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16歳

436 バチバチ

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 ジェフリーの突然の行動に、俺はびっくりして固まってしまう。なんでキス? 考えるが、答えは出ない。けれども、俺は前にもジェフリーにキスされたことがある。前回も今回も、触れるだけの優しいキス。

 そっとジェフリーの肩を押して、距離を取る。振り返らなくても、後ろでティアンが苛立っているのがわかる。わかったところで、どうしようもないけど。きっとジャンは普段以上に青い顔をしているに違いない。悲痛な表情の彼を想像して、今はそれどころではないと思い直す。

 ジェフリーは悪びれることなく池を眺めている。もしかして今の出来事をなかったことにしようとしている? 疑いを抱く俺であったが、その心配は必要なかった。顔を上げて、俺の顔を覗き込んできたジェフリーが柔らかい笑みを浮かべる。

「僕、ルイス様のこと好きです」

 真っ直ぐに告げられた言葉に、俺は戸惑ってしまう。その結果、たいした反論もせずにこくこくと頷く俺。しかし、それではいけないと気がついて、慌てて口を開く。

「あの、気持ちは嬉しいけどさ」

 俺は一度ジェフリーのことを振っている。え、振ったよね? 記憶を引っ張り出してみるが、二年ほど前の俺はジェフリーのことを弟としてしか見ることができないときっぱり伝えたはずである。その後、おそらくそれが原因でジェフリーは俺のもとを去って行った。俺が振ったことで、きっと気まずい思いを抱え込んでしまったのだろうと随分心配した。

 だから、俺の記憶には間違いはないはずである。だが、引っかかるのはあの時のジェフリーが十二歳だったという点である。おまけに彼の私生活は非常にややこしい事態となっており、あの頃のジェフリーは、俺に依存しているような状態だった。

 もしかして、あの時の一件はなかったことにされているのだろうか。それとも、あれから時間が経ったことで、俺とジェフリーの関係にも変化が生じるはずだと、ジェフリーが考えているのかもしれない。

 もう一回きっぱり伝えた方がいいのだろうかと迷っているうちに、ジェフリーが静かに小首を傾げた。その目は、なにかの拍子に涙が溢れてしまいそうだった以前の瞳とは違う。なにやら力強さを感じる瞳が、俺のことを捉える。

「もう一度、チャンスをください」
「え?」
「僕、ルイス様のこと忘れたことはありません。あの時は、ちょっと色々あって僕も余裕がなかったといいますか」
「うん」

 以前のジェフリーに、余裕がなかったのは事実だ。家庭環境が大きく変わった時期だった。仕方がない。

 そっと、俺の手に触れてくるジェフリーと、いつものように手を繋ぐ。繋いでから、やめておくべきだったかもと一瞬の後悔が頭をよぎった。

「ルイス様に、今の僕を見てほしい。そう思うのは、迷惑ですか?」

 上目遣いで問われれば、迷惑とは言えなかった。というか、ジェフリーに懐かれて悪い気はしない。でも、俺はやっぱりジェフリーのことを弟のように思っていて、ジェフリーの期待するような関係になれるとは思えない。

 だが、それは俺の記憶の中のジェフリーに関してだ。

 ジェフリーの言う通り、この二年ほどで彼は変わった。変わった自分を見てほしいと、ジェフリーは言う。

 その言い分はよくわかる。ジェフリーは、なにかと自分を見てほしいと口にする。その原因は、俺にもあると思う。俺がジェフリーのことをティアンと間違えたのが原因だ。

 そういうことも思い出した俺は、ジェフリーの手を振り払うことができない。迷った末に、黙ったまま池を眺める。

「……」

 ジェフリーは、別に今すぐ答えを求めているわけではなさそうだ。それに甘える形で、俺は答えを有耶無耶にしてしまう。

「エサをあげると寄ってきますよ」

 池の魚に目を遣りながら、ジェフリーが教えてくれる。

「俺もエサあげたい」
「持ってきます」

 ちょっと待っていてくださいと微笑み残して去って行くジェフリー。その背中が見えなくなった瞬間、ティアンが入れ替わりで寄ってくる。

「なんですか、今の」
「なんですかって言われても」

 俺にもよく分からない。
 確実に苛立ちを抱えているティアンは、どこからか取り出したハンカチで雑に俺の唇を拭ってくる。突然の暴挙に、俺は抗議する間もなくされるがまま。

「やめて」

 ようやくティアンの手を振り払えば、ムスッとした顔のティアンが立っている。

「なんでティアンが怒ってんの?」
「それ答えなきゃダメですか」

 先程までジェフリーが居た場所を陣取っているティアンは、今度は俺の肩を払ってくる。その真面目な顔がおかしくて、くすくす笑いを堪えていれば「笑わないでくださいよ」との拗ねた声が返ってくる。

「なんというか、アロン殿が言ってたんですよね」
「なにを?」
「ジェフリー様ですよ。気をつけた方がいいって」
「アロンめ」

 アロンは、前々からジェフリーのことが嫌いである。まぁ、アロンは自分以外の人間全員嫌いみたいなところがあるから。

 きっと色々とジェフリーの悪口をティアンに吹き込んだに違いない。

「ジェフリーは良い子だもん」
「そうですか?」

 なぜそこで首を傾げる。
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