいものが戻ってきて、俺はにこっと口角を上げた。
綿毛ちゃんが嫌そうな顔をしているが、仕方がない。自室に戻った俺であるが、室内の空気は最悪だった。
泣きそうな顔をしているジェフリーに、明らかに不機嫌なアロン。そんなふたりをオロオロと見比べるジャンに、床で丸くなって欠伸しているエリスちゃん。もう滅茶苦茶だ。おまけにティアンも眉間に深い皺を刻んでいる。誰もにこにこしていない。最悪だ。
こんな空間、俺がなにを言っても無駄だと思う。早々に逃げ出そうと、戸棚をあさって綿毛ちゃん用のリードを取り出す。
ジェフリーの前である。お喋りできない綿毛ちゃんが低く唸っている。綿毛ちゃんは、リードが嫌いだ。良い思い出がないからだ。数年前、うっかりお散歩姿をラッセルに見られた件をまだ引きずっているらしい。あの時は、確かに大変だった。綿毛ちゃんが人間になれるとバレてしまったのだ。
地味にバタバタと抵抗する綿毛ちゃんを頑張って押さえつける。そうしてもふもふの毛に埋もれた首輪に、リードを装着する。綿毛ちゃんは、一見するとわからないが、きちんと首輪をつけている。毛がもっふもふなので普段は隠れて見えないだけだ。
「行くぞ! 綿毛ちゃん」
ぐいっとリードを引っ張って、ついでにジェフリーの手も引いてやる。チラッとアロンの顔を確認したジェフリーは、やはりアロンのことを怖がっていた。アロンは、相手が誰であろうと我を貫くタイプの人間だ。王子であるエリックやマーティーを前にしても、基本的にその態度が変わることはない。よく言えば、裏表がないのだ。猫を被ることもあるが、それも長続きしない。
そんなアロンだから、子供であるジェフリーに対しても遠慮がない。きっと俺が居ない間にも、ジェフリーに冷たい態度をとっていたに違いない。
遠慮気味のジェフリーだが、俺に手を引かれるまま廊下に出る。椅子を占領していたアロンも、無言でついてくる。当然のようにジャンも一緒だ。エリスちゃんだけが、部屋に残る形だ。
そうしてほとんどメンバーは変わらないままに、場所だけが変わる。
だが、狭い室内から広い庭に移動するだけで、幾分か気が楽になる。ジェフリーも、心なしか安堵を見せている。相変わらず一歩離れた位置にいるティアンは、無言のままだ。
「リード持ってみる?」
綿毛ちゃんは言葉の通じる犬なので、動物に慣れていないジェフリーでもお散歩できる。はいっと持ち手を差し出せば、ジェフリーは一瞬だけ躊躇するものの、おずおずと受け取った。
「手を離さなければ大丈夫だよ」
「……はい」
綿毛ちゃんは、どことなく不満そうな佇まい。リードが気に入らないようで、しきりに頭を振っている。
綿毛ちゃんの角は、今のところ隠し通せている。毛がもさもさなのが幸いした感じだ。
無言で散歩をする俺らであるが、自然と距離があく。俺とジェフリーが並んで綿毛ちゃんを散歩させる。その後ろから、アロンが無言でついてくる。さらにその後ろにジャンとティアンがいる。
「なんかごめんね」
ぼそっと謝れば、ジェフリーが一瞬だけ硬直する。小さく「いえ」と首を左右に振ったジェフリーは、綿毛ちゃんのリードを強く握りしめている。
「僕が悪いんです。全部僕が」
独り言のような声量だった。
「すみません。僕なんかが。やっぱり僕はルイス様の隣に並べるような人間じゃないんです」
突然、暗い声になるジェフリーを見て、ハッとする。昔のジェフリーだ。出会った頃のジェフリーは、脈絡もなく暗い発言をしていた。最近ではアーキア公爵家での暮らしにも慣れて、明るくなったのかと思っていたのだが。
「僕は、やっぱり。やっぱりここに居ていい人間じゃない気がします」
「そんなこと」
卑屈になるジェフリーは、暗い顔で俯いてしまう。
なんでそんな話になるのだろうか。居ていい人間ってなに。そんなこと言ったら、俺だって怪しい。ジェフリーは知らないだろうが、俺はきっとジェフリーと同じくらいこの家にとってはよそ者だった。
なんせ突然、ユリスに成り代わってしまったのだから。俺は本来、ヴィアン家にとっては赤の他人だ。今でこそ我が物顔で屋敷に居座っているけれど、昔はそれなりに悩んだりもした。
だが、俺がいくら悩んだところで、兄様たちは変な顔をして真面目に取り合ってくれない。俺が本当の兄弟かどうかなんて、気にしているのは俺だけだった。あまりにも兄様やお母様、お父様が気にしないから、俺もそのうち悩むのをやめてしまった。
今だから気楽に考えられるが、今のジェフリーはそうもいかないのだろう。気持ちはよくわかる。自分の居場所がないかもしれないというのは、すごく不安だ。
ジェフリーの不安はよくわかる。わかるのだが、かけるべき言葉がわからない。だって、俺とジェフリーとでは色々と状況が違う。俺は幸いにも、家族の方が受け入れてくれた。だが、デニスがジェフリーに優しくしている姿というのが想像できない。
「犬、貸してあげようか?」
「え?」
戸惑いをみせるジェフリー。綿毛ちゃんを拾って、彼に押し付ける。
俺はジェフリーになんて言葉をかければいいのかわからない。アロンとバチバチするうちに、いろんなことが込み上げてきてしまったのだろう。
なので、とりあえず優しくしておこうと思う。だが、綿毛ちゃんには角があるんだったと思い出して、途端にハラハラする。優しく綿毛ちゃんを抱っこするジェフリーは、角を発見する様子はない。
「俺は、ジェフリーと遊べて楽しいよ」
「え?」
「ジェフリーが隣にいてくれると嬉しい! ね?」
ぱちぱちと目を瞬くジェフリーは、やがて小さく「はい」と頷いた。その声色に明るいものが戻ってきて、俺はにこっと口角を上げた。
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2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
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